軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

・39

クロエが黙っているのをいいことに、サージェはさらに言葉を続ける。

「大丈夫だ。私なら、君を守れるよ。それに、効率的な魔石の作り方を教えてあげるから、これからはもっと魔石が作れるようになる。ギルド員になれるように、推薦しても構わない」

「……」

それはクロエの心配というよりも、クロエの作り出す魔石が目当てのような気がする。

(魔石目当てなのは、むしろあなたでしょう……)

よくエーリヒのことを言えるものだ。

あまりにもクロエに執着している様子に、成り行きを見守っていた周囲の視線も冷めていく。

サージェもそれに気が付いたのだろう。

「これが君を助けられる、最後のチャンスかもしれない」

焦ったように、まだそんなことを言う。

「もう何度も言っていますが、私は彼と一緒に生きていくために、今まで頑張ってきたのです。助けなど必要ありません。もう私に関わらないで。……迷惑です」

ギルドには、たくさんの冒険者やギルド員がいて、こちらの様子を伺っている。

だから、ここできっぱりと言わなくてはならない。

クロエはこれが自分の意志だと示すために、エーリヒから離れ、サージェの顔を見てそう言った。

「……なっ」

きっぱりと拒絶され、激高したのか、サージェはクロエに手を伸ばした。

けれどエーリヒがその前に立ち、クロエを庇う。

「魔力の高さに目を付けて、クロエこそ自分にふさわしい相手だと吹聴していたようだが、クロエが選んだのは俺だ」

背後からクロエを抱きしめ、選ばれたのは自分だと、誇らしげに言うエーリヒに、クロエもそっと身を預ける。

「私こそ、あなたが選んでくれたから、こうして生きていけるのに」

あのときエーリヒが追ってきてくれなかったら、父によって簡単に連れ戻され、魔法が使えることも知られて、利用されるだけの人生になっていたかもしれない。

互いに支え合い、寄り添うことができる。

そんな理想の関係を築くことができるのは、きっと彼だけだ。

クロエに拒絶され、エーリヒに牽制されたサージェは、まだクロエが騙されているとか、利用されているだけだと言い続けていたが、もう相手にする必要もない。

エーリヒと一緒に、さっさとギルドを離れることにした。

「これで、もう私に関わらないでくれたらいいんだけど」

ギルドからだいぶ離れたところまで来て、クロエは溜息をつく。

「しかも、勝手に自分にふさわしいとか、自惚れが過ぎるわ」

「クロエの魔力と、クロエ自身に惹かれていたのだろう」

エーリヒはそう言ったが、クロエには魔石目当てだとしか思えなかった。

「きっとあの人だって、欲しいのは魔石だけよ。私の話なんて、最初からまったく聞いていなかったもの。魔石や魔力目当てでなければ、私のことなんて、誰も……」

「クロエ」

自嘲するようにそう言ったクロエの手を、エーリヒがそっと握った。

「クロエは綺麗だし、魔力なんかなくても魅力的だ」

「エーリヒ……」

見惚れるほど綺麗な顔で、優しく囁くようにそう言われて、クロエは恥ずかしくなって俯いた。

元婚約者や父に虐げられた過去は、前世の記憶が蘇った今となっては、思い出してもそれほど心は痛まない。

けれど自分の価値を信じられない気持ちは、なかなか改善できないようだ。

でもエーリヒは、クロエがまだ魔法の力に目覚めず、父と元婚約者に怯えて暮らしていた頃のクロエを、好きだったと言ってくれた。あの頃から、クロエを救い出したいと思ってくれていたのだ。

「ありがとう。エーリヒがそう言ってくれるから、私は自分の価値を信じることができる」

「俺も同じだ」

エーリヒはそう言って、穏やかな笑みを浮かべる。

「最初はクロエを助けることができたら、死んでもいいと思っていた。でもクロエが俺のことを大切にしてくれたから、ひとりの人間として、一緒にしあわせになりたいと思うようになった」

「うん。絶対にしあわせになろうね」

手を繋いで、ふたりの家に戻る。

順調とは言い難い状況だった。

冒険者になりたいとか、魔法を学びたいとか、逃亡を決意したときに願った夢は、なかなか思い通りにいかない。しかも魔石のせいで貴族にも目を付けられて、これからどうなるか、少し不安もある。

(でも……)

