軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63話 元側近のそれぞれ(パトリック・エアハルトの場合)

※パトリックの今

キースリー伯爵家では邸に響く当主の厳しい叱責と、重い二発の音が響いていた。

いつもは静かなキースリー伯爵家の使用人達は、邸の中から発せられる恐ろしい魔力の放出に怯えていた。

元凶である魔力が放出される場所は、伯爵家の執務室からであった。

人を殴った音と、激しく何かに叩き付けられるような音が響いていた……。

「馬鹿だとは思っていたが、これほどの馬鹿だとわなっ!!」

拳を握り怒りの視線を向け、倒れる息子に騎士団長としての覇気を全力で向けていた。

パトリックは左の頬を腫らし口からは血が流れているが、父であるトーマはそんな事は気にせず倒れ込む愚息の胸ぐらを掴み上げ鋭い視線を向けた。

厳しい父ではあったが、これほどの怒りも拳もパトリックは受けた事は無かった。

パトリックは痛みと驚きと覇気の恐怖でガタガタと震えていた。

「お前には何度も言ってきたはずだ。

自分の言動には責任を持てと。カーマイン子爵令嬢には関わるなと。

何度言えば理解出来る?カーマイン子爵令嬢が、嘘つき女を虐めている?殿下や男達を籠絡している?

それを信じる根拠はどこにあるのだ?言ってみろっ!」

パトリックは震えながらも父にエイミーの事を必死に伝える。

「エ、エイミーはあの子爵令嬢からは、殿下やセドリックと仲良くしていただけで魔法で攻撃されたと……夜会で……恥をかかされたと泣いて。

それに、子爵令嬢が殿下の側にいるようになってから殿下はエイミーを蔑ろにしている!イザベル様は何も言わないが、イザベル様の謹慎も子爵令嬢が殿下に何かを言ったからだ!

エイミーがイザベル様が可哀想だと泣くのを慰め守って何がいけないのです!転生者である二人を守って何がいけないのですかっ」

パトリックは話ながら自分は正義の為にエイミーを守っていると、自分の行動は正しいと思い父へと強く反論した。

トーマは胸ぐらの手を離し、パトリックを開放した。

パトリックはホッと息を吐き、父が自分の正義を理解してくれたと安堵していた。

「お前は既に殿下の側近を降ろされている。自分の力でのし上がらない限り騎士として生きる道はない」

トーマはソファーに座りながらパトリックに事実を伝えた。

「は?」

パトリックは父の言葉を理解するまで時間を要した。

理解すると、始めて知る事実に困惑し動揺し始める。

キョロキョロと視線を動かしトーマへと視線を向けると、感情のない表情とその瞳に嫌な汗が背中を伝う。

(側近を降ろされていた?いつから?なぜ殿下は知らせてくれない?)

パトリックの頭の中は沢山の「なぜ」で埋め尽くされている。

「なぜ、どうして。お前は、そう考えているか?」

トーマの言葉にパトリックはピクリと反応した。

「お前達側近は殿下を守り、未来の王太子そして国王になる為に支え尽くし、殿下が誤った道を歩もうとするならば、それを諌める立場を貫かなければならない。

お前達は何をしていた?騎士としての訓練すらも放棄し、殿下の側近である立場に胡座をかきやりたい放題だな」

パトリックは父の言葉の意味が理解出来ない。エイミーが側に来るようになってから、甘い言葉に流されてしまい何もしてこなかった。成長する事の無いままで判断能力も鈍っていた。

「まず、嘘つき女はカーマイン子爵令嬢の母君を先に貶めたのだ。報復されても仕方なかろう?

お前はスザンヌが目の前で貶められていても、許すのか?母の名誉を守らない。そんな薄情な息子だったと言う事なのだな。

それにセドリック殿との婚約は、セドリック殿の強い希望で結ばれた事であり、ハーマン公爵家が全力でカーマイン子爵家を囲い込んでいるのだ。あの二人はお互い想い合っているから、殿下だろうと令嬢は靡く事はない。殿下が嘘つき女と仲良くしようが興味すらない。

それに、セドリック殿は嘘つき女が死ぬほど嫌いらしい。殿下の側近だったために側にいただけだ。セドリック殿は自ら喜んで殿下の側近を降りたのだからな。」

「は?」

パトリックの二度目の返事に、トーマは大きくため息を吐いた。

「殿下はあの騒動の夜会の後に陛下や王妃様に窘められ、考え学び反省し、生きる方向性を変えられたのだ。

殿下はお前達といると楽だからと、自身の重い重圧や責務から逃げていた。

だがな、王太子として何をしなければならないのか、誰の側で学べば自分を成長させられるのかを自ら選ばれた。それが、セドリック殿とカーマイン子爵令嬢の側だ。

お前達の側ではない」

「………」

「子爵令嬢が嘘つき女に何をした?何を言った?お前達はそれを見たのか?

