軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュシエンヌを見守る会の話

学院の第二校舎、三階。

生徒会室で書類を捌きながら、アリスティードはふと気が付いた。

「……もしや、リュシエンヌは今頃ルフェーヴルと学院内でデートしているのか?」

リュシエンヌは一緒に帰ると言った。

そして分かれ際にカフェテリアへ行くと言った。

……それはリュシエンヌが以前言っていた『放課後デート』というやつなのでは?

アリスティードの言葉にエカチェリーナが顔を上げた。

「あら、お気付きではありませんでしたの?」

ロイドウェルとミランダもうんうんと頷く。

「いや、まあ、ルフェーヴルが一緒に行くのは分かっていたが……。カフェテリアに行くのがデートになるのか?」

デートというものは意中の相手と外出するもののことを言うのではないか、とアリスティードは首を傾げた。

同性から聞くデートも、街へ買い物に出たり、しゃれた店に食事をしに行ったり、観劇をしたりといったものばかりだった。

ロイドウェルがアリスティードの疑問に答える。

「リュシエンヌ様にとっては学院も街と同様に捉えているんじゃないかな。まだ入学して二ヶ月ほどだし、カフェテリアも普段は行かない場所だから」

「なるほど」

「まあ、でもリュシエンヌ様はニコルソン男爵がいれば、どこでも楽しいのだと思うけどね」

ロイドウェルの言葉にアリスティードは思わず押し黙った。

全くもってそうであるからだ。

リュシエンヌは基本的にルフェーヴルさえいれば、どこでも、何をしていても、楽しそうだ。

それが喜ばしくもあり、少し悔しくもある。

アリスティードのリュシエンヌに対する想いは消えたわけではない。

相変わらずリュシエンヌのことは大事で、自分の中では唯一の存在で、妹に対して以上の気持ちを持っている。

だが、傍にいるのはあのルフェーヴルだ。

リュシエンヌを手に入れるためなら平然と王になることが確定している 男(ちち) を脅すような人物だ。

リュシエンヌに良からぬことをしようと考えている者が近付こうものなら、何の躊躇いもなく排除するだろう。

それが分かっているから安心して任せられるのだ。

リュシエンヌとルフェーヴルが上手くいくことはリュシエンヌの身を守る上で喜ばしいことだ。

でも同時に恋敵でもあるルフェーヴルとの仲が深まっていくことに、羨ましさと、そこが自分の居場所ではないということに僅かな悔しさを感じることがある。

その感情は兄が妹に持つものではない。

アリスティードはリュシエンヌの兄になることを決めた。

その日から、良き兄でいようと心がけてきたし、今でも、そうありたいと願っている。

「そうだな、リュシエンヌは多くを望まない」

ドレスも、食事も、住む場所も。

リュシエンヌは自分の立場上、豪華なものを受け入れているだけで、それについて我が儘を言ったことがない。

それでいて人でも物でも大事にする。

けれどもこだわりはなく、執着もない。

幼い頃の記憶は強くリュシエンヌの中に刻まれているのだろう。

どれを手に入れたとしても、いつかは自分の手からこぼれ落ちてしまうかもしれない。

リュシエンヌはそんな様子で何に対しても一線を引いている。

欲しがらない。縋らない。嫌がらない。

その様はアリスティードを不安にさせた。

このままリュシエンヌすらもいつかあっさり消えてしまうのではないか。

時折、そんなことを考えてしまう。

だからルフェーヴルに執着し、依存するリュシエンヌを見ると安堵する。

何かに執着している、もしくは何かに依存している人間は、死を望まないことが多い。

ルフェーヴルがいる限りリュシエンヌは存在する。

ルフェーヴル頼りになるのは正直に言えば面白くないが、自分の感情よりもリュシエンヌの方がずっと大事なのだ。

