軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法実技授業にて

何度か既に受けている魔法の実技授業。

訓練場で行うそれを、わたしはいつも、少し離れた場所から見学している。

……わたしには魔力がないから。

最初のうちはみんな知っていても戸惑ったような顔をしていたけれど、何度も授業を行う度に慣れて、今では誰もわたしを気にしない。

わたしの横にはルルが立っている。

「今日の授業は火魔法の中級ファイアウォールとファイアランスを訓練する」

授業は教師が二人。

一人は魔法の座学を担当している、わたし達三年生の上級クラス担任のアイラ=アーウィン先生。アイラ先生は補助もあるけれど、治癒魔法も使えるため、もしもの時に生徒を治療する役目も担っている。

そして授業を進めるのは、攻略対象の一人である、リシャール=フェザンディエ。

原作と違ってリシャールはどのクラスの担任も務めておらず、一年から三年生の魔法実技の授業を担当しているようだ。

「まずは俺とアーウィン先生とで実演してみせるからな。よく見ておくように!」

リシャール=フェザンディエ侯爵子息。

攻略対象の中で一番年上──隠しキャラのルルを除けば──で、原作では女好きの軟派者だったが、現実の彼は随分性格が違う。

女好きでも軟派者でもない。

原作と同じ甘いマスクの教師だけれど、教師にも生徒にも平等に接しており、誰に対してもそれなりに人当たりが良いらしい。

女生徒からだけでなく、意外にも男子生徒からも教師として慕われているそうだ。

アイラ先生とリシャール──……先生が訓練場の中央で互いに距離を置いて向き合う。

「ではアイラ先生はファイアランスをお願いします。俺がそれをファイアウォールで防ぎます。単位は五十でお願いします」

「分かりました」

二人が同時に詠唱を開始する。

リシャール先生の前に約二メートル五十ほどの厚みのあるファイアウォールがぶわりと生まれる。

それを確認するとアイラ先生が片手を上げる。

その掌の先に長さ一メートルほどの炎で出来た太い槍が一本出現する。

「いきます!」

アイラ先生が言い、ファイアランスをファイアウォールへ向けて投げる動作をした。

ボウっと音を立ててファイアランスがアイラ先生の手を離れてリシャール先生へ向かっていく。

そしてそれはファイアウォールへぶつかった。

ゴオッと炎同士のぶつかる音と微かな熱風が広がり、ファイアランスはファイアウォールに負けて潰れて四散した。

リシャール先生がかざしていた手を下げるとファイアウォールがぶわりと空気に溶けて消える。

「今のがファイアウォールとファイアランスだ。詠唱はきちんと予習してきたな? 忘れたり予習してこなかった生徒は俺かアーウィン先生のところへ聞きに来るように」

まだ空気中には熱が残っているような気がする。

「最初は的に向かって練習するんだ。火の親和性が低い生徒もいるから最低の五十単位で行うように。いいか、魔力切れには注意するんだぞ!」

リシャール先生の注意に生徒達が返事をする。

そしていくつかある的の前へ列を作り、それぞれの先頭にいる生徒が的へ手を向け、詠唱を口にする。

その様子をルルと二人で眺める。

「ファイアウォールってそんなに難しいの? 確か土魔法のウォールは下級魔法だったよね?」

ルルが「ああ」と納得した風に頷いた。

「土魔法のウォールはただ土を盛り上げるだけなので技術は必要ありません。ですがファイアウォールは炎を生み出し、それを均一な厚みで維持するには集中力が必要なのです。気を緩めれば炎は消えてしまうので」

「その厚みまで精霊に頼めないの?」

「厚みは頼めます。ただ、それは最初だけです。長時間形を維持させるには使用者が魔力を固定しなければなりません」

ルルの説明によるとこういうことらしい。

五十単位の魔力を精霊に捧げ、詠唱を口にすることでまず最初のファイアウォールの形は精霊が生み出してくれる。

そしてそれは使用者の魔力を使った魔法なので、使用者が大きさや厚みを調整することが出来る。

その方法についてはルルが「これは魔法が使える人間にしか分からない感覚で、言葉で伝えるのは難しいです」と答えた。

ともかく、その調整には集中力が要る。

慣れないうちはすぐに炎が消えてしまうらしい。

実際、初めてその魔法を使っただろう生徒達が生み出したものは、どれも数秒ほどで消えてしまった。

「でもファイアアローとかは形を維持してるよね?」

「ボールやアロー、ランスは手から離れても四散する前に標的に当たります。しかしファイアウォールは元から手より離れているため魔力制御が上手くいかないと、あのように数秒ほどで消えてしまうのです」

