軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新歓パーティー(2)

「リュシー、オレだけを見てよ」

ルルの言葉に視線が上向く。

灰色の瞳と目が合えば、柔らかく微笑んだ。

くるくると回って移動していく。

焼け付くような視線はずっと感じるけれど、それよりも、綺麗なルルの灰色の瞳から視線が逸らせない。

動く先なんて見なくてもルルは完璧にわたしをリードしてくれる。

「そう、それでいい」

満足そうなルルの声にわたしは返す。

「わたしはルルしか見てないよ?」

「知ってる。でも あれ(・・) は特にダメ。今のあいつはリュシーの心配する相手じゃない」

……転生者のオリヴィエはダメで、本物のオリヴィエであるオーリはいいの?

目を瞬かせると、ルルが言う。

「 あれ(・・) はリュシーに害意しかない。どんな関わり方をしてもリュシーが傷付く。だからダメ」

淡々と、でも珍しく強い口調だった。

「目が合っただけだよ?」

ルルがわたしにだけ分かるように小さく首を振った。

そしてダンスの一環で抱き締めるようにわたしの腰を引き寄せた。

耳元でルルが囁く。

「あいつ、リュシーに殺気を向けた」

ヒンヤリする声になるほどと理解した。

ルルは今、酷く怒っているのだ。

わたしに殺気を向けたオリヴィエに怒っていて、その怒りを抑え込んでいる。

もしここがパーティー会場でなかったら、ルルは、オリヴィエ=セリエールを殺していたかもしれない。

確かにわたしは殺すのは最終手段でと言っているし、ルルはそれを受け入れているけれど、わたしを殺そうとする者を許すほど優しくはないだろう。

何か言われたことはないが、ファイエット邸に引き取られてからの十年間、旧王家の血筋であるわたしが全く命を狙われなかったということはない。

何度も狙われているはずだ。

わたし自身がそれを知らずにいられるというのは、実はとても幸せなことだと思う。

それもこれも、きっとルルのおかげだ。

ルルが守ってくれているから、わたしはその恐ろしさを知らずに生きていけている。

「殺したい」

冷たい言葉とは裏腹にニコニコ顔だ。

……ルルって実は腹芸上手いんだね。

声と顔が全く合ってない。

「わたしと同じオリヴィエだけを殺せるの?」

「無理だね。だから腹が立つ」

特定の人格、もしくは魂だけを殺す方法なんて当たり前だけどないだろう。

多分、この世界には多重人格という概念はなくて、オリヴィエ=セリエールの件は異例中の異例なのだと思う。

人格を切り離すとか、違う魂を追い出すとか、消すとか、そういう魔法は作れるかもしれないが、その後に責任が持てないので作りたくない。

そんなもの作ったら悪用される未来しかない。

……だって、それは殺人と同じだから。

「もし、もしわたしが偽のオリヴィエだけを殺せる魔法を作って、使おうとしたら、ルルはどう思う?」

「止めるね」

即答だった。

「止めるの?」

「うん、そんなことリュシーはしなくていい。そういうのはオレの仕事で、そんなことでリュシーを悩ませたくない」

「……ルルは悩んだから?」

ふ、とルルが笑った。

作り笑いじゃない無邪気な笑みだ。

「オレは悩んだことないよ」

本心なんだろう、軽い口調だった。

「でも」と言葉が続けられる。

「オレの兄弟弟子はすごく悩んでた。リュシーがあんな風になるのは嫌だし、リュシーには綺麗なものだけ見せてあげたい。オレ以外のことで悩んで欲しくない」

……それってすごく身勝手な願いだ。

ルル以外のことで悩まないなんて。

でもわたしの心は歓喜に震えている。

「だから あれ(・・) より ルル(オレ) を見て」

……ああ、もしかして。

「ルル、嫉妬してる?」

ルルの動きが止まった。

みんながダンスをする中で、わたし達だけが立って、互いを見つめている。

ルルは驚いたように目を丸くし、瞬かせ、そして困ったような、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「そうかも」

