軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 絶体絶命ユフィちゃん

魔法学園の授業は、ざっくりと座学と実技に分けられる。

座学は文字通り講義形式の授業、実技は実際に魔法を使っての授業で、比率としては座学の方が多い。

国語や数学といった一般的な教養の授業に加えて、魔法に関する座学の授業も多く展開されていた。

「……よって、魔力と体力は直結していると考えられている」

教科書を片手にシャロンが授業を進めている。

ゴリゴリの体育会教師といった風貌のシャロンが、こうして講義をしている姿はとても新鮮だ。

「身に宿せる魔力の量は生まれつき決まっているが、後天的に筋肉や体力をつけることによって、多少の魔力増加が観測されている」

今日の講義は魔力と身体能力の関連性について。

ほとんどの生徒は(当たり前のことですね)とばかりの表情で、シャロンの講義を聞いている中。

(どどどどどどどうしよう!!)

ユフィは顔を汗でびっしょにしょにしていた。

(筆記用具が、無い!!)

エルドラ地方から風魔法で寮に帰宅した時点で遅刻が確定していたことからパニックに陥り、筆箱自体をリュックに入れ忘れてしまったようだ。

「体力の増強によって繰り出せる魔法の威力も増大する。すなわち、ランニングや筋トレこそ、新たな魔法の可能性を広げる大事な鍛錬なんだ!」

シャロンは黒板に書かれた『身体を鍛える→魔法力も上がる!』を指示棒でバンバンと叩く一方、ユフィが心臓をバクバクさせていた。

(どどどどうしよう……シャロン先生にバレたら……)

ただでさえ遅刻して怒られたばかりなのだ。

加えて忘れ物をしたとバレるとどんな目に遭わされるか想像するだけで身震いしてしまう。

ごくりと、ユフィは喉を鳴らしたその時。

「つまり、筋トレこそが大正義という事だな!!」

突然、一人の生徒が立ち上がって声を張り上げた。

無造作に後ろに流した赤色の短髪に、着崩した制服。

制服の上からでもわかる鍛え抜かれた筋肉は、彼が自身のボディメイクに関して並々ならぬ努力を注いでいることが窺える。

一見、不良のように見える青年の名はジャック。

エルバドル王国の軍務大臣の令息、生徒会のメンバーの一人にして筋肉バカである。

ぎろりと、シャロンがジャックを睨みつけた。

「手も上げずに発言をするな。校庭十周させるぞ」

「マジですか!?」

ジャックがラッキーとばかりに目を輝かせる。

「授業中に足筋を鍛えられるなんて最高じゃないですか! 百周でも千周でも……」

ひゅん!! パアンッ!!

「!?」

自慢の胸板を張り上げ、力こぶをアピールするかのように両腕を掲げたジャックのこめかみの横をチョークが掠めた。

ジャックの揉み上げの一部が刈り取られてしまっている。

「次は頭だぞ?」

「……すんません」

「ああんっ!?」

「すみませんでした!!」

目が合うだけで息の根が止められそうな圧に、ジャックは隠れるように座るのだった。

(バ、バレたら額に穴が空く……!!)

二人のやりとりを目にしたユフィは顔面蒼白だった。

なんとしてでも筆記用具を忘れたことを知られてはいけない。

(そ、そうだ……!)

ぴこーんと、ユフィの頭上で豆電球が光る。

ノートを一枚、音が鳴らないよう慎重に破った。

それをくるくる撒くとあら不思議。

(よし、これだったら遠目だとペンっぽく見える!!)

天才発明家ユフィ、ここに爆誕。ひとまず安堵したその時。

「では、次に教科書を音読していく!」

「!?」

シャロンの言葉にユフィは絶望に叩き落とされた。

それもそのはず。

シャロンは『生徒に音読させている相田は教室を歩き回るタイプ』の教師だからだ。

「モーガン、42ページから読み始めろ」

「はい」

指名された男子生徒が教科書を読み始めると同時に、シャロンが教卓から足を踏み出す。

コツ、コツと、少しずつユフィのいる席に近づいてくる音が、断頭台に辿り着くまでのカウントダウンに聞こえた。

(もし、私の席まで来たら……)

ぷるぷると震える手に力が籠り、即席ノートペンがぐにゃりと形を変える。

変形したノートペンは、ものの数分後のユフィの姿を暗示しているように見えた。

(どうしよう……購買に新しいペンを買いに行く……? むむむ無理!)

ユフィの遅刻、ジャックの授業中断と、ただでさえ苛立っているであろうシャロンに購買に行く許可を貰うなぞ自殺行為も良いところだ。

(はっ……そうだ!)

ぴこここーんと、ユフィの頭上で再び豆電球が光った。

この手が残されていたと、ユフィは隣の席の女子生徒に目を向ける。

(アンナちゃんに、ペンを貸してもらったらいいんだ……!!)

