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シャーロット・エボンは企む女を許さない。副題:本の虫令嬢が当て馬令息な幼馴染をざまぁから救う話

作者: 砂礫レキ@悪役令嬢覇王伝コミカライズ原作

本文

シャーロット・エボンは本の虫だ。

なのでこの王立学園で三年間ずっと図書委員を務めている。

今日も今日とて図書室で貸出業務の合間の読書を楽しんでいた。

しかしここ二か月ほど気になっていることがある。

(……又来てるのね)

それは放課後になると図書室を訪れるようになった幼馴染の存在だ。

彼はライネル・バリエ。

それぞれの伯爵家の領地が近く、父親同士が友人だった為幼い頃は良く遊んでいた。

しかしライネルがユメルという令嬢と婚約した為距離を置いたのだ。

幼馴染の男女程婚約者の神経を逆立たせる存在は無い。

そうシャーロットは数々の恋愛小説から学んでいた。

結果友人間でもシャーロットとライネルが幼馴染だと知る者はいない。

なのに何故かライネルはシャーロットが司書係をしている時に図書室に入り浸るようになった。

書棚から取った本を適当に一冊開いて何時間もぼんやりして無言で帰る。

借りることも無ければろくに読んでもいないだろう。

(一体何がしたいのかしら……)

ライネルは子供時代は活発で明るい少年だった。

この学校に入ってからもそれは変わらなかった筈だ。

これは何かある。

読書で培った勘でシャーロットは判断した。

◆◆◆

「婚約者が冷たいのですって」

今に始まった話では無いのにね。

そう、ライネルの妹のサラサはこともなげに言った。

彼女はシャーロットたちの三歳下だ。

中等部に通う彼女をお茶に誘うと呆気なく真相は判明した。

しかしシャーロットは首を捻る。

それは果たして図書室に入り浸る理由になるだろうかと。

「政略結婚なのだからとずっと素っ気なくされて、とうとうシャーロット姉様に泣きつきたくなったのではないかしら」

伯爵家に呼び出したサラサは紅茶をゆっくり飲む合間にそう言う。

「政略結婚だからって素っ気なくする理由は無いわ」

「そうよね、単にライネル兄様が好みでは無いのよ」

だったら婚約解消でも向こうの御両親に彼女がおねだりすればいいのにね。

そうサラサは言う。

婚約解消はそう簡単な物ではないとシャーロットは窘めた。

「でも気に入らないわね、何故自分だけが不満を抱いていると思うのかしら」

シャーロットはライネルの婚約者を思い浮かべる。

ユメル・セラス。

セラス伯爵家の長女で学年首席の才色兼備な生徒だ。完璧令嬢と呼ばれることもある。

銀の髪に青い瞳の高貴で神秘的な外見には信奉者も多い。

しかしシャーロットは彼女にあまり肯定的では無かった。

(確かに優れているけれど、周囲を見下し過ぎているわ)

そして彼女は自分より確実に上の存在でないと尊重し認めない人種に思える。

だからライネルとの相性は大分悪いだろうとシャーロットは婚約が決まった当初から判断していた。

でも口にすれば嫉妬と言われかねない為誰にも評価を告げた事は無かった。

それこそ小説の中に出て来る悪役令嬢と同じ扱いをされかねない。

「でもライネル兄様、最近求婚されているみたい」

「えっ」

とんでもないことを何でもない様にサラサは言う。

「ロヴィーナという私の同級生が人目はばからずアタックしているって噂よ」

「中等部の女生徒が婚約者の居る高等部の男子生徒に?」

「そうよ、アルスター男爵家の自慢の末娘。そして兄様も満更でないとか噂されているわ」

彼女はライネル兄様の好みじゃないと思うけれど。

そうサラサは意味深にシャーロットに告げてクッキーを口に運んだのだった。

◆◆◆

「なあ、ユメル」

「何かしらバリエ令息」

シャーロットはある日、廊下で話す幼馴染とその婚約者を見た。

「その、今度の休みに俺の屋敷に遊びに来ないか?」

「お断りするわ、私たちまだ婚約関係よ。 誤解されるような真似はしたくないの」

「なら……屋敷じゃなくても、もう少し話がしたいんだ」

「留学生に行事などについて説明する仕事があるから忙しいのよ」

「そうか、ごめんな……」

「ええ、私に擦り寄る必要は無いのよ」

所詮親の決めた婚約ですもの。

女神のような冷たい笑みで言うユメルを暗い顔で見るライネル。

そしてそれを嘲笑うような目で見る通行人の生徒達。

「ユメル嬢がいつも忙しいことぐらい、婚約者ならわからないのかしら」

「所詮、運良く婚約者になっただけの人だもの」

シャーロットの耳にさえ聞こえる悪口にライネルの表情がもっと暗くなる。

「ライネルせーんぱいっ」

しかしそんな彼に背後から小動物のような少女が声をかけて来た。

(彼女が、ロヴィーナかしら。でも何で高等部の棟に?)

