軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宮廷魔法士長と

前期試験が終わり、夏期休暇までは授業が午前中のみとなる。

丁度公務も少なかったので、わたしはかねてより気になっていたことについて訊くために、宮廷魔法士団を訪ねることにした。

試験前に手紙を出して了承の返事はもらっている。

自分の宮から王城に向かい、宮廷魔法士団がいる塔へ行く。王城の一角のその塔には研究室などがあり、宮廷魔法士団はそこにいることが多い。

昔はあまり好きではなかった王城も、何度も通ううちに平気になったし、迷路のような造りも覚えて、今では迷うことなく塔へ辿り着けるようになった。

塔へ入ると、時折、宮廷魔法士とすれ違う。

誰もがわたしが何者か知っている。

だから道を開けてくれるのだ。

それにわたしも「ありがとうございます」と声をかけて、魔法士長室まで進んでいく。

宮廷魔法士長室は塔の真ん中辺りにある。

目的地に着くと内側から扉が開けられた。

「王女殿下にご挨拶申し上げます。ようこそ、宮廷魔法士団へお越しくださいました」

副魔法士長が開けてくれたようだ。

「ご機嫌よう」

これにも慣れたが、最初は驚いたものだ。

魔力がある者の中でも特に魔力操作に秀でた者達は他者の魔力を感じ取ることが出来るそうだ。

宮廷魔法士に属する人々のほとんどはそれが可能らしく、わたしが行くと、いつも到着した瞬間に待ち構えていたように扉が開けられるのだ。

ちなみにわたしは魔力がないので、ルルの魔力を感知しているとのことだ。

中へ通される。

「王女殿下にご挨拶申し上げます。遠い所、ご足労いただきありがとうございます」

執務机にいた魔法士長が立ち上がった。

老齢の男性だが、背筋が真っ直ぐで背が高く、魔力量はいまだに現役の魔法士達に負けないほどに多いらしい。

「いいえ、お訊きしたいことがあるのはわたしの方ですから、足を運ぶのは当然です」

ソファーを勧められて腰掛ける。

ルルはわたしの斜め後ろに立った。

魔法士長が向かいのソファーに座る。

「王女殿下でしたらいつでも歓迎いたします。他の者達も王女殿下と魔法について話したいとよく零しておりますよ」

「そうなのですね。もうすぐ学院が夏期休暇に入りますので、その時に改めてこちらへ伺いたいと思います」

「おお、それは皆も喜ぶでしょう」

好々爺然とした魔法士長がニコニコと笑う。

……この方、理想のお祖父様って感じなんだよね。

穏やかで物腰柔らか、ふさふさの白いヒゲに長い白髪の髪、魔法士のローブを纏った姿はまさに魔法使いといった風だ。

こんなに穏やかだけど実は全属性に親和性を持ち、特に攻撃魔法が得意で、国中の魔法士の憧れなんだとか。

その辺りはさすが宮廷魔法士の長である。

「さて、今日はどのような魔法についてお知りになりたいのでしょうか?」

副魔法士長が用意してくれた紅茶とお菓子に手を伸ばし、一息吐いたところで本題に取りかかる。

「実は魔法に関する話ではないのですが……」

わたしはそこで、オリヴィエ=セリエールについて説明した。

転生者であることは伏せて、一つの体に二つの魂、もしくは人格が存在すること。

現在は片一方が主導権を握っていること。

しかし、本来の人格は抑圧されてしまっている方であること。

どうにか抑圧されている方に主導権を移せないか。

また、二つの魂もしくは人格のうち片方だけを分離させることは出来ないか。

そういったことを話した。

オーリに本来の自分を取り戻してもらいたい。

そしてオリヴィエを分離させて、何とか彼女の問題行動をやめさせたい。

話を聞いた魔法士長がヒゲを撫でた。

「そのような症例は初めて聞きますな」

魔法士長でもやはり聞いたことはないらしい。

「魔法でどうにか出来ないでしょうか?」

「そうですね、出来ないことはないかと思われますが、果たしてそれは人が手を出しても良い領域かどうか……」

「やはりそうなりますよね……」

一番の問題はそこなのである。