「そこがリュシエンヌ様の素晴らしいところでもございましょう? ……ご自身に流れる血を気にしておられるのかもしれませんが」

「旧王家の血か……」

…… そんなものの(くだらない) ことを。

旧王家の血など、遡れば大抵の貴族には流れているものだ。

今までこの国の歴史の長さを見れば当然である。

アリスティードや父のベルナールにだって旧王家の血がそれなりに流れている。

たった数代王家の直系と婚姻しなかっただけで、その血が消えるはずもない。

確かにリュシエンヌは前国王の子だ。

しかしその心根は旧王家のものとは全く違う。

「平民はともかく貴族であればどこだって旧王家の血が少なからず入っているというのにな。血の濃さが愚かさに繋がると言うのならば、いっそ平民を王に据えるべきだ」

「アリスティード……」

「それは……」

ロイドウェルとエカチェリーナが言葉を詰まらせる。

血筋で言えば、むしろこの二人の方が下手をすればリュシエンヌよりも旧王家の血が濃い可能性が高いのだ。

リュシエンヌは伯爵家と王家。

だがこの二人の家、アルテミシア公爵家とクリューガー公爵家は、何度も直系の王族と婚姻を繰り返し、ここまでその血を絶やさずに連綿と続いている。

元々、公爵家には王家の血を残す役割がある。

そのため直系の王族が公爵家に嫁ぐ、もしくは婿入りすることはよくあることだ。

さして目立たなかった伯爵家の血よりも公爵家の血の方が旧王家の血は濃い。

リュシエンヌという直系がいるおかげで公爵家はその血筋を問題視されていないだけだ。

リュシエンヌがいなければ、恐らく大半の公爵家は叛意なしと証明するために地位の低い家と婚姻するしかなかっただろう。

それでいて アリスティード(おうたいし) は公爵家と婚姻を結ぶという、相反する状態を保っているのだから笑えない話である。

「このような 愚痴(こと) を言ったところで意味がないのは分かっている」

ただでさえリュシエンヌは様々なものを奪われてきた。

愛され、大切にされるべき幼少期も、正統な血筋としての威厳も、未来の女王になる道も、子を産み育てる女性の喜びも、自身の好みを口にする自由さえも。

それなのにリュシエンヌは王女としての役割を、文句も言わずに果たしている。

本当ならば全てを手に入れられる立場だったのに。

その血筋を言い訳に、この国は、王家は、貴族達は、国民は、たった一人の成人もしていない少女に 重責(つみ) を押し付けた。

そしてアリスティードもその一人だ。

リュシエンヌに覚える罪悪感も、リュシエンヌに何かしてやりたいと思う気持ちも、もしかしたら自身の心を軽くしたいだけのアリスティードの自己満足に過ぎないのだろう。

それでも、だからこそ、 アリスティード(あに) だけは リュシエンヌ(いもうと) の味方であらねばならないのだ。

その気持ちすら失くした時、アリスティードはもはや、王に立つべき人間ではなくなる。

犠牲を忘れた王は暴君に成り下がる。

「ところで、お前達は街によく出ているのか?」

こほん、とアリスティードは重くなってしまった空気を払拭するように小さく咳払いをした。

ロイドウェル、エカチェリーナ、ミランダは目を瞬かせた。

少々無理やりではあったが、話題が変わったことに三人は素直に乗った。

「わたくしは時折出かけております」

「私はあまり……。何せ あれ(・・) と遭遇する可能性もあるからね」

「私はよく出かけておりますが……」

エカチェリーナ、ロイドウェル、ミランダが言う。

仕事を大体終わらせたアリスティードは机の引き出しから新しい紙を取り出した。

「この間、リュシエンヌが『王都でデートをするならどこがいいでしょう?』と悩んでいてな、私もそういう場所を知らなくて教えてやれなかったんだ。お前達ならばデートはどこに行く?」

