軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初めての旅(2)

「リュシエンヌ様、ご昼食の準備が整いましてございます」

リニアさんの声にゆっくりと立ち上がる。

ルルが手を貸してくれて、ドレスの裾についた土を払ってから、手を差し出された。

「段差、気を付けてねぇ」

「うん、ありがとう」

それに手を重ねて、足元の一段上がっている部分に乗り上がり、小川から離れる。

元の場所に戻ると木陰には大きな布が敷かれ、昼食の入ったバスケットが置かれていた。

木陰だけれど、日差しが入らないようにきちんと頭上には大きなパラソルに似たものが差してある。

布の上なので靴を脱ぐ必要があった。

「私の肩に手を置いてください」

騎士達の近くだからかルルが外面を装備する。

言われた通り片膝をついたルルの肩に手を添える。

そうして、靴を脱がせてもらう。

草の上に敷いた布の感触は柔らかかった。

わたしを座らせるとリニアさんが手拭きを渡してくれて、それで手を拭いて返すと、バスケットから軽食が出されて並べられていく。

ルルは靴を脱がずに、布の外へ足を投げ出すようにわたしの横へ座った。

「さあ、リュシエンヌ様、どうぞ」

手早く手拭きで手元を綺麗にしたルルが、手に取ったサンドウィッチを一口食べた後、わたしへ差し出す。

「ありがとう」

受け取ったそれを一口かじる。

塩気のある肉と葉野菜とチーズ、トマトの挟まったそれは宮の料理長が作ったのだろう。

わたしの好きなソースが中に絡めてあった。

横でルルが同じものを食べている。

「美味しいね」

「そうですね」

心地好い風が柔らかく吹き抜けていく。

宮の庭でピクニックをしたこともある。

あの時の方が景色も良かった。

けれど、今は不思議と木々に囲まれた狭い空の方が自由さというか、広さを感じる。

のんびり空を見上げながら昼食を摂っていると、お兄様とミハイル先生もやって来る。

「サンドウィッチとスコーンか」

布の上に座り、靴を脱ぎながらお兄様が並べられた昼食を見やる。

ミハイル先生も靴を脱ぐと布の上へ上がってきた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

リニアさんに布を差し出されて二人が手を拭く。

それから紅茶を差し出されて、それぞれ、それを受け取った。

喉が渇いていたらしく、お兄様があまり熱くなかったのだろう紅茶を一息で飲み干した。

ミハイル先生はゆっくり飲んでいる。

お兄様がもう一杯おかわりをした後、スコーンへ手を伸ばし、ジャムとクリームを塗って食べた。

わたしがサンドウィッチを食べ終えると次にスコーンを手渡される。

手に持つと、ルルがスコーンにクリームとジャムをぺたぺたと塗ってくれた。

かじりつくとスコーンの香ばしさとジャムやクリームの甘い味が口の中に広がっていく。

……冷めても十分美味しい。

ルルがジャムとクリームを持ってこちらを見てる。

また塗ってもらい、今度はルルに差し出した。

わたしの言いたいことに気付いたルルが、スコーンにぱくりとかじりついた。

「美味しいです」

「ルルもわたしのことばっかりじゃなくて、ちゃんと食べてね」

「分かりました」

ぺろりと口の端についたクリームを舐め、ルルが頷いた。

もう一つスコーンを手に取り、今度は自分でクリームとジャムをつけ、かじりつく。

手が汚れたとしても拭けばいい。

自分でこれくらいやらないとね。

わたしが自分でやり始めるとルルもそれを見た後、サンドウィッチに手を伸ばし、食べ始める。

……本当に王都の外に出たんだな……。

視線を巡らせれば、少し離れたところで騎士達も各々に昼食を摂っている。

先に食べ終えた騎士達がまだ昼食を終えていない騎士と交代していた。

……なるほど、そうやって食事を順に摂ってるんだ。

