軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ

──聖女様になりたい。

ユフィ・アビシャスが心の底からそう思った理由はただ一つ。

『ユフィちゃん、いつも一人だね』

忌々しきこの言葉を人生から撲滅するためだ。

ミリル村は、ゴボウがたくさん取れるくらいしか特色のない人口五百人くらいの村で、魔法国家エルバドル王国の中ではユフィと同じくらい存在感が薄い。

そんな村でユフィは他の子よりも軽い体重で生まれ、食欲も人並み未満で育ち、ゴボウみたいな貧弱ボディに成長を遂げた。

色白で、ひょろっとしていて、髪の毛も燻んだ灰色。

3歳になった頃、「たくさん友達ができるといいわねえ〜」という呪いの言葉と共に送り込まれた、村唯一の教育施設である教会で、同い年の子たちがユフィにつけたあだ名は『ゴースト』。

洞窟にひっそりと生息しているF級モンスターと同じ扱いをされるのは思うところがあったものの、色味が似ている上に存在感が薄いのも同じとなると何も言い返せない。

そもそも言葉を交わせるほど仲の良い相手がいないため、反論は物理的には不可能だった。

体が小さいのもあってか自己主張が少なく、いつも猫背で視線は地面に向いている。

加えて人と話すのも苦手で、一人行動を好んだユフィは気づくと周りからこう言われるようになる。

『ユフィちゃん、いつも一人だね』

(……お母さんごめんなさい。友達、出来ませんでした)

二人組は友達とじゃなくシスターと組み、遠足のお弁当もシスターと食べ、教室の隅っこでいつも一人でぽつんと座っている生徒。

それが、ユフィ・アビシャスという少女だった。

そんなユフィに転機が訪れたのは6歳の時。

その日は教会がお休みで、ユフィはやることもなく家でぼんやりとしていた。

「聖女様! よくぞおいでなさいました!」

「聖女様! こっち向いてー!」

「聖女様ー! 聖女様ー!」

なにやら外が騒がしい。

(なんだろう……?)

不思議に思って窓からひっそり顔を出す。

家の前にある広場に、人だかりができていた。

老若男女ごっちゃになった人々の中心にいた女性に、目が吸い寄せられる。

「きれい……」

自然と、呟いていた。

水垢で薄汚れた窓越しから見ても、その女性はとても輝いて見えた。

まるでおっきな宝石みたい、と子供心ながら思った。

すらりとした体躯に、陶磁器のように白く滑らかな肌。

背中まで伸ばした銀色の髪はシルクのように輝いている。

右手にはブルーの宝石を内包した杖。

身に纏った修道服は教会のシスターが着ているものと似ているが、もっと豪華で上等なもの。

まるで天使の羽衣だ。

女性の表情は穏やかで、思わず頬が綻んでしまうほど優しいもの。

この世界の悲しみや苦しみ全てを包んでしまいそうな慈悲深さがあった。

「あらあら、聖女様がいらしているなんて」

いつの間にか隣にいたお母さんが、優しげな目つきで外を眺めている。

「せいじょさま?」

「そう。魔法を使えるすごいお方よ」

「マホウ……」

当時の自分は魔法に関する知識が乏しくて、聖女という存在がどういうものか、どんなにすごいお方なのかあまりピンときていなかった。

村に魔法を使える者は一人もおらず、教会でも魔法に関して教えられることがなかったから。

この世界に存在する魔法は希少なもので、王都をはじめとした都会に住む貴族しか使えないと知ったのは、もっと後のことだった。

ふと、聖女様の元に一人の男がやってくる。

聖女様の周りの一人一人の顔の見分けはつきにくいけど、エドおじさんだとすぐわかった。

なぜなら、エドおじさんは片方の腕が無いからだ。

奥さんと八百屋を営むエドおじさんはその昔、森の中で魔物に襲われ右腕を失ってしまったらしい。

そんなエドおじさんにはユフィも何回か挨拶をされたことがある。

その度にお母さんの後ろに隠れて事なきを得ていたから、言葉を交わしたことはなかったが。

そんなエドおじさんに、聖女様がおもむろに杖を天に掲げて、何かを唱えた。

その瞬間、エドおじさんの右腕のあたりがきらきらと光って──。

「わあ……」

ユフィは、生まれて初めて魔法というものを目にした。

もう二度と触れることも見ることも出来なかったはずの右腕が、何事も無かったかのように現れたのだ。

わっと、人々が湧き上がる。

「奇跡だ!!」

「さすが聖女様……!!」

皆口々に聖女様への賛辞の言葉を叫ぶ中、エドおじさんは何度も何度も自分の手を見つめる。

信じられない、といった表情でもう片方の手で撫で、やがて感極まったように涙を流した。

聖女様の奇跡によって新たに誕生した腕を、エドおじさんはしっかりと奥さんの背中に回す。

奥さんの目元からも涙が溢れ出た。

村の人たちは皆、聖女様に賞賛と敬意の表情を向けている。

自分には枯れた雑草を見るような目を向けてくる同級生の目もきらきらに輝かせていた。

(すご、い……)

ぞくり、と身体が震えた。

エドおじさんが失った腕を一瞬にして修復して見せたその力を、心の奥底から凄いと思った。

同時に(羨ましいな……)とも思った。

その辺の石ころと存在価値の変わらない自分が、たくさんの人に囲まれ、尊敬される聖女様に憧れを抱くのは必然的な流れだった。

(私もマホウを……使いたい!)

気がつくと、ユフィは家を飛び出していた。

「えっ、ちょっと、ユフィ?」

後ろからお母さんの驚いたような声が聞こえたけど、構わず走った。

(早くマホウを……!!)

考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。

──この時、ユフィが少しでも魔法について母親に聞いていたら、世界の運命が一人の少女に左右されることはなかっただろうに。

そうしてユフィは村はずれの森に降り立った。

興奮に身を任せて走ったはいいものの、日頃特に運動をしているわけでもないユフィの疲労は、気を緩めたら吐きそうになるほど。

なんならちょっと吐いた。

でもユフィは、すぐに調子を取り戻す。

今から魔法を使う。

そう思ったら、抑えきれない高揚感が胸を渦巻いていた。

「私も……聖女様みたいなマホウを使えるように……」

ぎゅっと拳を握る。ずっと猫背で地面に向いていた視線が前を向く。

「それから私も、人気者に……」

頭の中でぽわぽわとした世界が思い浮かぶ。

『こんな素敵な魔法を使えるなんて、凄いわユフィ!』

『すごいすごいユフィちゃん! 私にも見せて!』

『きゃー! こっち向いてユフィ様―!』

「うへ……うへへ……」

いけない、涎が出てきてしまった。

べちょべちょになった口元を拭って、『魔法を巧みに使って人気者になった私』を妄想した後。

目を閉じ、両手を前に出して、イメージする。

聖女様が使っていた魔法。

あの、キラキラとしていて綺麗で、奇跡としか思えないことを実現して見せた魔法を。

うんと集中して、イメージした。

すると徐々に両掌がじんわりとした温もりに包まれていって──。

──この日、ミリル村の外れの森で原因不明のクレーターが出現した。