右隣に座る女子生徒──アンナは、生徒会メンバー以外でユフィが初めて話しかけることが出来た女の子だ。

キング・サイクロプスとの戦闘の翌日、きゃーきゃーとライルに黄色い歓声を贈っていたアンナに、ユフィは話しかけようと意を決する。

意気込みすぎて、勢い余って後ろの机に頭を打ち付け奇異の視線を向けられたが、なんとか二言三言やりとりすることが出来た。

『キョ、キョウモイイテンキデスネ』

『そ、そう? 午後から雨らしいけど……というか凄い勢いで頭打ってたけど、大丈夫? 回復魔法使ってあげよっか?』

『ゴゴカラアメナンデスネ、カサハモッテキマシタカ?』

『え? う、うん……一応?』

『ナニヨリデス』

会話終了。

ほんのちょっぴりだけ噛み合ってない気もしないでもない。

とはいえ、自分から話かけられたことはユフィの人生において大いなる過ぎる第一歩。

そして言葉を交わした以上、アンナに話しかけるハードルは他の人に比べて格段に下がっている。

(だからいける……いけるはずよ、ユフィ・アビシャス!)

『ペン、貸してください』

たったその一言を口にするだけでいいのだ。

心を奮い立たせて、決意を固める。

気分は命運を賭けた戦場に立つ勇者そのものだった。

──えっと、同じクラスの……誰だっけ?

いざ話しかけようとした瞬間、いつかの日にかけられた冷たい言葉が脳裏に蘇ってくる。

心臓は激しく鼓動し、身体の部位という部位がカチコチに硬直し始めた。

人に何か頼み事をするという行為はユフィにとって、とてつもなくハードルの高い行為だった。

(駄目よ、落ち着いて……)

緊張状態のまま人に話しかけてもロクな事にならないと、ユフィは今までの人生で学んでいる。

泳ぐ目、裏声、壊れた人形のように震える身体……今まで何度不審者扱いされてきたことか。

(大事なのは余裕……そう、余裕よ……)

同じ轍は踏まぬと、大きくユフィは深呼吸をした。

深く息を吸い込むことは鼓動を落ち着かせるのに効果的だ。次に腰を浮かせて、両腕を天井に向け思いっきり伸ばす。

これも、身体の緊張を解すのに効果的で……。

「貴様、なぜ立ち上がっている?」

「はっ……!!」

低く冷たい声が響き渡り、ユフィは我に返った。

いつの間にかシャロンがやってきており、鋭い目を向けてきている。

ついでに教室中の生徒からの(あいつ何やってんだ?)の視線を欲しいままにしていた。

(しまった!!)

落ち着く事に集中しすぎた!

さらに追い打ちをかけるように、アンナが不思議そうに尋ねてくる。

「ユフィちゃん、どうしてノートの紙をくるくるに巻いているの?」

ぎくうっ!

ユフィの背筋がピンと伸びるのを見て、シャロンは眉を顰める。

「まさか貴様……」

「ひっ……」

シャロンの顔がゼロ距離に迫る。

心臓がきゅううっと嫌な音を立てた。

「忘れたのか?」

「…………」

「授業が三十分以上経ってるのに、お前は、ずっと、何もせずにボーッとしていたのか?」

(オワタ……)

南無三。

万事休す。

来世に期待。

命運を背負った勇者改め、蛇に睨まれたハムスターとなったユフィは、怒髪天を受ける運命に身を任せ全てを諦めようとし……。

「む?」

不意に、シャロンが何かに気づいた。

「なんだ。あるじゃないか」

「ふぇっ……?」

気づく。

机の上に身に覚えのないペンが転がっていることに。

「あるなら早く言え。時間の無駄だ」

吐き捨てるように言った後、シャロンは教科書を持ち直す。

そして再び次の生徒への音読を再開するのだった。

(……?? だ、誰のだろう??)

着席した後、妙に豪華な装飾が施されたペンを眺めていると、不意に肩をとんとんされた。

ビクッとして振り向くと。

「危なかったね」

そっと囁くように言うのはライル・エルバート。

魔法学園生徒会副会長にして、この国の第三王子だ。

美という概念をそのまま人間にしたような顔立ち。

瞳は深い海のように澄んだブルーで、見る者を引き込むほどの美しさ。

切れ長の目元は優しさと知性を漂わせ、口元には微笑が浮かんでいる。

金色に輝く髪はまるで絹糸のように柔らかそうだ。

ユフィは気づく。後ろに座っていたライルが状況を把握し、シャロンにバレないよう、そっとペンを机に置いてくれたのだと。

(ラ、ライルさああああん……!!)

ユフィは涙目になり、心から感謝の気持ちを込めてぺこぺことお辞儀をするのだった。