軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族の時間

夏期休暇に入った日。

お父様とお兄様と三人で夕食を摂ることになった。

ここ最近はあまり三人の予定が合わなかった──特にお父様はいつも公務で忙しい──ので、一緒に夕食を摂ることが少なく、この間も結局お父様が忙しくてお兄様と二人で摂り、お兄様と買ったお菓子はお父様の側近に託したのだった。

だから尚更嬉しかった。

王城の、王族専用の食堂に着く。

今日はお兄様がエスコートしてくれて、席に着くと、丁度お父様もやって来た。

「そのままで良い」

席を立って挨拶しようとしたわたしを手で制し、お父様は食堂に入ると、側近に椅子を引いてもらって席に着く。

お兄様も席に着くと、まずは飲み物を口にする。

「二人とも、前期も良い成績だったな」

お父様が言う。

「今回はリュシエンヌに負けてしまいました。ですが次はまた一位になってみせます」

「そうか、それは楽しみだ」

お兄様の言葉にお父様が微笑んだ。

そしてお父様がわたしを見る。

「リュシエンヌも一位おめでとう。アリスティードから聞いたが、前期試験で満点を取れたら何か褒美をもらう約束をしていたそうだな。何が良い?」

「え?」

……そんな約束しただろうか?

「ほら、入学した日に話していただろう?」

「……あっ、そういえばしていましたね……」

満点を取れたらお兄様がご褒美をくれるという話だったはずだけれど。

でも何でお父様が聞いてくるのか分からなかった。

「褒美は何でも良いぞ」

そう言ってお父様が意味ありげに笑う。

お兄様を見れば、小声で「旅行の話をしてみたらどうだ」と返されて、目を丸くしてしまった。

お父様を見るとニッコリ微笑まれる。

……お父様はもう知ってるの?

