軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【番外編】ローゼマリーの恋9ーあがく

クリストフにとってのローゼマリーは、気持ちを華やがせてくれる蝶のような存在だった。

ただ目の端にいてくれるだけで、安らいだ。捕まえようなんて思ってなかった。

いや、違う。

正確には、自分のような面白味のない男には捕まえられないと思っていたのだ。

だから、望まなかった。鮮やかな残像だけで充分だと思おうとしていた。それ以上求めるつもりはなかった。

本当に。

それなのに。

——あなた方がついていながら、どうしてそんなことになったのです!

あんなことを言わせてしまった。辛い気持ちにさせてしまった。クリストフは、何も言い返せなかった。

ローゼマリーの言っていることに間違いはなかったからだ。

奪還できたからよかったようなものの、クリストフは守るべき人を守れなかった。ローゼマリーの大事な人を。

皮肉なことにそうやって、叱責されて呆れられてようやく、クリストフは自分の気持ちを確信した。

この無骨な胸が、内側からどうして痛むのか、やっとわかった。

任務を失敗した自責の念に加え、ローゼマリーの期待に応えられなかったことが、苦しくて、情けなくて、つらかった。

だから、避けた。

いい年をして取り繕うこともできないなんて、馬鹿みたいだと思ったが、クリストフはローゼマリーと顔を合わすことが出来なくなった。

遠くからローゼマリーが来るのを見て、慌てて道を変えた。

ローゼマリーが申し訳なさそうにこちらを見てくれていることは、気がついていた。言いすぎたと思ってくれているのかもしれない。

そういう娘だ。非はこちらにあるのに。

だから余計に、もっともっと避けた。

ローゼマリーは悪くないのに、謝らせるわけにはいかない。

かといって、向き合うことも出来ない。

クリストフはそんな自分が嫌になった。

そんなある日。

エルヴィラが珍しく、執務室にクリストフを呼び出した。そして、

「ローゼマリーのことを、どう思ってますか」

いきなり、そんなことを聞くので戸惑った。

もちろん、ローゼマリーはその場にはいない。それ以外の者も下がらせている。とはいえ、答える声は小さくなった。

「どう思うとは、どういうことでしょうか」

執務机の向こう側で、エルヴィラはもどかしそうに繰り返した。

「文字通りの意味です。ローゼマリーのことを、どう思ってますか?」

「真面目で仕事熱心な侍女だと思っております」

「それだけですか?」

「はい」

エルヴィラは、ためらいがちに問いかけた。

「例えば……特別な気持ちなどはないのでしょうか」

なぜそんなことを、と思うのと同時に、クリストフの中に羞恥の感情がどっと湧いた。

露呈してる?

自分の思いが。

そんなもの、ローゼマリーにとって迷惑でしかないのに。

自分のようなものに思われてるなんて。

隠さなくては。

「ありません」

クリストフは素っ気なく答えた。感情を顔には出さないことは慣れている。エルヴィラが、悲しそうに目を細めたように見えたが、気のせいだろう。そう思いたいから、そう見えるのだ。

「……勝ち抜き大会には出てくれますか?」

クリストフは首を振った。

「いえ、今回は見送らせてください」

「なぜ?」

「謹慎が解けたばかりですし、目立つことは避けた方がいいかと思いますので」

エルヴィラはほかにもなにか言いたげだったが、結局はなにも言わなかった。クリストフは一礼して、執務室を立ち去った。

それで終わったと思ったら、次の日、今度はルードルフに呼び出された。

ルードルフの執務室には、ルードルフしかいなかった。

同じように執務机を挟んで会話したが、エルヴィラと違って、ルードルフはどこか楽しそうな表情で言った。

「クリストフ」

「はい」

「諦めろ」

「何をでしょうか?」

「とぼけるな」

ルードルフは笑った。そして、もう一度言った。

「諦めろ」

「ですからなにを——」

「諦めて、かっこ悪い自分を認めろ」

クリストフは黙った。

「お前の気持ちはわかる。長い付き合いだ」

どの気持ちが、と言う前にルードルフは続けた。

「いいか? かっこ悪くて、みっともなくて、いいところなんかひとつもない自分なのに、守るために全力で動かなきゃいけないのが」

ルードルフは、親指で自分の胸をとん、と突いた。

「恋だ」

「……」

「それが恋だ、クリストフ。諦めて、かっこ悪い自分を認めろ」

言ってからルードルフがまた笑ったので、クリストフは思わず聞いた。

「なぜそんなに楽しそうなんですか」

「決まってるだろ?」

ルードルフは、背もたれに体重をかけて言った。

「先輩面できるからだよ」

「は?」

そして、腕を組んで頷いた。

「いつもフリッツにされて悔しかったんだが、なるほど、これは気分がいいものだな」

なんなんだそれ、とクリストフが内心で呟いていると、ルードルフが真面目な顔で付け加えた。

「エリックとローゼマリーが恋仲であると噂が立っている」

「え」

「安心しろ、捏造だ」

捏造?

「それはそれで問題じゃないですか」

ルードルフは目だけで頷いた。

「エルヴィラが動いているが、許す、お前も動け。ハンスとアヒムを特に調べろ」

「はっ」

馬丁のハンスと騎士のアヒムがどう関係しているかわからないが、まず頷いた。

「それから」

「はい」

「勝ち抜き大会に出て優勝しろ」

「は?」

しかし、今度は頷けなかった。昨日、エルヴィラに同じことを言われて断ったばかりだ。考え込んでいると、ルードルフはさらにとんでもないことを言った。

「優勝してローゼマリーに求婚してフラレろ」

「なにを」

クリストフは思わず言った。

「なにをおっしゃってるのですか?」

「かっこ悪さもそこまで貫いたら、逆にかっこよくなるんだ」

「いや、優勝はともかく、なぜいきなり求婚しなくてはならないのですか」

「今のお前は中途半端だからだよ」

ルードルフは親指で、今度はクリストフの胸を指した。

「中途半端にかっこつけようとするから悪いんだ。とことんかっこ悪く、あがけ」

他人事だと思って、とクリストフは思ったが、その通りなのでなにも言えなかった。

確かに。

自分は中途半端にかっこつけようとしていた。

かっこ悪く、あがこうとせず。