作品タイトル不明
・12
翌日、クロエはいつもの冒険者風の服装をして、エーリヒと一緒にこの町の冒険者ギルドに向かった。
王都のギルドに比べると素朴な建物で、依頼書を見ている冒険者もそう多くはない。
他人に興味のない者が多いようで、移民で女性のクロエがいても、気にする様子も見せなかった。
エーリヒは、地下道の魔物退治を報告し、報酬を貰っている。
そのままクロエに渡されたので、アイテムボックスにしまっておいた。
王都で暮らしていたときから、お金はふたり共有で、すべてクロエのアイテムボックスに入っている。
クロエは魔石作りで、エーリヒも魔物退治などの依頼をたくさん受けていたので、かなり貯まっている。
すべてが解決して落ち着いたら、景色の綺麗な町に一軒家を買うのもいいかもしれない。
「森の魔物退治を引き受けてくれるのか?」
そんなことを考えていると、受付の男性の声が聞こえてきた。
興奮しているのか、かなり大きな声だった。
「ああ。特別依頼なんだろう?」
「それだけ強い魔物だ。ひとりで大丈夫なのか?」
「彼女がいる」
エーリヒはそう言って、少し離れたところで待っていたクロエを見た。
女性で、しかも移民に見えるクロエを見て、受付の男性は首を傾げている。
「……彼女は?」
「魔法が使える」
「そうか、魔術師なのか!」
エーリヒは魔導師だとは言わなかったので、周囲は魔術師だと思ったようだ。
この国で魔法を使う者はほとんど魔術師だから、そう思うのは当然だろう。
魔導師は貴重な存在なので、エーリヒはクロエが目を付けられないように守ってくれたのだろう。
不特定多数の人間がいる場所で、クロエで魔導師であることを口にしたサージェとは大違いだ。
(まあ、比べるのも失礼なくらいよね)
「助かるよ。特別依頼だから、魔物に関する詳細情報を伝えよう」
受付の男性に案内されて、奥の部屋に向かう。
魔物は巨大化した熊のような見た目で、かなり凶暴らしい。
「もう何人もやられている。違約金を惜しんで無茶をして、亡くなった冒険者もいるから、気を付けてくれ」
そう言われて、深く頷く。
エーリヒは大丈夫だと言っていたが、無理だと思ったらすぐに撤退しようと決意する。
違約金よりも、命のほうがずっと大切だ。
ギルド員は心配そうに、気を付けろと何度も言ってくれた。
なかなか良い人のようだ。
それから情報収集を兼ねて、ふたりで町を歩いた。
もう追われているわけではないので、クロエは顔を隠していない。
エーリヒはローブのフードを深く被っているが、それは目立つ容貌を隠すためである。
それでも人目を惹いてしまうようで、すれ違う人たちは、必ず振り返ってエーリヒを見つめていた。
でも彼の視線は、クロエにのみ注がれている。
だからクロエも周囲を気にせずに、買い物を楽しんだ。
基本的な食材と調味料、調理器具はすべてアイテムボックスに入っているので、珍しい地方の食材を選んで購入していく。
それから本屋に行き、魔物図鑑を買った。
エーリヒは行く先々でサージェに関する情報収集をしている様子だったが、あまり成果は得られなかった様子だ。
それでも常にギルドでも行方を追っているようなので、何かわかったらすぐに連絡してくれるようだ。
買い物が終わったあとは、町で食事をすることにした。
店はクロエが選んだ。
おしゃれな店もあったが、ここは地元の人間が通うような、隠れた名店がいい。
そう思って町の人たちに聞き込みをした結果、泊まっている宿の食事よりも美味しい店を見つけることができた。
クロエは大満足だったが、きっとエーリヒはいつも以上に目立っていたことだろう。
宿に戻ったあと、エーリヒは再び出かけて行った。
クロエを連れてはいけない、少し危険な場所に情報収集に行くらしい。
心配だったが、そういった場所にこそ、情報は集まるようだ。
いつも通り、無事に帰ってくるように祈りを込めて送り出し、クロエは明日の弁当を準備する。
部屋に簡単なキッチンは備え付けられていたので、アイテムボックスから調理器具と食材を出して、下ごしらえをする。
出かける寸前に、おにぎりとサンドイッチ、どちらがいいか聞いたところ、エーリヒはおにぎりがいいらしい。
すっかり日本食に馴染んでしまったようだ。
(そういえば以前、梅干しも仕込んでおいたのよね。どうなったかな?)
前世で祖母に聞いた方法を思い出しながら作ってみたが、なかなか上手にできていた。
はちみつを入れているので酸っぱすぎず、しかも甘すぎない絶妙な味加減だ。
(さすが、おばあちゃんのレシピ)
少しだけ、前世の家族が懐かしくなる。
はっきりとした記憶はないし、いずれ忘れてしまうかもしれないが、こうして覚えているレシピを作り続けることはできる。
日本食は苦手な人もいるので、無理をしていないか何度も聞いてみた。でもエーリヒは本当に気に入っているようなので、この梅干しも好きだと思う。
「ご飯は明日の朝炊くことにして、あとは唐揚げと……」
鶏肉を少し小さめに切り、下味をつけておく。
下準備が終わったところで、エーリヒが戻ってきた。
「おかえりなさい。どうだった?」
「うん。少し話を聞くことができたよ」
数日前、移民が何人か集まって、集団で北のほうに旅立ったらしい。
サージェはその中に紛れ込んでいた可能性があるようだ。
「北の地方にあるギルドで、詳しい調査をしてくれる。その答えを待たなくてはならないな」
彼らが北にあるどの町に向かったのか、ギルド員が詳しい調査をしてくれているそうだ。
まだ数日は、この町に滞在する必要があるようだ。
仕込みをしている様子を見たエーリヒが食べたがったので、ひとり分だけ食事を用意する。
クロエはエーリヒの分まで、宿の美味しい食事を堪能した。