クロエは、繋いだ手から伝わってくる温もりに、心が安らぐのを感じて微笑んだ。

すべてが上手くいかなくとも、エーリヒはふたりで、慎ましやかな生活ができると思っていた。

貴族からの申し出も、体調不良で断り、何かとクロエに絡んできたギルド員にも、きっぱりと迷惑だと告げた。

しばらくギルドに行く必要もないし、ふたりの家で魔法の本を読んだり家事をしたりしながら、エーリヒの帰りを待つ。

国籍が取得できなかったので正式に結婚はしていないけれど、もう夫婦のような生活をしている。

実際、移民同士は事実婚が多い。

夕飯の支度をしながら、クロエは思う。

愛する人と一緒に生きていけるのならば、それで充分ではないか。

むしろ今の状況は、前世の自分が何となく憧れていた、結婚生活そのものだ。

(私は今、幸せだし、近所の人たちだって、私たちのことを夫婦だと思っている。形に拘らなくてもいいのかもしれない……)

たしかにクロエには、望みをすべて叶えることができるほどの力がある。父や元婚約者も、サージェさえも簡単に排除できるだろう。

けれど力で強引に築き上げた世界では、きっとクロエはしあわせになれない。もともとの気弱なクロエはもちろん、今のクロエだって、人を傷つけるのは怖い。

それに、いくらクロエの力が強いとはいえ、もっと強い者はいるだろう。

王女の力だって未知数だ。

クロエよりもずっと、力の使い方は熟知しているに違いない。

敵の排除や復讐に拘るよりも、エーリヒと一緒に暮らせる穏やかな日常を大切にしたい。

(魔石が良い値段で売れたから、お金はだいぶ溜まったわ。でも、もう魔石を作ることはできないから、何か別の仕事を探さないと)

今は体調不良で休んでいることになっているから、すぐには無理だけれど、働いてみるのもいいかもしれない。

魔女の力は、アイテムボックスやお風呂場など、生活を便利にするために使おう。

もし戦うことがあるとすれば、それはエーリヒを傷つけられたり、奪われたときだけ。

何もなければ、移民のクロエとして生きていく。

そう決めていた。

けれどサージェも、養子縁組を申し出てきた貴族も、クロエのことを諦めていなかった。

それを思い知ったのは、それからひと月ほど経過した後のことだった。

あのあとも、エーリヒは冒険者として依頼を受け、ギルドにも通っていた。

サージェと遭遇するのが心配だったが、彼は基本的に魔法ギルドにいる。クロエがいなければ、冒険者ギルドに来ることはないらしい。

それを聞いて、ますます嫌な気持ちになるが、あれほどきっぱりと、迷惑だと言ったのだ。もうクロエが行っても、絡んでくることはないだろう。

(もう私は、ギルドには行かないけど……)

未だにクロエの魔石を求める依頼が殺到しているようで、エーリヒがギルドに行くと、クロエの体調はどうなのか聞かれるらしい。

それに対してエーリヒは、もう無理はさせない、魔石を作らせるつもりはないと言ってくれているようだ。

クロエはもう冒険者としては引退状態で、今はエーリヒの妻として、静かに暮らしている。

この日も、エーリヒが指名依頼を受けて出かけたあと、家事をしたり、近所の主婦たちとおしゃべりをしたりして、楽しく過ごしていた。

そろそろ夕飯の支度をしなければならないという主婦たちを見送り、自分もそろそろ夕飯の支度をしようと、キッチンに立つ。

「今日は何にしようかな?」

アイテムボックスから適当な食材を取り出して、考え込んでいたとき。

「クロエさん、大変だよ」

そんなことを言いながら家に駆け込んできたのは、先ほど別れたばかりの近所の主婦のネリーだった。

「ネリーさん、どうしたの?」

「大変なのよ。帰ってきた旦那に聞いたんだけど、冒険者ギルドでちょっと揉め事があって、数人の冒険者が騎士団に連れて行かれたらしい。その中に、クロエさんの旦那さんがいたって」

「!」

クロエは思わず鍋を取り落とし、呆けたようにネリーを見つめた。

「エーリヒが、騎士団に?」

騎士団の団長はクロエの父で、エーリヒも数年前まで所属していた。エーリヒが王女のお気に入りであることも、そんな王女から逃げたことも、知っているに違いない。

(どうしよう……。どうしたらいいの?)

パニックになりそうな心を必死に落ち着かせて、知らせに来てくれたネリーに礼を言う。

「教えてくれてありがとう。ギルドに行って、状況を聞いてみるわ」

「そうだね。それがいいよ。ひとりで大丈夫?」

年上で、面倒見の良いネリーに大丈夫だと微笑み、クロエは震える足でギルドに向かった。