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作品タイトル不明

【番外編】ローゼマリーの恋2ー噂話

そうでしたか、とわたくしは細く息を吐きました。

「ローゼマリーと神官のエリック様が恋仲である、そんな噂が立っているのですね」

「はい」

クラッセン伯爵夫人は重々しく頷きます。

わたくしは、いつも笑顔でてきぱきと働くローゼマリーを思い浮かべました。

「ローゼマリーは、トゥルク王国でわたくしが危機に陥っていたとき、神殿で一心に無事を祈ってくれたと聞いております」

「はい」

「聖女信仰の敬虔な信者であるローゼマリーが、神殿に足を運ぶことが多いのはわかるのですが……」

そこから、エリック様と恋仲に?

わたくしがこの国の神殿で聖女認定を受けたとき、トゥルク王国に帰らないでください、と震えながら申し立てたのがローゼマリーでした。あのとき、神官として祭祀を行ったエリック様は、それを止めませんでした。

わたくしはそれを、エリック様のローゼマリーに対する信頼の証しだと受け取りました。

エリック様がローゼマリーを信頼しているように、ローゼマリーのエリック様に向けるそれも、信頼と尊敬だとわたくしは思っていました。

「腑に落ちませんね」

「まだ、噂の段階ですし……」

「けれど、もしそれが本当なら」

わたくしはクラッセン伯爵夫人と、目を合わせて呟きました。

「困りましたね」

もちろん、わたくしもクラッセン伯爵夫人も、ローゼマリーを心から祝福したい気持ちはあります。

ですが。

「エリック様が神官でさえなければよかったのですが」

「本当に……」

神殿に籍を置くものは、結婚出来ない決まりです。恋人も持つことができません。

噂が本当なら、わたくしはローゼマリーとエリック様に罰を下さなければいけない立場なのです。それがわかっているからこそ、クラッセン伯爵夫人は内密にこの話を持ち出したのでしょう。

「早急に事実を確認しなくては」

クラッセン伯爵夫人の緊張した気配が伝わりましたが、わたくしは安心させるように微笑みました。

「もちろん、一方的に問い詰めるようなことはしません。先にエルマに話を聞きましょう。どんな人がどんなふうに噂を流していたのか気になります」

「承知しました」

クラッセン伯爵夫人がほっとしたようにお辞儀をしました。

ほどなくして、エルマが執務室に入ってきました。

「お呼びでしょうか」

「ええ、そこに掛けてくれますか?」

背もたれ付きの椅子に、エルマは遠慮がちに座ります。向かい側の椅子に、わたしも腰掛けました。

「ローゼマリーの噂のことなのですが、誰から、どんなふうに聞いたか教えてくれますか?」

あらかじめ予想していたのでしょう。エルマは小さく頷いてから、ゆっくりと喋りだしました。

「最初はキッチンメイドのマリーが言ってたのを聞きました」

「どのように?」

「ローゼマリー様とエリック様が、その、逢い引きを重ねていると」

「マリーはその現場を見たのですか?」

「いえ、そういうわけではなく、マリーもハンスから聞いただけだそうです」

ハンスは馬丁です。確か、声も体も大きい壮年の男性でした。なるほど、馬丁なら、ローゼマリーの外出の頻度をある程度把握していても不思議ではありません。

「じゃあハンスが見たのかしら」

すると、エルマは強い口調で言いました。

「エルマもそう思ってハンスのところに行ったんです! そんなことをベラベラ言いふらさないようにって、頼みに」

そのときのことを思い出したのでしょう。膝の上に置かれたエルマの手が、ぎゅっと握りしめられました。

「ハンスはなんと?」

「それが……ハンスはなんだか、曖昧に笑うばかりで詳しくは教えてくれなかったんです。お前にはわからないさって、エルマのことを馬鹿にするみたいに誤魔化して」

目を潤ませたエルマは、わたくしをじっと見つめました。

「エルマ……どうしたらいいかわからなくなって、そしたら、クラッセン伯爵夫人が、何か悩んでるのって聞いてくれたんです。これ以上変な噂が広まると、ローゼマリー様によくないように思えて、それでエルマ、クラッセン伯爵夫人に相談したんです」

エルマはためらうような素振りで、何回か息を吐いてから続けました。

「あの、ローゼマリー様は罰せられるのでしょうか……エルマ、やっぱり直接、ローゼマリー様にお話すればよかったでしょうか」

わたくしはエルマの前に移動して、目の高さを合わせてしゃがみこみました。

「大丈夫ですよ」

「エルヴィラ様……」

エルマの頬に流れた涙を、指で拭いました。

「むしろ、よく言ってくれました。ローゼマリーに直接進言しても、ローゼマリーだとハンスたちを黙らせることはできませんもの。わたくしの耳に入ったからこそ、その者たちにひとまず確信のないことを言いふらさないように注意することができます」

キッチンメイドのマリーや馬丁のハンスが普段話していることを、わたくしが知ることはなかなか難しいものがあります。エルマが教えてくれたからこそ、いち早く手を打てます。

「本当ですか……よかった……」

泣きやまないエルマにハンカチを貸しながら、わたくしは思わず呟きました。

「そう、これが貴族の間の噂話でしたら、わたくしの耳にも、遅かれ早かれ入ったことでしょう……」

でもそうではないところが、少し引っかかります。

わたくしはエルマに貸したハンカチをじっと見つめて、考えました。

「刺繍でも、しましょうか」

エルマが鼻声で問い返します。

「刺繍ですか?」

「ええ、準備をお願いできますか?」

エルマは、キョトンとしながらも力強く答えました。

「はい!」