そこで何故喜ぶのだろうか。

「嬉しそうだね?」

「うん、嬉しい。リュシーといると、オレにはないんだろうなって思ってたものを見つけられて、オレもまだ人間だなって実感する」

「ルルは人間でしょ?」

灰色の瞳が苦笑で細められる。

リードされてダンスが再開する。

「見た目はね。でも心はどうかな。オレは殺し過ぎてるし、元々、そういうのに忌避感もなかったし」

ルルに「オレが怖い?」と訊かれる。

だから即答で「怖くない」と言った。

「ルルが好き。その手が血塗れでもいいの。わたしはその手を掴みたいし、その手に触れて欲しい」

もしルルが誰かを殺して、目の前でわたしに血塗れの手を差し出したとしても、わたしはその手を取るだろう。

自分でもおかしいと分かってる。

だけど、そんなことどうでも良くなるくらいルルが好きで、ルルなしでは生きていけない。

それどころか血塗れの手を喜んで掴むだろう。

だって、今のルルが手を汚すとしたら、それはきっとわたしのためにしたことだから。

「……本当に?」

「本当に。ルルが無事ならそれでいい」

ルルがふわっと笑った。

同時に一曲目のダンスが終わる。

でもわたし達はその場を動かない。

ルルが体を離すと目の前で跪き、わたしの右手を恭しく取り、そこにキスをする。

「リュシエンヌ=ラ・ファイエット王女殿下、あなたに我が身、我が命が尽きるまで仕え、私の全てを捧げます」

ざわ、と周囲が騒めく。

立ち上がったルルがわたしを抱き締める。

耳元で小さく「愛してるよ、リュシー」と囁かれ、わたしは歓喜で胸が詰まるほどの幸福感に満たされる。

小声で「わたしも、ルルを愛してる」と何とか返す。

ぶわっと一瞬重力を感じ、視界が一気に開けた。

わたしを両手で持ち上げたルルが嬉しそうに破顔して、そのままクルクルと楽団の曲に合わせて回り出す。

ダンスというにはあまりにも稚拙で。

ただ持ち上げられて回っているだけ。

でもルルが今までで一番喜んでいるのが伝わってきて、その浮かれた気持ちが感じ取れて、わたしもふわふわとした高揚感に包まれる。

「ふふっ」

「あははっ」

くるりくるりと回ればドレスの裾がふわりと舞う。

ルルの肩へ触れると、降ろされ、抱き締められる。

言葉は必要ない。

そのまま二曲目のダンスを踊り終え、ダンスの輪から外れて、休憩スペースへ移動する。

置かれているソファーへ腰かければルルが飲み物を渡してくる。

実は、あんまりくるくる回るものだから、ちょっとだけ目が回ってしまっていた。

ルルが小声で「ごめんねぇ」と言う。

わたしは首を横に振った。

「いいの、とっても楽しかった!」

笑うわたしにルルも笑う。

そのまま少し休んでいると、ダンスを終えたお兄様とエカチェリーナ様、ロイド様、ミランダ様が揃ってやって来た。

全員が「仕方ないな」という顔をしている。

「ルフェーヴル、あれでは目をつけられるぞ?」

お兄様が呆れ混じりに言った。

でもルルはシレッとした顔で返す。

「良いんですよ、あれぐらいやっておけば私が王女殿下に一筋だと学院中の者に伝わりますから」

学院には貴族の子息令嬢のほとんどが通っている。

そして平民の生徒もそれなりにいる。

あれだけ目立てばわたしとルルの関係を知らない者はいなくなるだろう。

「それで あれ(・・) が近付かなくなると?」

「いや、それはないでしょう。ですがもし近付かれても、勘違いで要らぬ噂を立てられることはありません」

「まあ、これだけ大勢の前で誓いを立てたからな」

大きな声ではなかったけれど、お兄様達にも聞こえていたらしい。