ピンクブロンドのふわふわした髪と甘い顔立ちの美少女に対しシャーロットは疑問を浮かべる。

彼女は甲高い声でライネルにねだった。

「今日も勉強教えてくださーいっ」

「えっ」

「はやくはやくぅ~テストで赤点取りたくないんですぅ~!」

彼女は戸惑うライネルの腕を引っ張って騒ぎ立てる。

周囲の冷たい目に耐えられなくなったのか彼はロヴィーナに腕を引かれるまま廊下を歩いて行った。

「あんな浮気男、ユメル様に相応しくないわ」

そう嫌悪に満ちた声が他の女生徒から発せられるのをシャーロットは聞き、踵を返した。

◆◆◆

「貴方、ロヴィーナ嬢と付き合うつもりなの?」

放課後、いつものように図書室に来たライネルにシャーロットは尋ねた。

「……は?」

「中等部一の美少女だそうね、そんな娘に好かれたら婚約者がいても揺らぐものなの?」

シャーロットのストレートな問いかけにライネルは慌てて周囲を見る。

そして誰もいないことを確認すると溜息を吐いた。

「正直、親には悪いけれど婚約解消するか迷ってる」

「そんなにロヴィーナ嬢を愛しているの?」

ライネルは疲れた顔をしてわからないと答えた。

「ただユメルと結婚しても幸せになれない、不幸なままと言われるとそうかもしれないとは思ってしまうんだ」

「だからロヴィーナ嬢に乗り換えるの? 彼女なら貴方を幸せにしてくれるから?」

「迷っている、好きなのかはわからないから。でもユメルに冷たくされた後にロヴィーナに必要とされると心が揺らぐんだ」

苦しそうな顔をしてライネルは言う。

シャーロットは何だか悔しくなった。幼い時から彼に淡い恋心を抱いていた。

でもそれは淡い物だから彼が別の女性と婚約しても耐えられもした。

けれど、ここまでズタボロにするのなら、そんなにライネルが要らないというのなら。

「ねえ、どうしてここに来るようになったの?」

「それは……中等部のロヴィーナはここまでは来られないから?」

「なら、ここじゃなくても良いと思うけれど?」

シャーロットがそう言うとライネルは一瞬泣きそうな顔になった。

「私にどうして欲しいの、ライネル」

「……婚約解消はしたい、でも今のままだとロヴィーナを好きになったからだと思われる」

「それは嫌なのね?」

シャーロットが確認するとライネルは頷く。

「あの娘は辛い時に現れて欲しい言葉をくれる、好きになったら楽になれる気がする」

「そう」

「でも違うんだ、誰かを好きになったという理由で婚約破棄するなら、相手は彼女じゃない……!」

苦しそうに言うライネルは目に見えて精神が不安定だった。

シャーロットはそんな幼馴染に微笑む。

「わかったわライネル、私が貴方を救ってあげる」

「……シャーロット?」

「だから成功した暁には報酬を頂戴」

不思議そうな顔をするライネルを連れてシャーロットは図書室を閉める。

そして彼と共に馬車で実家に帰った。

両親と、そしてライネルの家族に彼の状況を話すためだ。

もう、噂されても構わない。

◆◆◆

それから三か月後。シャーロットたちの通う学園は大騒ぎになった。

完璧令嬢と名高いユメルの妊娠が発覚したからだ。

ユメルは当初ライネルの子だと言い張っていたが、彼女が婚約者に素っ気ないことは多くの生徒が認識していた。

ライネルはユメルに対し分不相応だから冷たくされても仕方ないと黙認されていただけだ。

そんな風に堂々と見下している相手の子を誇り高いユメルが孕む筈も無いと大勢の生徒が思った。

無理やり暴行したと全く思われないのはライネルの人徳だろう。

そんなことをする度胸が無いと判断されていたとしても。

そしてライネルに付き纏い愛を囁いていたロヴィーナが同時期にユメルの命令でそうしたと白状した。

彼女の実家にライネルとシャーロットの実家双方で圧をかけた結果真実を吐露したのだ。

「ライネル先輩と付き合って婚約破棄させろってユメル様から命令されました、じゃないと私が男遊びをしていると悪い噂を流してやるって……」

中等部どころか学園一の美少女が涙で顔を濡らし震えながら言葉を紡ぐ。

それだけで男たちの殆どは信じた。

疑っていた者もシャーロットの語るライネル陥落方法を聞いて納得した。

ユメルがライネルに冷たく接し時に毒を吐いてプライドを傷つける。

その後に突然現れたロヴィーナが彼に一途な愛を告げ誉めそやし必要だと持ち上げる。

タイミングが合い過ぎていたのだ。ユメルとライネルのスケジュールがロヴィーナに横流しされていなければ無理な芸当だった。

「でも、そこまでして添い遂げたかった相手に逃げられてしまうなんて……可哀想な元お義姉様」

「心がこもっていないわよサラサ」

まだ懐かしさが強いバリエ伯爵家の中庭でシャーロットはライネルの妹サラサとお茶会を楽しんでいた。

「でも可哀想としか言葉に出来ないわ、あそこまで惨めなことになったなら怒りさえわかないのだもの」

