軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オリヴィエの誤算

* * * * *

レアンドルからの手紙が途絶えて半月。

オリヴィエはいつにも増して苛立っていた。

ただでさえ攻略対象達と全く関わりが持てずに焦っている中で、唯一関係が続いていたレアンドルとも連絡が取れなくなったのだ。

既に二度ほど手紙を送ってみたが返事はない。

……放置し過ぎたかしら。

最近、社交や慈善活動などに力を入れていて、レアンドルとの手紙のやり取りは以前より間隔が開いてしまっていた。

それでもレアンドルが友人達にオリヴィエの悪評が嘘であると伝えてくれていたそうなので、安心していた。

だが、数日前、突然レアンドルの噂が耳に入ってきた。

何とレアンドルは婚約を解消したという。

やはり自分を選んだのかという優越感がオリヴィエの胸の中を占めた。

でもそれは一瞬だけだった。

噂を教えてくれた令嬢や夫人達が「これでムーラン伯爵家は王太子殿下の側近から外れるわね」と言ったからだ。

何故そうなるのかは分からず、オリヴィエは令嬢や夫人達に訊いた。

「それはどういうことですか?」

令嬢や夫人達は顔を見合わせた。

「あら、セリエール嬢はご存知ではありませんの?」

そうしてレアンドルの婚約についてオリヴィエは知った。

家同士の政略ではあるが、レアンドルと相手の令嬢との婚約は、レアンドルに有利なものだった。

侯爵家の母親を持つ伯爵令嬢は公爵家や侯爵家と繋がりを持っており、ただの伯爵家の次男に過ぎないレアンドルが側近となるためにはそれなりに力のある家の令嬢と結婚する必要があった。

この婚約はレアンドルを側近に押し上げるためのものだったのだ。

その伯爵令嬢との婚約を解消するということは、側近になることを諦めるのと同義なのだ。

……何それ、そんなの知らない!

