軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35、婚約破棄してくださって本当によかったですわ

結婚の儀の後、アレキサンデル様とナタリア様は、市内を馬車で一周するために、宮殿を後にしました。街道には、さぞかし多くの国民が、国王夫妻を見ようと集まっていることでしょう。

残された貴族のためにガーデンパーティーも用意されていたのですが、前日に到着したばかりのわたくしたちは、離宮で少し休むことにしました。

夜の祝賀晩餐会には、出席いたしますので、その支度を早めに済ましておくことにしました。

「エルヴィラ様、素敵です!」

晩餐会は、濃い紫のドレスにしました。

「夜空を纏ったかのように、お似合いです」

「褒めすぎですよ」

「全然、足りません!」

エルマとそんな会話をしておりますと。

「エルヴィラ、いいかな」

ルードルフ様がいらっしゃいました。ルードルフ様も着替えを終えていらっしゃいます。

「どうされました?」

ルードルフ様は、立ったままお話になられます。

「急だけど、今夜からシルヴェン伯爵の別邸に世話になることになった」

本当に急な話で驚きました。

「アンナ様のところですか?」

ルードルフ様は頷きます。

「大事なエルヴィラをこんなところに置いておけないからね。昨日の件も、正式に抗議することになった」

ルードルフ様がわたくしの身を思ってくださるのはわかりますが、あちらの準備は大丈夫なのでしょうか。

「いつそんなお話を?」

ルードルフ様は小さく笑います。

「リシャルドを通じて、もしよかったらいつでも滞在してほしい、とかねてから申し出があったんだ。エサイアス殿に確かめたら、ぜひにとのことなので今夜から滞在することにした。『聖なる頂き』に向かう馬車も用意してくれるそうだ」

「わかりました」

先方とルードルフ様が納得しているなら、わたくしも反対する理由はありません。正直に申し上げますと、少しほっとしている部分もありました。

「あの、あの」

話が済むのを見計らっていたのでしょう。エルマが、我慢できないというように言いました。

「少しだけよろしいですか」

話は終わったので、わたくしは頷きます。

「エルヴィラ様とルードルフ様、そうやって並ぶと、一層お似合いです! 素晴らしいです!」

ルードルフ様はわたくしと同じ色の上着を着ていらっしゃいました。

「それだけなんですけど……帝国のみんなにも見せてあげたいくらいです」

お互いの姿を見たわたくしたちは、少し照れました。

パレードから国王夫妻が戻ってきてしばらくすると宮廷で、結婚を祝う豪華な晩餐会が開催されました。

わたくしとルードルフ様は、アレキサンデル様とナタリア様に近いお席でした。前王妃ソフィア様もいらっしゃいます。

「素晴らしい結婚の儀でしたね。トゥルク王国にさらなる繁栄があらんことを」

ルードルフ様はアレキサンデル様にそう声をかけます。

「帝国の太陽と誉れ高い皇太子様にそう仰っていただけるとは。光栄至極にございます」

アレキサンデル様の前夜のことなどなかったかのような振る舞いに、表情にこそ出さなかったものの、わたくしは苛立ちを感じてしまいました。

ルードルフ様もにこやかに応じていらっしゃるものの、目は笑っておりません。

わたくしは、なるべくアレキサンデル様の視界に入らないようにいたしました。出来るなら話しかけないでいただけるよう、願いました。

主役のナタリア様は、ずいぶんおとなしく、口数少なく座っていらっしゃいます。さすがに疲れたのでしょうか。

それでも、このために真っ赤なドレスに着替えていらっしゃるのはさすがです。

さすがにこの場では、ナタリア様もアレキサンデル様も笑顔でした。結婚の儀では、表情を緩めなかっただけなのかもしれませんね。

パトリック様とアンナ様はこの場には出席されておりませんでした。エサイアス様が、にっこりと微笑みかけてくださいましたので、わたくしも距離がありながらも目でご挨拶いたします。後できちんとお礼を申し上げなくてはいけませんね。

豪華なお料理が次から次へと運ばれてきました。

季節のいろんな食材が手に入りやすい帝国のお料理に比べますと、トゥルク王国のお料理は、味付けを濃くして変化をつけてあります。さらに、脂を多く使うことで、豪華さも演出していることがわかりました。そんなことも、離れて初めて気がつきました。

「ワインのおかわりを」

ソフィア様がそう言いつける声が耳に入りました。

もともとふくよかだったソフィア様ですが、療養の甲斐がないのか、さらに浮腫がひどくなっている気がいたしました。それなのに、ワインをかなり召し上がっております。以前のわたくしでしたら、そっとソフィア様のお料理とお酒のペースを抑えるように指示したでしょうが、今はできません。

後でそれとなく体調を伺ってみましょう、と胸の内で考えるに止まります。

もともと国政に興味のなかったソフィア様ですが、前王様が崩御してから一層、何もかもに興味を失ったようでした。

会話は弾むようで、弾みません。

「皇太子ご夫妻は、この後、『聖なる頂き』に行くと聞きましたが」

アレキサンデル様が、わたくしとルードルフ様に向かってそう仰いました。ルードルフ様が眉をピクリと上げました。が、すぐに穏やかに返します。

「この時期でも冠雪が見られると聞いてね」

「あれほどの標高の山は帝国にもないでしょう」

「そうですね」

昨日の夜、わたくしのところに無理やり訪問しようとしたことなどなかったかのような、アレキサンデル様の態度に、わたくしは内心呆れておりました。

ですが、驚きはありません。

わたくしは知っているからです。

アレキサンデル様の中で、それとこれは別だということを。

今までにも似たようなことが、何度もありましたから。

わたくしは目の前のグラスにそっと手を伸ばします。

婚約破棄してくださって、本当によかったですわ。

思いが口から出ないように、ワインと一緒に飲み込みました。