サラサは溜息を吐きながら言う。

ユメルの腹の子の父親は、留学に来た隣国第二王子のレヴィンらしい。

しかし認知することも無く母国に逃げ帰ってしまったのだ。

ユメルとレヴィンが異常に親密だったという報告は、ユメルへの宗教的な熱が冷めた生徒達から続々寄せられた。

放課後の教室でユメルの髪に接吻けたレヴィンが妻になって欲しいと愛を囁いていた光景の目撃者さえいた。

『その時は、とてもお似合いだと思って……二人とも美男美女だからお芝居みたいに感じました』

目撃した女生徒は申し訳なさそうに言った。

その時の事を思い出しシャーロットも溜息を吐く。

「現実と物語は違うのにね。美男美女だからって何でも許される訳では無いのに」

「そもそもライネル兄様だって美男ではあるわ、あの人は自分が際立った美女だからって理想が高すぎたのよ」

今はそうでもないらしいけれど。そうサラサは中等部とは思えない冷めた目をした。

ユメルのやったことはれっきとした不貞行為だ。

その上で事実を隠すため婚約者を陥れ自分に都合のいい形で婚約破棄をしようとした。

ユメルの実家は娘に激怒し、隣国の第二王子にも激怒した。

いっそ妾でも良いから責任を取れと言ったらしく、ユメルの高すぎるプライドは粉々に砕け散ったそうだ。

「ライネル兄様にやっぱり優しい貴方と結婚したいなんて手紙を何通も寄越していたけれど、母様が全部焼いたわ」

穏やかな伯爵夫人の姿しかシャーロットは知らないが、激怒しても仕方ないかとは思う。

「父様も母様やお爺様たちにかなり叱られたみたい。素直にシャーロット姉様と婚約させておけば良かっただろって」

「彼女は完璧令嬢として当時凄い良評判だったもの。向こうから婚約を申し込まれたら断らないと思うわ」

「そうかもしれないけれど、何でそんな人が兄様を婚約相手に選んだのかしら」

不思議そうにサラサが言う。シャーロットは苦く笑った。

「政略結婚だからって殿方たちに冷たい顔で素っ気ない態度を取っていたからよ、婚約が結ばれるまでに何人にも断られたの」

そして良くも悪くも素直で辛抱強いライネルだけがユメルの無礼な態度を受け入れることが出来たのだ。

「多分ライネルが断ったらもっと下の貴族令息に話を持って行ったのでしょうね」

「だから隣国の王子様に口説かれて即飛びついて体をやすやすと許しちゃったね」

プライドが高過ぎるのも損ね。サラサは言う。

「第二王子も留学先でしでかした悪さの件で母国で強く批判されてるみたいよ」

「それは当たり前じゃない、女の敵よ」

「国同士の文化交流企画を台無しにした訳だし、国際問題に発展しちゃったものね」

百年間続いた各国名門校の留学交換制度が廃止になるかもしれないのだ。

しかも王族のやらかしのせいで。

「そういえば彼、我が家にも謝罪にいらっしゃったわ。丸坊主姿で罰を受けたのか顔も腫れて誰だかわからなかった」

今後は女人禁制の修道院に入れられるそうよ。サラサが言う。

それが重い罰なのか軽い罰なのかシャーロットにはわからない。

けれど二度と似たようなことが繰り返されなければいいと思った。

「……ちゃんと兄様に謝罪して婚約解消してその上で二人で堂々と恋人になればいいだけだったのに」

「サラサ……」

「兄様にシャーロット姉様が居てくれて、本当に良かった」

そう潤んだ目でサラサは言う。

シャーロットは兄思いの義妹を優しくなでた。

そんな令嬢たちに少し離れた場所から声がかけられる。

「シャーロット、待たせてごめん!」

「待ってないわ、二人で楽しくお茶していたもの」

「そうよ、もっと遅れて来て良かったのよ兄様」

妹の可愛らしい棘のある言葉にライネルは嬉しそうに笑った。

こういう交流さえユメルは行わなかったのだろう。

「でもシャーロットが見たかった芝居のチケットを手に入れてきたんだ、それに食べたがっていたマカロンがこれで、あとネックレスも欲しいって言ってたよな?」

「落ち着いてライネル」

「……ごめん俺、鬱陶しかったか?」

シャーロットの言葉にライネルは過剰に落ち込む。

婚約者だったユメルに冷たい対応をされた記憶が完全に抜けきっていないのだ。

「違うわ、私は逃げないからゆっくり話しましょうと言っているの」

「……わかった!」

微笑んで告げるとそれだけで太陽のような笑顔を浮かべる。

ユメルとその実家からの復縁要請を完全に断ち切る名目でシャーロットとライネルの婚約は早急に結ばれた。

提案したのはシャーロットで必要と判断したからした婚約だ。

でもそこに義務感は無い。

(誰かに不幸にされるぐらいなら私が幸せにするわ)

この気持ちが恋心かはわからない。

けれど、婚約者である自分に微笑まれ心から嬉し気に笑うライネル。

彼のそんな表情を見ていると素敵な本を読む時以上にシャーロットの心が満たされるのは事実なのだ。