「そ、そうなのですね……」

「しかも聞くところによると、ムーラン伯爵家のレアンドル様は婚約者がおりながら、他のご令嬢に懸想したため婚約を続けられなくなったとか」

「へ、へえ〜」

それが自分のことだと分からないほどオリヴィエは鈍くはなかった。

同時にレアンドルが側近候補から外れたことに失望した。

何れ側近になるレアンドルと繋がりを持っていれば、今は関わりが持てなくとも、他の攻略対象に近付く機会はあると思っていたからだ。

オリヴィエは期待を裏切られて腹が立った。

「何よ、使えないわね……!」

レアンドルがいるから攻略対象と関われる。

そう考えていたオリヴィエの思惑は打ち砕かれた。

思わず、纏めて残しておいたレアンドルの手紙を投げ捨てる。

それが部屋の中に散らばった。

苛立ちを叩きつけるようにそれを踏みつける。

わざわざヒロインのオリヴィエが書きそうな内容を考えて、毎回、面倒臭いのを我慢して手紙の返事をしていたというのに。

バン、バン、と何度も手紙を踏みつける。

それでもオリヴィエの苛立ちは収まらない。

「もうっ、これで、どうやって、近付けって、いうのよ!!」

散らばった手紙を踏み、整頓された飾り棚の上にあったヌイグルミを叩き落とす。

このヌイグルミはオリヴィエの好みじゃない。

しかし昔からあるので恐らく自分が何かの折に欲しがったのだとオリヴィエは思っていた。

だから自分の物であるヌイグルミを掴んだ。

手触りの良い柔らかな絹で作られた人形の頭と腕を掴み、苛立ちに任せて引っ張った。

ぶち、と音がしてヌイグルミの肩が裂ける。

その瞬間オリヴィエの意識が一瞬暗転した。

「やめて!!」

オリヴィエ、いや、オーリがヌイグルミから手を離す。

それはボトリと床に落ちた。

しかしすぐにオリヴィエの意識に戻った。

「っ、た、立ち眩みかしら……?」

一瞬暗転した視界にふらりとオリヴィエはよろめいた。

ここ最近はずっと活動していたので疲れてしまったのかもしれない。

床に落ちた人形や手紙を放って、オリヴィエが自室の扉を開けた。

「ちょっと! 誰か部屋を片付けて! それから庭にティータイムの準備をして!!」

荒れた部屋でティータイムをしてもつまらない。

そうしてオリヴィエは扉を荒々しく閉め、庭へ向かった。

当たり前だが、今言ったばかりなので、庭に出たところでまだティータイムの準備など出来ていない。

それなのにオリヴィエは庭へ出るとまた癇癪を起こした。

「何でティータイムの準備をしてないのよ!?」

まだ準備どころか厨房にすら伝えられていない。

そもそもティータイムまで時間がある。

お茶やお菓子の準備も整っていなかった。

メイドが「も、申し訳ありません……!」と頭を下げて、慌ててティータイムの準備をするために駆け出していく。

それにオリヴィエはふんっと鼻を鳴らし、庭先に置かれた可愛らしいテーブルセットに近付き、椅子に腰掛けた。

テーブルに頬杖をつき、もう片手の指で苛立ちを示すようにテーブルを叩いている。

それから数名のメイドが現れて、急拵えのティータイムが用意された。

だが、当然ながらお菓子は少ない。

まだ作っている途中なので、出来上がったものだけが運ばれてきたのである。

それらを睥睨してオリヴィエが目を細めた。

「まさかこれだけ?」

明らかに不機嫌なオリヴィエの声にメイド達はビクビクしながら互いに顔を見合わせ、そして一人が恐る恐る口を開いた。

「その、まだ、ティータイムまで時間がありまして、お菓子のご用意が出来ておらず……」

「はあ? 何よ、どいつもこいつも使えないわね! 主人が何を言っても出来るようにしておくのが使用人の仕事でしょ?!」

「も、申し訳──……きゃあっ?!」

淹れられたばかりの紅茶が入ったティーカップを、オリヴィエは口答えしたメイドに投げつけた。

熱い紅茶がメイドの服や手にかかる。

「使えないわね、あんたはクビよ!!」

オリヴィエの怒鳴り声にティーカップを投げつけられたメイドは怯え、震え、耐えられないという風にその場を逃げ出した。

残ったメイド達はティーカップを片付けたり、あたらしい紅茶を淹れて、それとなくオリヴィエから離れた位置に置き、厨房へ駆け出した。

オリヴィエが満足するお菓子を少しでも早くオリヴィエに届けるため。

その慌てた様子はオリヴィエを不愉快にさせるだけだった。

「それより、どうやって攻略対象に近付けばいいのよ……」

頼みの綱のレアンドルが切れた今、オリヴィエが攻略対象に近付くには、彼らのイベントが発生する場所に通い詰めるしかないのだが、それも徒労に終わっている。

イベントが起こるはずの場所には学院入学当初から足繁く通っているが、一度も出会えていない。

レアンドルですら会える確率は低かった。

アンリやリシャール、ロイドウェルやアリスティードに至っては全く関わりを持てていない。

「絶対に あの女(・・・) が邪魔してるんだわ!」

原作でも悪役だった、リュシエンヌ=ラ・ファイエット。

ヒロイン(わたし) の場所だけでなく、他の攻略対象達の心まできっと奪っているに違いない。

「悪役のくせに……」

……いえ、悪役だから?