一度誓いは立ててもらっているけれど、人前でとなると、また気持ちが違ってくるものだ。

「それにもし あれ(・・) が近付いてきたとしても『王女殿下と相思相愛の婚約者に横恋慕する悪役』と言われるのは向こうですよ」

ルルの言葉にハッとする。

原作ではリュシエンヌは悪役だった。

でもわたしはその役から外れている。

そしてヒロインになるはずのオリヴィエ=セリエールも、ヒロインの道から大分外れている。

第三者の目で見てみれば、お兄様やロイド様と仲の良いわたしの方がヒロインとして立場は近い。

……もしもわたしがヒロインの座を奪ったら、空いた悪役の座は一体誰がつく?

この場合、お兄様やロイド様から避けられているオリヴィエがそれに当てはまるのではないだろうか。

ルルはオリヴィエをリュシエンヌの位置にはめ込もうとしている?

「男爵令嬢を 悪役(わたし) の身代わりにする気?」

ルルの目がうっそりと細められる。

「大正解」

そう答えた声は冷え冷えとしたものだった。

* * * * *

なんで、とオリヴィエの口から音にならない言葉が漏れた。

オリヴィエの目には幸せそうに笑い合う二人の姿が焼き付いて離れない。

……誰よりも好きなのに。

……誰よりも欲しいと思っているのに。

あの女(・・・) が奪っていく。

アリスティードもロイドウェルも、本来ならばヒロインであるオリヴィエに微笑みかけて、優しくするべきなのだ。

それなのに二人とも、こちらを見ない。

アリスティードは婚約者が出来てしまったし、ロイドウェルもリュシエンヌではないがやはり婚約者がいる。

だが二人は あの女(・・・) に笑いかける。

傍目に見ても気安い間柄なのが分かる。

攻略対象二人を奪われただけでも腹立たしい。

それなのに あの女(・・・) はオリヴィエが最も欲しいと願ってやまない相手に、さも当然のようにエスコートされてやって来た。

しかもダンスを踊っていた。

二度も。二度もだ。

原作では選択した相手でも踊れるのは一度だけで、それ以上踊る選択肢はないはずだ。

何より腹立たしいのはオリヴィエの色を纏って、勝ち誇ったように幸せそうな表情をしていたことだ。

緑とレモンイエローのドレス。

それはオリヴィエの新緑の瞳と柔らかな金髪のようで、オリヴィエの神経を逆撫でにした。

自分の色を纏った最愛の人が、同じく自分の色を纏った悪役に跪いて身を捧げる。

オリヴィエはそれを遠くから歯を食いしばって眺めることしか出来なかった。

もしも誰も見ていなければ、間に割って入り、 あの女(・・・) を平手で叩いていただろう。

頭が真っ白になるほど怒りに震えているのに、不思議と思考は冷静だった。

……そうか、分かったわ。

リュシエンヌ(あくやく) が オリヴィエ(ヒロイン) の場所を奪ったのだ。

だからアリスティード達は あの女(・・・) に親しげに笑いかける。

「……許さない。絶対に、許さない……」

…… リュシエンヌ(あくやく) のくせに。

ヒロインである オリヴィエ(わたし) の居場所を横取りするような人間には、思い知らせてやらなければならない。

……絶対に破滅させてやる。

オリヴィエは背を向けると会場を後にした。

* * * * *

リュシエンヌ達と話していたルフェーヴルは振り返る。

その灰色の瞳がチラと、会場を出て行く一人の男爵令嬢の背を見送った。

ルフェーヴルはその口元に薄く笑みを浮かべたまま、令嬢が消えた出入り口を眺める。

歪みそうになる口元をグラスで隠した。

……リュシーに二度も殺気を向けるなんてねぇ?