「手から離れなければ制御は難しくない?」

それなら掌のすぐ近くでファイアウォールを展開させれば制御しやすいのではないだろうか。

「ええ、ですが炎ですからあまり近いと火傷してしまいますよ」

「あ、そっか」

ウォーターウォールならともかくファイアウォールは名前の通り炎である。

わたしの想像したように掌のすぐ近くで展開させたら、ルルの言うように、掌を火傷してしまう。

……うーん、こういうところはやっぱり魔法が使えないと不便だなあ。

わたしの場合は魔法が使えないから、使える人間にとっては常識的なことでも案外気付かなかったりする。

生徒達がファイアウォールとファイアアローの練習をしている。

さすが貴族の子息令嬢だけあって魔力量は多い。

平民の生徒もいるけれど、数回は使えるだろう。

それを眺めていると面白いことに気が付いた。

……平民の方がファイアウォールの習得が早い。

何故だろう、と眺めていると声をかけられた。

「王女殿下」

声のした方へ顔を動かせば、リシャール先生がこちらへ歩いてくる。

「遅ればせながら、フェザンディエ侯爵家が次男リシャール=フェザンディエがご挨拶申し上げます」

礼を執ろうとしたリシャール先生を手で制する。

「ここでは教師と生徒です。どうかわたしへは他の生徒へするように接してください。学院内では敬語も不要です」

「……分かった」

礼を執るのをやめたリシャール先生が安堵した様子で薄く笑った。

「実は堅苦しいのが苦手でな」

困ったように頭を掻く姿はとても原作のリシャールとは似ても似つかない。

私は思わず小さく笑ってしまった。

「ふふ、わたしもそうです」

「そうか。そういえばアリスティード殿下も同じようなことを言っていたっけ」

「まあ、そうでしたか」

人の好さそうな穏やかな感じがする。

わたしもリシャール先生も生徒を眺めている。

不思議な感覚だった。

リシャール先生ときちんと言葉を交わしたのは、十二歳の時の園遊会以来だというのに、どこか懐かしい空気に包まれる。

……何が懐かしいのかしら。

ぼんやりとその感覚について考えているとリシャール先生が「おっ」と声を上げた。

それに意識が引き戻される。

顔を上げれば、お兄様が綺麗な形のファイアウォールを生み出し、それを維持していた。

「さすが王族だな。あんなに綺麗に維持出来るなんて……」

リシャール先生が感心した様子で言う。

しかもお兄様はファイアウォールを縮めると、そのまま、その炎をファイアランスに作り変えて的へ向かって放った。

これには他の生徒達もどよめいた。

「なるほど、同じ火魔法同士、そのまま応用したのか。あれなら使用する魔力量が少なくなるし、上手く使えば防御からすぐに攻撃に転じることが出来る……」

リシャール先生がお兄様の放ったファイアランスが的に当たるのを見ながら、ぶつぶつと呟いている。

思わずリシャール先生の顔をまじまじと見れば、それに気付いた先生が照れたように笑った。

「ああ、すまない。昔から魔法が好きで、つい」

「それでしたら宮廷魔法士を目指した方がよろしかったのではありませんか?」

「ん? うーん、まあ、そっちも考えたけど教師になりたかったしな。それに宮廷魔法士は殿下の側近になったら入ることが決まっているから。殿下が学院を卒業するまで、学院の教師をさせてもらえることになって、それだけでも十分さ」

はは、とリシャール先生は笑う。

その少し困ったような笑みに、もしかしたら家の事情もあるかもしれないと思う。

どの貴族も王太子であるお兄様に近付きたがっている。

フェザンディエ侯爵家も、お兄様の側近にならせるためにリシャール先生を出したのだろう。

そしてリシャール先生は選ばれた。

「そうなのですね」

ざわ、とまた生徒達が騒めく。

今度はミランダ様がファイアランスを生み出して、投げる格好をしている。

「……綺麗」

ミランダ様の生み出したファイアランスはとても形が整っていた。

「アリスティード殿下もボードウィン伯爵令嬢も魔力の制御に関して、他の生徒より頭一つ分飛び抜けてるな」

ミランダ様の手を離れたファイアランスが的へ向かい、そして的を打ち抜いた。

威力もあるし、命中率もなかなかである。

横にいたリシャール先生が「今年の三年生は優秀な者が多いな」と嬉しそうに言う。

別の列ではロイド様がファイアランスを連続で生み出し、的へぶつけている。

ロイド様のファイアランスはやや小さかったが、連続して同じ大きさのものを生み出せている点がすごいらしい。

短時間で魔法を連続使用するには集中力も制御力も必要で、詠唱を間違えず、正確に唱えることも重要だ。

……ロイド様は火の属性との親和性が少し低いのね。

だから同じ五十単位の魔力を使っても、ファイアランスの大きさがやや小さいのだ。

横の列のミランダ様が生み出すファイアランスは逆に大きく、お兄様やリシャール先生のものよりも厚みがあり、高さもあった。

……ミランダ様は火の属性の親和性が高い。

あの燃えるような赤い髪と苛烈な性格からしてそうではないかと感じていたけれど、まさにそうだった。

ただミランダ様は魔力の制御が少し苦手らしく、長時間、それを維持するのは難しいようだ。

他の人よりも威力が高いから、制御も、多分他の人よりも大変なのだろう。

「やはり同じ五十単位でも親和性で差が……。親和性による威力の差は……。補うとしたら……」

生徒の訓練を眺めながら、横でリシャール先生がまたブツブツと呟いている。

わたしのことは恐らく忘れてる。

反対側に顔を向ければルルが暇そうに立っていた。

誰も見ていないからか、くあ、と小さく欠伸をこぼしていて、わたしに気付くと小首を傾げた。

「ルルは火魔法、得意?」

「ん〜、得意ってほどでもないけどぉ、それなりかなぁ。ファイアウォールとファイアランスくらいなら使えるよぉ」

お兄様がこちらに気付いて手を振ってくる。

それに振り返していると、ミランダ様もわたしに気付いてニコリと微笑んだ。

二人がそれから何やら話し合い始める。

多分、ファイアウォールとファイアランスについて議論しているのではないだろうか。

……ああ見えて二人とも真面目だから。

そこでふと疑問が湧く。

「……ルルの一番得意な属性は?」

小声で問いかけると、ルルがわたしに顔を寄せてくる。

そうして耳元で囁いた。

「闇だよぉ」

なるほど、ルルらしい属性だなと思った。

訓練場ではあちこちで炎が上がっている。

その綺麗な赤色を眺めながら、わたしとルルはのんびりと過ごしたのだった。