軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19、わたくしはいつも一人で考え、一人で解決してきたのです

離宮まで送ってくださったルードルフ様を、わたくしはお茶にお誘いしました。

「疲れてるのではないのですか?」

「心地いい疲れです。クラウディア様にいただいた茶葉がありますし、ぜひ」

「それではお言葉に甘えて」

支度が整うと、エルマもクラッセン伯爵夫人も席を外しました。

「いよいよ、祭りに結婚式です。出来る限り無理をせず、体を休めてください」

ルードルフ様の気遣いに、わたくしは微笑みを浮かべます。

「やっと花が咲いたのです。張り切りますわ」

皇太子妃として、これからが忙しくなるはずです。わたくしは正直な気持ちのつもりで、そう申し上げましたが、ルードルフ様は、困ったような顔をされました。

「やはり無理をされてますね?」

「いいえ?」

「エルヴィラ」

茶器を置いて、まっすぐにわたくしを見つめます。

「あのバ……いえ、アレキサンデル王が気がつかないからと言って、私も同じだと思わないでください」

「どういうことですか?」

「私はあなたの些細な表情の変化も、見逃さないでいたいと思っています。そこにあなたの本心があるなら」

なんと答えていいかわからず、わたくしは黙ってしまいました。すると、驚いたことにルードルフ様は、わたくしに謝罪したのです。

「申し訳ありません。私のせいです」

わたくしは慌てて否定しました。

「なにひとつルードルフ様のせいではありませんわ!」

ルードルフ様は、細く息を吐いて仰いました。

「私がトゥルク王国に自然災害が多いと言ってしまったことが、あなたの表情に影を落としている。百合が咲いても、心のどこかで気にしている。そうでしょう」

わたくしは、ただルードルフ様を見つめていました。

「エルヴィラ、皇太子と皇太子妃である前に、私はあなたとなんでも話せる仲になりたい。皇太子妃の仮面は、私の前では外して欲しいのです」

皇太子妃の仮面。

わたくしがそれを被っていることを、ルードルフ様には見破られていました。

ですが。

「ルードルフ様のお気持ちは、とてもありがたく存じます……」

わたくしはそう申し上げるのが精一杯でした。

なぜなら、どこまでがわたくしで、どこまでが求められた役割か、わたくしには区別がつかないからです。

求められた役割に応えることこそが、わたくしの使命だと、そんなふうに思っていました。

ルードルフ様だって、わかっておられるはずです。

ルードルフ様は、小さく頷きました。

「すまない。また、困らせてしまった……もちろん私とて、皇太子の仮面をかぶることはあります。ですがあなたは必要以上に、自分の気持ちを押し殺してきたのではないかと思うのです。あの馬鹿王のせいで」

「ルードルフ様」

「失礼。でもこれが私の正直な気持ちです。ルストロ公爵家に招待されて、何度かあなたとお会いする機会がありましたよね? あなたは今と変わらず理知的でしたが、そんなふうに、悲しみをたたえた瞳はしていなかった。エルヴィラ、悲しみがあるなら胸のうちを打ち明けてください。二人で考えましょう」

「二人で……」

そんなふうに言われたことはありませんでした。

わたくしはいつも、一人で考え、一人で解決してきたのです。

王妃候補として、皇太子妃候補としては、それが当然だと思います。

でも、目の前のルードルフ様が、信念を持ってそう仰ってくださったことは痛いほど感じます。

わたくしは思いきって、口を開きました。

「言っても仕方のないことを、言ってしまいますが、よろしいですか?」

声が、かすれました。ルードルフ様は、黙って頷いてくださります。

「……トゥルク王国が、気になるのです」

ルードルフ様のお顔を見ることができず、窓の外に目を向けました。

「こんなふうに思うのは、思い上がりだと、何回も自分で打ち消しました」

中庭の緑と、青い空が広がっています。

わたくしはそこに、トゥルク王国の景色を重ねます。

「ですが、ルードルフ様が教えてくださった、北の山の頂きが崩れたこと、それは人々の、聖女の祈りが届かなかったときに、真っ先に崩れると言われていたところです。そう考えると、港の船も、湖が干上がるのも、祈りが届かなかったからかもしれません」

わたくしの声は、小さくなりました。

「……わたくしは、それがわたくしのせいだと、思っているのです。そんなわけはない、ただの偶然だ。わたくしがあの国を離れたせいだなんて、思い上がりも甚だしいと何度も自分に言い聞かせました」

だってわたくしはあの国で聖女だと認められなかったのですから。

あの国で咲かせた百合も、手放してしまいました。

ナタリアさんはきちんと手入れをしてくださっているでしょうか。

ルードルフ様は、落ち着いた声で仰いました。

「ああ、エルヴィラ、そうだね、君ならそう思うかもしれない。責任を感じているんだ」

「はい……確かめようのないことですし、関係ないかもしれません。それに、何より、追い出された国のことを心配するなんて、わたくしを受け入れてくださった帝国の方々に失礼です。それは、十分承知しております」

ルードルフ様だけではありません。クラウディア様、皇帝陛下、クラッセン伯爵夫人、エルマ、ベンヤミン、エリック様……いろんな人たちがわたくしを受け入れ、親切にしてくださっております。

それなのに、こんなことを考えるなんて、恩知らずだと思われても仕方ないと、わたくしは覚悟して、ルードルフ様の顔を見ました。

ですが。

「エルヴィラ、ありがとう」

ルードルフ様は、そう仰って、わたくしの手を取りました。

「あの……!?」

思わず、驚いた声を出してしまいましたが、ルードルフ様は手を離しません。

「気持ちを聞けてほっとした……いいえ、なんでもございません、とか言われたらどうしようかと」

「そうなの、ですか?」

「ああ」

わたくしとしては、なんでもない、と答えるのが正解だと思っていましたので、意外に思いました。

ルードルフ様は、少し考える様子でした。

「あなたは間違いなく聖女です。エリックを初め、我が国の神殿もそう言うでしょう」

だからこそ、とルードルフ様は難しい顔をなさいます。

「あなたを、トゥルク王国に返すわけにはいかないのです」

「わかっております」

「でも」

ルードルフ様は毅然と仰いました。

「客人として向かうのはどうでしょうか」

「客人?」

「ゾマー帝国の皇太子妃として、正式に訪れるのです。もちろん、私も一緒に」