人の魂や人格に作用する魔法。

それは禁忌に触れる可能性が高い。

オーリのことを知ってから、時間のある時には王城の図書室でそういった魔法について調べもしたが、見つからず、お父様に相談して禁書庫の中にも入らせてもらった。

その結果分かったのが『魂へ作用する魔法は禁忌』だということであった。

治癒魔法で身体の治療は許されている。

魅了(チャーム) など精神に作用するものはスキルであれば、ギリギリ許容されている。

だが精神作用系スキルが悪用されることが多いため、そういったスキルを持つ者は国の法律で国家の保護観察下に置かれることが決まっており、場合によってはスキル自身を封じることもある。

禁書庫には精神作用系魔法も多くあった。

記憶を消す魔法、記憶を操作する魔法、精神を支配する魔法、思考を変化させる魔法、感情を封じる魔法──……とにかく色々あり、それらは全て使用が禁止されたものだった。

「そもそも魂への干渉は神の領域です。我々人が、安易に踏み入れることは、様々な面で問題もありましょう。何より、こういった魔法は悪しき使い方しか出来ません」

魔法士長のおっしゃることは尤もだ。

普通、魂へ干渉する理由などない。

もしもそれを行うとしたら、それは魔法を使用する対象の魂を損ない、人格や精神を破壊するしかないからだ。

「そう、ですよね……。出来れば人格を分離して、別々の個として存在させる方法があればと思ったのですが」

魔法士長が問う。

「もう一つの魂、または人格を封じるのはいかがですか? そうすれば本来の人格が表に出て来られるでしょう」

それはそうなのだが、それではダメなのだ。

「友人のもう一つの人格は問題行動ばかり起こしているのです。もし人格を封じれば、本来の人格が、もう一つの人格の起こした問題の責任を取ることになってしまいます」

「なるほど、一つの体に二つの存在故の問題ですか。周囲からは一人の人間の行動に見えるけれど、実際は別の人格、別の人間による行動であり、もう一方に責はない状況なのですね」

「はい、その通りです」

魔法士長がヒゲをゆっくりと撫でる。

何か考えているようだった。

「だから封じるのではなく分離にしたいと」

「もう一方の人格は現状、ほぼ表に出てくることはありません。そして表に出ているもう一方の人格が好き勝手に行動してしまっているのです。その問題のある人格のみ分離させ、本来の人格とは別の個体に出来れば、その人格自身に責を問えるのではと考えています」

オリヴィエとオーリを別々の個として分けることが出来れば、オリヴィエにはこれまで起こした問題の責任を取らせることが出来て、オーリは罪に問われない。

「そうですね、分離すれば別々の存在として認識されるでしょう。……正直、分離自体は可能だと思います」

「そうなのですか?」

「記憶を操作する禁忌魔法を応用すればあるいは」

声を落として魔法士長が説明してくれた。

人格を、記憶を元に分離させることは、難しいけれど出来ないことはない。

ただし一度分けてしまえば個として確立するので、恐らく二度と元に戻すことは出来ないこと。

分離させた場合、本来の人格に影響がどのようなものになるかは想像がつかないこと。

もしかすると寿命が短くなる、記憶が全て消えてしまう、精神が耐えきれずに廃人化してしまうなど深刻な問題になるかもしれないこと。

そしてなにより──……

「分離した方を入れる器がありません。器がなければ魂または人格は個を保つことが出来ずに消滅してしまうでしょう。我々には空の器としての人間を生み出すことは不可能なのです」

「人間は生まれながらに魂があり、人格があり、そして命を生み出すことは女神様にしか出来ないことだからですか?」

「ええ、王女殿下のおっしゃる通りです。それは禁忌ではなく、もはや神の領域なのです」

……それもそうだ。

オリヴィエとオーリを別々に分けたとする。

本来の人格であるオーリはオリヴィエ=セリエールの体に残しておけばいい。

しかし分離させたオリヴィエの方は?