だからオリヴィエを邪魔するのだろうか。

「でも、いつまでも好き勝手にはさせないんだから」

悪評はまだ払拭出来ていないけれど、オリヴィエの噂は少しずつだが良くなってきている。

それに交友関係も広くなり、色々な家の令嬢や夫人達とも仲良くなった。

オリヴィエに味方してくれる者も増えた。

「待ってなさいよ、悪役王女……!」

絶対に ヒロイン(わたし) の場所を取り返してやる。

オリヴィエはそのためにも、席を立つと、友人達へ手紙を書くために自室へ戻る。

ティータイムなどどうでも良くなっていた。

メイド達がお菓子を携えて戻って来た時には、もうオリヴィエはそこにいなかった。

* * * * *

「あら、まあ」

落ち着いたグリーンで整えられた部屋の中。

まだ結婚したばかりの妙齢の夫人は声を上げた。

その手には、最近親しくなり始めたとある男爵令嬢からの手紙が握られていた。

その内容をもう一度読み返した夫人は、子供の悪戯を見つけた大人のような顔で、頬に手を当てる。

「こんなことして、いけない子ね」

相談があるという書き出しから始まった手紙には以下のようなことが書かれていた。

名前は伏せるが、とある高貴な女性が自分に嫉妬して、自分は虐げられている。

その女性は自分と仲良くする男性に近付き、男性達を自分から遠ざけ、両想いだった男性を奪っていった。

そして我が物顔で婚約者に据えると、自分の色を二人で着て、平然と自分の前に現れた。

学院で自分が下位クラスに入れられたのも、その高貴な女性がきっと何か手を回したからに違いない。

そのような非道な行いをどう思うか。

まあ、そんなような内容であった。

「学院の成績結果やクラス分けに関しては王族ですら介入出来ないという法をご存じないのかしら?」

公平性を保つため、学院では、生徒がどのような身分であっても成績や実績によってクラス分けされる。

王族でも能力が低ければ容赦なく下位クラスに落とされるし、平民でも能力が高ければ上位クラスに入れる。

そしてクラス分けや成績については、王族であっても、それを捻じ曲げることは許されない。

現国王ベルナール=ロア・ファイエット陛下がそのように法を定めたのだ。

それを知らないという時点で手紙の送り主の知性の低さが察せられる。

しかもこの高貴な女性というのは恐らく王女殿下のことを指して言っているのだろう。

男爵令嬢がムーラン伯爵子息に近寄り、そこから王太子殿下の側近候補達に、ひいては王太子殿下に擦り寄ろうとしていることは一部の耳聡い者達の間では有名だった。

そして男爵令嬢は彼らに避けられていることもまた、その話では当たり前に知られていた。

高貴な女性ということは王族や公爵家である。

少し前に学院の新入生歓迎パーティーで王女殿下と婚約者がお揃いの色とデザインの衣装を身に纏って出席したと社交界で持ちきりになっていた。

二人は仲睦まじく、まるで一対の妖精のように、衣装もとてもよく似合っていたそうだ。

他にそういった噂を聞かないので、この男爵令嬢の示す人物は王女殿下で間違いないと思う。

「それにしても、どこをどうしたらニコルソン男爵が彼女と相思相愛、なんて思考になるのでしょうね」

ニコルソン男爵は婚約を発表した三年前からずっと、王女殿下一筋を貫いてきた人物だ。

舞踏会や晩餐会、茶会や園遊会。

どこで見かけてもニコルソン男爵は常に王女殿下の傍におり、殿下を見守り、護衛し、とても大切にしているのが見ていて分かるほど、王女殿下を溺愛している。

王女殿下を狙っていた男性達も、ニコルソン男爵から殺気の混じった冷たい目を向けられ、恐れ慄いていたほどである。

それを見ていないのだろうか。

「いえ、見ても理解出来ない……したくないのでしょうね」

だからこんな風に馬鹿な真似が出来るのだ。

この手紙は多分、よく男爵令嬢をお茶会に招待するご令嬢やご夫人に送られているのだろう。

そしてその人々も手紙を読んで、笑うか、困るか、我関せずでいるはずだ。

噂としては面白いものだが、それが王族に関わるものとなれば、誰だって我が身が可愛いものだ。

手紙にはこれを密かに広めて欲しい、高貴な女性なので訴え出ることが出来ないので、せめて人々にこの非道な行いを知らしめて欲しいとも書かれていた。

もしこれが王族や公爵家でなければ噂は広まったかもしれない。

そうして、そのご令嬢は広まってしまった噂に耐えかねて社交界から姿を消すことになっただろう。

これを悪質だと夫人は感じた。

手紙ではまるでさも自分は被害者で、相手を訴える気はないけれど、自分のような被害者が増えないように協力して欲しいという体で綴られている。

それは正義を重んじる人間が読んだら、もしかしたら信じてしまうかもしれないような、そんな文章で書かれていた。

だが男爵令嬢と何度も顔を合わせ、言葉を交わしたことのある夫人はそれが演技であることはすぐに見抜けた。

人前では人当たりの良い良い子を演じているものの、所々で他人を見下すような言動もあるし、同じ女性として少々わざとらしく感じる可愛さはかなり人を選ぶ。

今、男爵令嬢の周りにいるのは同族か、彼女を面白いお喋りの種か玩具と思っている者か。

そして夫人のように誰かの『耳』として情報収集のために近付いている者か。

それを理解出来ないから、こんなことが出来るのだ。

「この手紙は即時報告が必要ね」

夫人は困ったようにもう一度微笑んだのだった。

* * * * *