全員が一斉に食事をしてしまうと警備が手薄になってしまうため、少しずつ食事を摂り、交代制で済ませているようだ。

きっと王城でもそうしているのだろう。

ただわたしが知らないだけで。

スコーンを食べ終えて一息ついていると、リニアさんが小さなカゴを持って見せた。

「リュシエンヌ様、果物はいかがですか?」

カゴにはリンゴやブドウ、オレンジなどの果物が入っている。

「オレンジが食べたいです」

「かしこまりました」

リニアさんがオレンジの皮を剥き、食べやすい大きさに切ってお皿に盛り、それを差し出される。

受け取って、渡された小さなフォークで一口大に切られたオレンジを口に運ぶ。

酸味があって、甘くて、サッパリしている。

それにすごく果汁が多い。

まるでジュースみたいだ。

「リニアさん、ありがとう。美味しいです」

リニアさんがニコリと微笑んだ。

「リュシエンヌ、私も一つもらって良いか?」

「はい、どうぞ」

お兄様の言葉にお皿を差し出した。

指でオレンジを摘むとぱくりと食べた。

……前から思っていたけれど、お兄様って王太子だけど、結構庶民的な食べ方が好きだよね。

別に食事の仕方が汚いというわけではない。

ナイフやフォークを使っている時も所作は綺麗だし、案外、こうやって軽食を手で食べている時でも食べ方は綺麗なのだ。

でも何となく、手で掴んで食べられるものの方が好きそうだ。

「午後はまた夕方頃まで街道を走り、日が落ちる前には次の町に着く予定だ」

「今日はそこで一晩泊まるのですよね?」

「ああ、そうなるな」

クリューガー公爵領までは馬車で一日半かかる。

なので今日は途中の町で一泊することになる。

外泊自体が初めてなのだが、まさかそれが初の旅行でとなると期待値は更に跳ね上がってしまう。

「まあ、あまり大きくない町だし、到着するのは夕方で朝には出発するから見て回る暇もないが」

「そう、ですよね……」

さすがに町を見て回ることは難しいようだ。

……それに日が落ちた後に動き回るのも、警備の都合上、あまり良くないか。

ちょっとしょんぼりしてしまう。

そんなわたしにお兄様が言う。

「その楽しみはクリューガー公爵領に残しておけ。ウィルビリアはかなり大きいし活気もあるから、初の旅行はそちらで満喫した方がいいさ」

小さな町を巡るのも旅行っぽくて良さそうだが、これ以上、わたしの我が儘で騎士達に負担をかけるのも申し訳ない。

ただでさえ出発の数日前に突然王女も同行することになって、人員を増やしたり警備を練り直したり、色々と迷惑をかけてしまっているだろう。

「分かりました」

お兄様がそう言うなら、と頷き返す。

あとわたしはあまり体力がないので、夜に出掛けて、半日だけと言っても睡眠不足で馬車の旅は体力的につらいかもしれない。

わたしが体調を崩せば周りに心配をかけてしまう。

クリューガー公爵家の人々だってそうだ。

せっかくの観光も出来なくなるかも。

そう思うと下手なことはしない方がいい。

「──……さて、そろそろ出発の準備をするか」

昼食を食べ終えて、しばしの休息を取った後にお兄様が立ち上がった。

リニアさんは昼食の片付けをほぼ完了していたので、わたし達が敷物から降りて、それを回収するだけとなっている。

お兄様とミハイル先生が靴を履く。

わたしも、と思っているとルルが両腕を広げた。

半ば反射的に両腕を伸ばすとひょいと抱え上げられて、近くの切り株に近付いた。

「ハンカチ」

ルルの端的な言葉にリニアさんがサッと切り株の上にハンカチを敷いた。

そこに降ろされる。

「片足はわたしの膝に乗せてください」

そう言ながら腕を伸ばしてわたしの靴を取った。

片足に靴を通され、紐が結ばれていく。

その間、空いたもう片足は膝をついているルルの足の上に乗せられている。

確かにこれなら足は汚れないけれど、ルルの体温が足の裏から伝わってきて、何だかくすぐったい。

紐を結び終えると、その足にもルルが触れて丁寧に靴を履かされる。