第一、お前達と選択教科が違うのに何が出来るのだ。

子爵令嬢は魔術科でも騎士科でも指導者として皆から尊敬されている。お前達は誰からか尊敬されているか?敬われているか?無いであろうな。

それにイザベル嬢が謹慎していたのは、殿下の婚約者として今のままでは相応しくないと判断されたからだ。

入学式の時にイザベル嬢は冒険者ギルドのギルドマスターに「お前如き」そう言ったのだ」

パトリックはギルドマスターの位の位置を正しく理解している。

公爵令嬢がそんな事を言って良い訳がない。

パトリックはどんどん顔を青褪めさせてる。

イザベルを庇えば、我が家もその言葉に同意したと暗に言っているのも同じたからだ。

「はっきり言うが、お前達全員は四大公爵家を敵に回したのだ」

四大公爵家……。

その言葉に、パトリックは青褪めるどころではない。

再びガタガタと体を震わせ始めた。

四大公爵家を出してやっと自分の立場が悪くなったと理解する息子を冷ややかな目で見ていた。

「パトリック。お前の名前がなぜパトリックとなったのかを思い出せ。それでも解らぬならば、お前はもう救いようがない」

トーマはパトリックに視線を向ける事なくソファーから立ち上がり、へたり込む息子の横を通り過ぎると執務室を出て行った。

パトリックは父が歩く度に剣が揺れる金属音が響く中、その音が冷たい刃のように脳裏に突き刺さっていた。

(名前……)

四大公爵家の当主、パトリック・ハーマン。

アスティ女辺境伯であるリリアーヌ様と対立した王都の貴族のやらかしで、国は暫く荒れてしまった。

高位貴族は民達からせめられ見放され、国の貴族制度すら揺るがす程に荒れ始めていた。

リリアーヌ様は我関せずで、辺境領に引きこもり表舞台には現れなかった。

四大公爵家すら揺るがす婚約破棄騒動の尻拭いを全て仕切ったのがハーマン公爵の先代と現当主のパトリック様だ。

キースリー伯爵家も民達の暴動にあい、爵位返上も考える程に荒れていた。

ハーマン公爵家のパトリックが民達に治安部隊として訓練をし働き先を見つけれるように、父トーマに進言していた。

剣術しか取り柄のない伯爵家。

その取り柄を若者に指導し、働き先を斡旋してくれたり資金もハーマン公爵家が用立ててくれた。

今ではキースリーの民と知れば腕の立つ者として認められ、民達の生活も豊かになっていた。

トーマはハーマン公爵に「貴方様のように、強く優しく民を守る息子になってもらいたい。同じ名を許して貰いたい」

トーマはハーマン公爵に頭を下げ、息子の名付けの許可を貰ったのだ。。

パトリックは幼き頃に何度も父からそう聞かされていた……。

パトリックは痛む頬を触り、ズクリと痛みで涙を流していた。

解らない……。

自分は転生者であるエイミーとイザベル様を守っていただけだ……。

転生者は尊ばれる存在だろう?

なぜ、優先してはならないのだろう。

「尊ばれる……」

自分が浮かべた言葉にふと違和感を覚えた。

(あの二人は民からも貴族からも尊ばれていただろうか……。

いや、転生者である二人は民にも尊ばれていたはず……。

それを守る自分は……自分は……)