知った上で、ご褒美は何でも良い、と言っているのだ。

きっとお兄様が話を通しておいてくれたのだろう。

帰宅してからそれほど時間は経っていないはずなのに、もうお父様にまでその話がいっていて、あの笑顔を見る限り、恐らく許可をくれるはずだ。

わたしが言いやすいように『ご褒美』という形を取ってくれたのだ。

「……ご褒美は本当に何でもいいのですか?」

「ああ、欲しいものや行きたい場所でも構わない」

お父様とお兄様がよく似た顔でわたしを見る。

その色の違う優しい二対の瞳に勇気が出る。

「あの、わたし、旅行に行きたいです。エカチェリーナ様の……クリューガー公爵領に行ってみたいです」

お父様が「そうか」と頷いた。

「リュシエンヌは今まで王都から出たことがなかったから、良い機会になるだろう」

つまり、旅行に行っても良いということである。

前菜が置かれ、食事に手をつける。

お兄様がさも今思いつきましたという風に言った。

「私の公務に途中までついてくるのはどうでしょう? 別々に行くより安心かと思います」

「ああ、それが良さそうだな。クリューガー公爵領までは馬車で一日半ほどだから、護衛騎士を増やすのと、道中の宿、クリューガー公爵家に通達をする必要があるな」

「エカチェリーナには私が手紙を送ります」

「では、私は公爵に手紙を送っておこう」

よく似た顔の二人が頷き合う。

親子だけあって元より似てるけれど、お兄様が成長して、年恰好や言葉遣いが近くなるといっそう二人はそっくりになった。

……わたしも黒髪だったらもっと家族みたいに見えたのかな。

今回もそうだが、わたしがファイエット侯爵領に行ったことがないのには理由がある。

ファイエット侯爵領では夫人──お兄様の母親であり、お父様の妻──はとても慕われている。

旧王家に重税を課された時も夫人がお父様に何とか申し出て、家財を売ることで足りない分の税を賄い、税を軽くした。

病にかかってからも高価な薬を使うことを良しとせず、最後まで、民のためにお金を使うよう言い続けた女性。

その献身さもそうだが、慈善活動にも力を注いでいたそうで、領民からは親しみを持って「奥様」と呼ばれていたそうだ。

最期は病に苦しみながら、それでも民の暮らしや国の未来を心配していたらしい。

だからファイエット侯爵領の民は「奥様」が大好きなのだ。

そして同時に旧王家への悪感情が強い。

重税を課されたことだけでなく、無理な税の取り立てのせいで素晴らしい人物だった「奥様」は満足に薬も買うことが出来なかった。

そういう気持ちが強いそうだ。

旧王家の血筋のわたしを引き取った時も領民は反対して、お父様が自ら領地に足を運んで、民達に事情を説明したという。

全員が納得したわけではないが、敬愛すべき「領主様」の決めたことだからと矛を収めてくれた。

わたしはあの領地に行くことは出来ない。

いや、行きたくても行かせてもらえない。

行けば確実にわたしは嫌な思いをするだろうし、民達から拒絶されるだろう。

お父様もお兄様もそれを分かっているから、わたしの前では領地の話をしない。

「楽しみだな」

お兄様に言われて頷き返す。

「はい、とっても。お兄様とお父様はクリューガー公爵領に行ったことがありますか?」

「ああ、あるぞ」

「あそこは観光地も多くて良い場所だ」

二人が頷く。

食事を食べ進めながらわたし達は公爵領について、話すことにした。

初めて行く場所というのは楽しみだ。

知らない場所に行く時に、事前情報がない方がいいという人もいるだろうが、わたしは逆に行く場所について色々と知っておきたい方だった。

「観光地はどのような場所があるのでしょうか?」

わたしが問うとお父様が嬉しそうに目を細めた。

「いくつかある。一番はやはりウィルビレン湖だな。それからウィルビリアの織物市は一度は見ておいた方が良い」

「ウィルビリア?」

「クリューガー公爵邸がある、公爵領一大きな街だ。ウィルビレン湖は近くの山の湧き水でな、それが川となってウィルビリアの街に流れていて、染め物や織物が盛んなんだ。織物市に入ると道いっぱいに様々な布が広げられていて、見るだけでも楽しいだろう」

色々な染め物や織物の布が道いっぱいに並んでいるところを想像する。

きっと色鮮やかで、柄物や色物が多くて、目移りしてしまうくらい沢山の種類があるのだろう。

「ウィルビリアの布で作るドレスは最高級品とも言われている。アリスティードやリュシエンヌの衣類の半分近くはそこの布を使用しているな」

それには驚いた。

「そうなんですか?」

「ああ、特にアリスティードとクリューガー公爵令嬢が婚約してからは毎年、私達の誕生日になると公爵家から布が大量に贈られて来るだろう?」

「そういえば……」

「あれを使っていくつか衣類を仕立てている。もちろん購入することも多いし、他の領地の布も買っているが、あそこの布が最も着心地が良いんだ」

言われてみればお兄様とエカチェリーナ様が婚約して以降、誕生日になるとクリューガー公爵領から大量の布が贈られていた。

てっきり高価な布だからプレゼントとして贈られているのだと思っていたが、自領の名産品をちゃっかり宣伝していたのである。

「他にも宝飾市場があってな、そこも王都に負けないほど腕の立つ職人達がいて、宝飾品を作っている工房を見学出来るそうだ。そちらは私は行ったことがないが」

「私はあります。あそこもなかなかに面白い。それに近隣は確か武器職人の工房もあって、どこを見ても損はない。エカチェリーナに案内を頼めば喜んで連れて行ってくれると思うぞ」

お父様の言葉にお兄様が言う。

「工房も面白そうですね。物作りというのは前から興味があったんです。自分が使っている物や流通している物がどんな風に、どんな人の手で、どれくらい時間をかけて作られているのか知りたいです」

「そうか、良い心掛けだな。ああ、エカチェリーナに手紙を書いたらどうだ? 行きたい場所を書いて送ったら絶対に喜ぶぞ」

「そうですね、エカチェリーナ様にわたしもお手紙を書きます」

昼間の様子からして、旅行の許可をもらったと書けば大いに喜んでくれるだろう。

そうして、きっと、領地の案内をしてくれる。

そうなったら初めてのお友達の領地訪問になる。

王都の屋敷に訪れるのとはまた違うだろう。

それが余計に楽しみだ。

「ああ、そうだ、『旅芸人の道』もまだあるかもしれないな」

お兄様とわたしが首を傾げた。

「『旅芸人の道』?」

「ですか?」

……旅芸人達が通る道?