動きそうになる体と怒りを抑えるのに苦労した。

ルフェーヴルが自身の体に待ったをかけなければ、今頃、あの身の程知らずな令嬢は首にナイフが刺さっていたことだろう。

それくらいならばしてもいいのでは、とルフェーヴルは思う。

ナイフが刺さったくらいではすぐには死なない。

あの令嬢は治癒魔法も使えるらしいので、自分でかければいいだけの話だ。

ルフェーヴルは「王女に殺気が向けられたので思わず体が動いてしまった」と言えばいい。

ルフェーヴルがリュシエンヌの護衛でもあるため、誰もがその言葉を信じるだろうし、アリスティードの護衛として控えている騎士達も表情を硬くしている。

きっとルフェーヴルの言葉を肯定するはずだ。

……本当にやっちゃえば良かったかもなぁ。

今更、殺した人数が一人増えるくらい、どうということはない。

リュシエンヌも驚き、怒り、少し悲しむかもしれないが、ルフェーヴルの行いを理解して許すだろう。

今のうちに 殺(け) してしまえば楽なのに。

「ルル、それ美味しい?」

リュシエンヌの声に我へ返る。

リュシエンヌ以外の四人の顔色がやや悪い。

思わず少しばかり殺気が漏れてしまっていたらしい。

意外にもリュシエンヌはルフェーヴルの殺気を気にしないし、怖がらない。

以前「ルルから冷たい空気が流れてくる」と表現されたけれど、それだけだった。

暗殺者としてオレもまだまだだなぁ、などと思いながらルフェーヴルはグラスから口を離した。

「美味しいですよ。飲んでみますか?」

面倒臭い外面で答える。

リュシエンヌの琥珀の瞳が煌めいた。

「飲んでみたいな」

「いいですよ」

ルフェーヴルは自分の手にあったグラスを渡す。

止める間もなくリュシエンヌが口をつけ、グラスの中身を口に含む。

表情がパッと明るくなる。

「美味しい! これ何?」

口元を押さえてキラキラと輝く瞳で見上げてくるリュシエンヌに、ルフェーヴルが悪戯っ子のように笑う。

「シードルですよ。リンゴのお酒です」

「えっ」

リュシエンヌが驚いた顔をする。

この国では成人するまで飲酒は禁止されているため、リュシエンヌが慌てるのも無理はない。

どうしよう、という顔をするリュシエンヌにルフェーヴルは堪え切れずに小さく吹き出した。

「ふっ、冗談です。これにアルコールはありません。ただのリンゴのジュースですよ」

そう言えばリュシエンヌがあからさまにホッとして、それから少し眦をつり上げてルフェーヴルを軽く叩く。

「もう、ルルの意地悪っ」

頬を少し膨らませて見上げるリュシエンヌは美人だけど、その仕草はまだ幼さがあって可愛らしい。

そのほっそりした手で叩かれても、痛くも痒くもない。

だがリュシエンヌがこうやって気安く接する相手は少なく、ルフェーヴルは自分がその一人だと思うと少しばかり優越感に浸った。

「すみません、リュシエンヌ様がお可愛らしかったので、つい」

「そう言えば何でも許されると思ったら大間違いなんだからね?」

「では許してはくださらないのですか?」

ジロ、と睨み上げられても怖くない。

意識的に眉を下げて見下ろせば、リュシエンヌがうっとつり上げていた眦を和らげる。

「……ルルはずるいと思う」

それはつまり、許すということだ。

ルフェーヴルはご満悦で微笑み、アリスティードが呆れた顔で言う。

「リュシエンヌ、ルフェーヴル、仲が良いのは構わないが時と場所を考えてくれ」

ロイド様が同意するように頷く。

二人の婚約者の顔は真っ赤だった。

リュシエンヌがキョトンとした顔をするものだから、ルフェーヴルは堪え切れずに笑ってしまう。

……オレはリュシー以外選ばない。

あの令嬢がするのは無駄な足掻きである。

* * * * *