パトリックはヨロヨロと立ち上がるが、壁に叩きつけられたせいで全身に力がはいらず、そのまま床に崩れ倒れ込んでしまった。

力が入らず大の字になり執務室の天井をただ呆然と眺めていた。

頬と全身の痛みを感じながら、父の言葉と自身のこれまでの行動を重ね考えていた……。

※エアハルトの今

明日からエイミーと街で遊んだり、我が家の別荘に向かう約束をしていた。

エアハルトは長期休暇の殆どを、エイミーとの逢瀬にあてる予定を組んでいた。

邸に戻ったエアハルトは早々に執事に別荘に行く手配をするように指示をした。

「エアハルト様。長期休暇は魔塔にて訓練がございます。別荘に行かれる時間は無いかと……」

「魔塔での訓練など私には必要ない。ジールマン家の嫡男が地味な訓練などする必要がどこにあるのだ?お前は煩いっ!二度と話しかけるなっ!」

執事の言葉に憤慨したエアハルトは吐き捨てるように執事に言葉を発すると、不機嫌を隠す事なく部屋へと向かった。

執事は長くジールマン家に仕えていた。

幼少の頃からエアハルトを可愛がり、守り、導いてきた。

いつの頃からか変わってしまったエアハルトを、いつか、いつの日か以前の努力を惜しまないエアハルトに戻ると信じて待ち続けた最後の一人であった。

「残念です。エアハルト様」

執事はエアハルトが立ち去った廊下を感情のない眼差しで見つめ続けた後、小さく礼をしジールマン家当主ライの執務室へと向かった。

執務室の扉を力なくノックする執事は、これから報告を上げる内容を躊躇する気持ちはもう無かった。

先程のエアハルトの態度では、この先この邸の当主として相応しくない。

そう判断をしたのだ。

「入れ」

執事は執務室に入り、正面にて書類を捌くライの前に進み出た。

部屋に入ると、ライ以外にソファーに侯爵夫人のナーダ様が執事を気遣わしげに見ていた。

ライの背後に視線をやるが、気が付かない振りをする。

「気が済んだか?」

書類から視線を外す事なくライは執事に問いかけた。

「はい。お待ち頂いた事に感謝致します」

「よい。あれでも私の息子だ。後継から外すだけで、貴族籍を抜くまではせぬ。レイナルが気にする必要はない」

ライの返事にレイナルと呼ばれた執事は苦笑いした。

また、ライの言葉を聞いたナーダもホッと安堵の息を吐いた。

「お前は優しすぎる。魔法師団にて、その優しさは不向きだ。だが、誰かに魔法を教え導く指導者としての才はある。エアハルトが変わらずにレイナルを師事し努力し続けていれば、結果は違った。こうなったのは、エアハルトの自業自得だ。」

ライは書類から視線をあげ、羽根ペンをインク壺へと戻すと背もたれに背を預けた。

「魔力操作を怠った結果、今のエアハルトの魔力量は幼少期まで落ちている。

今から訓練したとて私の位置まで来るには、10年では足りない。

常に最前線で戦う魔法師団の命を預かる者に、相応しくはない」

魔法師団は自身も魔力攻撃をしながら騎士達の補助魔法も使わなければならない。

僅かな魔力の揺らぎで自身だけでなく、騎士の命も失いかねないからだ。

魔力があれば良い。魔法が使えれば良い。

そんなに甘い世界ではないと教育を徹底的に施したはずだったのに。

転生者の二人と共に過ごすようになり、綻び始めたエアハルトの転落はもう戻せなかった。

「これからの話をする。ナーダ、悪いが席を外してくれ」

ナーダは立ち上がると、レイナルとライの二人分の紅茶を淹れ執務室を出て行った。

「フェリクス」

ライの座る椅子の後ろにはフェリクスがいた。

「レイナルさんにはバレてましたね」

フェリクスは遠慮なくソファーに座り、紅茶に手を付けた。

ナーダはフェリクスの存在には気が付いていないようで、紅茶は二客しか用意されていなかった。

レイナルは手慣れた様で紅茶を淹れていた。

「フェリクスにはこれからレイナルに指導してもらう。魔力操作も魔力の増幅も十分。それにしても、カーマイン子爵令嬢は相当な使い手であるな。数年でここまで仕込めるのだな」

「そうなんだ!アナは相当強い。魔法だけじゃない魔術も同時に使いこなし剣技も使いこなす。全てが完璧だし、戦う姿はとても美しいんだ」

フェリクスは自分の事のように嬉しそうにエリアナを褒める。

「私も一度会ってみたいですね」

レイナルがエリアナに興味を示すと、ライは少し考え込んでいた。

「カーマイン子爵に相談してみるが、レイナルも一度エリアナ嬢と対決してみると良いかもしれないな。それに、フェリクスをこの邸にはまだ置けぬ。

カーマイン子爵の領地にまた匿ってもらうとしよう」

「レイナルさんとアナの対決かぁー。面白そうだ」

「エリアナ嬢が承諾してくれれば。だな。

フェリクス、レイナルからは軍で使われる魔法を長期休暇中に全て覚えろ。良いな」

ライからの命令に、フェリクスは面倒臭い顔をするがレイナルは丁寧に頭を下げ

「フェリクス様に全て叩き込みますので、ご安心下さいい」

ライはレイナルの言葉に頷くと、紅茶へと手を伸ばし口にする。

「お義父さん」

「ブッ……!!」

フェリクスがいきなりな父親呼びに、ライは紅茶を吹き出してしまう。

「な、なんだ。いきなりっ」

飛び散った紅茶をライが拭きながらフェリクスに問いかけた。

「俺にも家族が出来たんだと思ってさ。ならば、父母呼びをしてみたかっただけだ。駄目なら止める」

「駄目ではない」

ライは少しだけ狼狽えていたが、フェリクスを養子にしている以上は親である。

孤児のフェリクスがそう呼ぶなら、それで良い。

フェリクスは少し照れながらも嬉しそうにしている。

ライもレイナルもフェリクスの素直さを気に入っている。

ただエアハルトの先行きをどうするかは、またフェリクスのいない時に話し合う事になる。