わたし達にお父様が目尻を下げて笑う。

「流れの旅芸人や移住した旅人などが、大通りの一角でその芸を披露している場所のことだ。毎日やっているから街の人々だけでなく観光客にも人気がある」

「それは知りませんでした」

「まあ、私が若い頃に見たから、もしかしたらもうないかもしれない。でももしあるならリュシエンヌは見て来なさい。彼らの芸はとても愉快だから」

「分かりました」

お兄様と同じく真面目で仕事一徹という感じのお父様が、何かに対して愉快と称するのは初めて聞いた。

それだけ面白い芸が多いのだろう。

心の中でメモしておく。

……後でエカチェリーナ様へ手紙を書く時に、まだあるか聞いてみよう。

「途中までアリスティードと共に行くのであれば、恐らく公爵邸に泊まることになるだろう。一応公務という扱いで、名目上は視察にしておこう」

「必ずルフェーヴルは傍に置くように」とお父様に注意を受けて頷いた。

注意されなくても、ルルと離れることなんてないし、ルルならわたしが逸れてもすぐに見つけてくれるはずだ。

「一緒に行けないのが残念だ」

「全くその通りです、父上」

よく似た顔がまた頷き合うものだから、わたしは堪らずに吹き出してしまった。

「その代わり、沢山のお土産とお話を持って帰ってきますね」

そうすれば、またこうやって家族で過ごす時間も出来るだろう。

お土産とお土産話に花を咲かせて、三人、家族水入らずで過ごすのだ。

そうして家族の楽しい時間はあっという間に過ぎて行ったのだった。

* * * * *

「失礼いたします、お父様」

エカチェリーナは父親の書斎を訪れた。

その手には今しがた、急ぎ送られてきた手紙が二通、握られていた。

一通は婚約者のアリスティードから。

もう一通は友人のリュシエンヌだ。

エカチェリーナが書斎に入ると、父親であるクリューガー公爵が苦笑した。

「その様子だと、王女殿下の話は知っているようだね」

父親の手にも一通の手紙があり、そこには王家の封蝋が捺してあった。

「はい、リュシエンヌ様が我が領地に遊びにいらっしゃるとのことですわ」

「エカチェリーナ」

「間違えました、工房の見学にいらっしゃるそうですわ。ウィルビリアの織物は国随一ですものね」

名目上は王女殿下の視察ということになっている。

実際は兄の婚約者であり友人であるエカチェリーナの領地に遊びに行くのだが、王女が動くとなれば、それなりの名目は必要なのだ。

それにリュシエンヌの回りたい場所は織物市や宝飾市場など、国の産業に関わる場所が多いので、全くの嘘というわけでもない。

エカチェリーナは嬉しかった。

自領には自信を持っているし、そこを初めての旅行場所にリュシエンヌが選んでくれたこともそうだし、何よりリュシエンヌが遊びに来れば、一日中、彼女と出掛けたりお喋りをしたり出来る。

ミランダやハーシアは羨ましがるだろう。

うふふ、と笑う娘にクリューガー公爵が、仕方ないなという風に穏やかに微笑んだ。

「私はここを離れられない。歓迎と案内はお前がしなさい。我が家からも警備のために護衛を出して、領地の屋敷にも使いの者を出そう。王女殿下が来るなら、王太子殿下も我が家に立ち寄るだろうからね」

「分かりましたわ! では準備が出来次第、こちらを出立いたします」

「ああ、頼んだよ」

公爵の言葉にエカチェリーナが頷く。

その表情は先ほどまでの浮かれたものではなく、公爵令嬢に相応しい、堂々としたものだった。

「必ずや王女殿下をご満足させてみせますわ」

エカチェリーナは意気揚々と書斎を出て行った。

そしてアリスティードとリュシエンヌへ手紙を書くために、急ぎ足で自室へ舞い戻ったのだった。

……リュシエンヌ様の好きそうな場所も挙げておかないと。

その頭の中は既に『リュシエンヌ様の観光地巡り』の予定が立て始められていた。

* * * * *