背の高いルルが前にいるため、他の人間の目にわたしの足が晒されることはない。

……前世の記憶があるのもそうだが、靴下もあるから、別に見られてもそんなに恥ずかしくないけどね。

貴族は極力肌を人目に見せないようにするため、ルルが気遣ってくれたのだろう。

きっちり紐を結び終えるとルルが立ち上がった。

「お手をどうぞ」

「うん」

差し出された手を取って立ち上がる。

周りの騎士達も少し慌ただしく動き回っていて、出発の準備が始まる。

わたしはルルと一緒に馬車に戻ることにした。

ルルの手を借りて馬車に乗る。

窓を開けて外にいるルル越しに、騎士達やお兄様達の様子を眺めて時間を潰す。

「……不思議だなあ」

ぼんやりと眺めつつ呟く。

「何がですか?」

ルルがわたしと同じ景色を眺めながら問う。

「わたしがこうして王都の外にいることが。だって十五年間、一度も王都の外に出たことがなかったんだよ? てっきりルルと結婚するまでずっとあのままだと思ってた」

ルルと結婚して王都の外に出る。

それまで、わたしはずっと王城の敷地内で過ごすとばかり思っていたし、わたし自身、最初はそれでいいと考えていた。

外の世界にあまり興味や関心がなかった。

今でも物凄くあるってわけではないけれど、でも、ファイエット邸から移ったばかりの頃は想像もつかなかった。

王城に移動してからは街へ忍んで出掛けることもなくなって、必要な公務や社交、慈善活動などで忙しくてそんな余裕もなくて。

色んな人と接するようになり、興味の出るものが増えた気がする。

「私もその方が良かったのですが……」

「外出はあんまり嬉しくない?」

「リュシエンヌ様と二人きりが、私にとっては一番嬉しい時間ですから」

「それは私も同じだよ」

ルルの顔は見えない。

でも声は少し拗ねていて、わたしは思わず窓から手を伸ばして柔らかな茶色の頭を撫でた。

ピク、とルルの肩が一瞬動いた。

でも嫌がることはなかった。

「でもね、ルルと初めての場所に行ったり見たりすることが出来て嬉しい。さっきも一緒に小川を見たよね? 初めて魚を見たけど、ルルは笑わないでわたしの話を聞いてくれた。わたしとルルの大事な思い出が増えたでしょ?」

「……そうですね」

「それに結婚してルルがお仕事に行った時、その間はルルとの記憶を思い出しながら待つの」

ルルが振り返った。

灰色の瞳がジッと見つめてくる。

それにわたしは笑い返す。

「そうしたらルルが帰ってくるのが待ち遠しくなるから」

ルルが小首を傾げる。

「待ち遠しくなるんですか?」

「だって思い出したら会いたくなるでしょ? もしかしたら寂しくなるかも。そうやって、ルルが帰ってきたら『おかえりなさい』って一番に出迎えるの」

ふっと灰色の瞳が緩められた。

「それは、いいですね」

多分、わたしに出迎えられるのを想像したのだろう。

ルルがふわっと笑った。

「あと一年もないけど思い出を作ろう?」

「そうですね、思い出を作りましょう」

頭に触れている手に、ルルの手が触れる。

その手を互いにキュッと握り合う。

手袋越しに体温がじんわりと伝わってくる。

お兄様とミハイル先生が馬車へ戻ってきた。

「お兄様、ミハイル先生、お疲れ様です」

窓から離れて馬車の奥へ移動する。

そこにお兄様、ルル、ミハイル先生の順に乗り込んだ。

窓の外では騎士達が馬に乗ってそれぞれの持ち場へ移動し、馬車を囲む。

準備が出来たのか御者が小窓を開けた。

「出発してよろしいですか?」

外からした声にお兄様が返事をする。

「ああ、出してくれ」

「かしこまりました」

小窓が閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。

ガタ、ゴト、と街道へ戻り、馬車が走る。

横のルルがわたしの手を取って握る。

見上げれば灰色の瞳が見下ろしてきた。

「クリューガー公爵領、楽しみだね」

「そうだねぇ」

……沢山思い出を作ろうね。