真面目な顔でそんなことを大真面目に訊くアリスティードに、三人は顔を見合わせて、小さく吹き出した。

「それって今訊くこと?」

ロイドウェルの問いにアリスティードは頷く。

「ああ、腹立たしいがリュシエンヌとルフェーヴルが上手くいくことが私の望みだ。そして私とエカチェリーナは『リュシエンヌを見守る会』という同好会の会員でな」

「何だいそれ?」

「言葉通り、リュシエンヌ様を見守り、心安らかにお過ごしいただけるように陰ながらお支えする会ですわ」

呆れ気味のロイドウェルにエカチェリーナがやや胸を張って説明する。

「ちなみに、アリスティードが会長でわたくしが副会長、ニコルソン男爵は特別会員ですの」

ロイドウェルが驚いた顔をする。

「え、ニコルソン男爵も入ってるの?」

「と言うか、よく男爵が許したね」とこぼす。

ルフェーヴルはリュシエンヌを害そうとする人間には容赦をしないが、リュシエンヌを守ろうとする人間には比較的寛容なところがある。

「ええ、おかげさまでリュシエンヌ様の情報をいただけるので以前より良好な関係を築けておりますわ」

「ええ、私も加入させていただいておりますの!」

ミランダが嬉しそうな顔をする。

現在の王家に忠誠心を持っているミランダは、リュシエンヌの存在の意味も正しく理解していた。

旧王家の罪を一身に背負い、王家への不満の対象とされていて、それでもなお王女として立ち続けるリュシエンヌに王族への畏敬の念を抱くのは自然なことだった。

「ミランダ嬢は加入条件に適っていたからな」

アリスティードが頷いた。

「会員番号は五番です」

「そうなんだ?」

「ああ、一番は私、二番がエカチェリーナだ」

「……ちなみにニコルソン男爵は?」

思わずといった様子でロイドウェルが訊く。

「あいつは特別会員だから番号はない。特別会員はそもそもあいつだけだからな」

「ああ、そう……」

「ロイドも入るか?」

「いや、私はやめておくよ。あんまりリュシエンヌ様に近付き過ぎるとニコルソン男爵が怖いからね」

アリスティードが納得したように「ああ」と頷いた。

洗礼の日に見た夢の中では、ロイドウェルがリュシエンヌの婚約者になっていた。

それを知っているルフェーヴルはロイドウェルがリュシエンヌとあまり親しくなるのを良く思っておらず、たまに牽制されることもある。

ロイドウェルの方はリュシエンヌのことを友人の妹、そして自国の王女としか認識していない。

好みで言えばミランダの方が好きだ。

苛烈で、勝気で、それでいて実は暗躍するのが苦手な純粋さもある忠誠心の高いミランダは、ロイドウェルとは違って面白い。

それに燃えるような赤い髪に緑の瞳は、貴族にありがちな金髪にそれと同色の金眼のロイドウェルからしたら、鮮やかで美しく見える。

それに存外可愛らしいところもあるのだ。

勝気過ぎて、口調の強いミランダは同級生に対してもそうなのだが、後になって自身の言葉のキツさを反省してこっそり肩を落としている時があり、そういう姿は普段との差があって可愛らしい。

今も『リュシエンヌを見守る会』に入れて喜んでいる。

その気持ちはロイドウェルには分からないが、もし『アリスティードを支える会』があればロイドウェルは迷わず加入しているので、恐らくそういうことなのだろう。

「良かったね、ミランダ」

「はい、今後もリュシエンヌ様のために頑張りますわ!」

勝気な顔が嬉しそうに笑っている。

ロイドウェルも釣られて笑った。

「では、先ほどの話に戻りますが、王都で今人気のカフェや劇についてでしたら情報を提供出来ると思います」

「何、それは本当か?」

「ええ、こう見えて休日にカフェ巡りや観劇をするのが趣味なのです」

「貴族、平民両方の流行りは押さえておりますわ」と自信満々に言い切るミランダにアリスティードが「それを教えてくれ」と言う。

ミランダも真面目な顔で深く頷いた。

「はい、まず貴族に流行りのカフェからご紹介いたします。それぞれお勧めのデザートを扱っているお店でして一軒目は──……」

「ふむ」

「まあ」

ミランダの話を真面目に聞き、アリスティードは取り出した手元の紙にメモを取り、エカチェリーナも感心した風に聞き入っている。

和やかな雰囲気に包まれる生徒会室の中で、それに加わらなかったロイドウェルが穏やかに微笑んでいた。

それから三十分ほど、その話題で三人は盛り上がったのだった。

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