体から追い出された魂もしくは精神が器もなく、そのまま自己の存在を保ち続けるのは無理だろう。

かと言って人形などの無機質な物や動物では定着しないと思うし、言葉も話せないし、それらに罪を問うことも難しい。

オリヴィエが人間でいなければ意味がないのだ。

「そして人の魂はそれぞれ違った形や色を有していると教会では言われています。もしそれが事実であれば、分離させた方を別の器に入れても、その人格も記憶も長くは保たないかと」

丸い容器に四角いものを無理やり押し込めば、どちらかが壊れてしまうように、形の違うもの同士を合わせるのは厳しい。

それにわたしも悩んでしまう。

オリヴィエにはお兄様達も迷惑をかけられて、わたしもルルを狙われて腹立たしい気持ちはある。

でも、死なせたいかと言われたらそれは違う。

同じ転生者だから情があるわけではない。

ただ生きて、自分のこれまでしてきたことを償って欲しいだけなのだ。

そしてオーリに体を返してあげて欲しい。

「解決は難しそうですね」

「はい、お力になれず申し訳ありません」

「いいえ、こうして魔法士長様のお話が聞けて良かったです。……分離は無理でも、封じるのは出来るのですよね?」

もしも、どうしてもオリヴィエの暴走が止められなかった時のために最終手段は用意しておきたい。

オリヴィエ=セリエールを殺すのではなく、オリヴィエという人格を封じて、オーリに体を返すのだ。

その場合、オーリがオリヴィエの罪を背負うことになってしまうだろうけれど。

「はい、封じるのであれば可能でしょう」

「もしもの時のためにその方向で手段を考えておきたいです。……本当に最終手段ですが。国王陛下より許可はいただいております」

ルルが懐から手紙を取り出し、魔法士長に渡す。

魔法士長は素早く内容に目を通すと頷いた。

「これよりわたし達が生み出す『人格を封じる魔法』は他言無用でお願いします。そして魔法士長様には構築について助言をいただきたいのです」

「かしこまりました。私などでよろしければいくらでもお手伝いいたしましょう」

「ありがとうございます」

そしてわたしと魔法士長とで新しい魔法を生み出すこととなった。

ベースは三種類の魔法である。

一つは記憶操作の魔法。

これで対象の記憶を探り、二つの人格を分ける。

一つは記憶を消去する魔法。

これは実際には消すというより、記憶を封じて本人の意思では思い出すことが出来ないようにする魔法である。操作の魔法で分けた記憶のうちオリヴィエの記憶だけをこれで封じる。

一つは保護もしくは固定の魔法。

消去魔法で封じたオリヴィエの記憶に保護もしくは状態固定の魔法をかけ、封じが緩まないようにする。

これらに追加して、魔法が解けないように制約をつけたり、他にも細々と小さな魔法を足して、簡単には解くことが出来ない複雑な構築式にする。

ちなみに記憶を操作する魔法と消去する魔法は、対象より使用者の魔力量が多くなければ成功しない。

禁書庫でも魂に干渉する魔法はなかった。

つまりは魂をどうこうするのは無理なのだ。

出来るのは、精神作用系魔法で記憶を分離させてオリヴィエの記憶のみを封じることだけ。

これはオーリにも何かしら影響を及ぼすだろう。

無理に精神に作用するのだ。

何も起きないとは考え難い。

その日はベースの魔法を決めて解散した。

後日、何度も魔法士長の下を訪れ、その魔法が完成したのは秋の学院祭直前であった。

完成した魔法を知るのはわたしと魔法士長とルルだけで、お父様には魔法士長が報告したが、禁忌魔法として禁書庫に隠されたのは言うまでもない。