作品タイトル不明
34.宮廷裁判 中編
金髪をなびかせ颯爽と現れた美女に、裁判官も目を見張った。
顔貌の美しさもさることながら、羽飾りのついた奇妙な眼鏡をかけ、しかもそれが全体の容姿を損なうことがない。
メルクスとは違った服装も、異国からの貴人と思われた。
「あなたはヘルミーネ・アッシュベリ殿で間違いはありませんか?」
慎重な物言いになった裁判官に、ヘルミーネは鷹揚に頷いた。
「いかにも。わたくしはヘルミーネ・アッシュベリでございます」
「なにを証言してくださるのかな」
「あたしが、いずれリーランド様の妻になるということですわ!」
ヘルミーネが答える前に割り込み、エイベルは叫んだ。
が、その言葉は即座に当のヘルミーネによって否定される。
「いいえ。言ったでしょう、嘘はつけないと。リーランドとのことは、あなたからそう聞いただけ。それに、リーランドは 向こう(・・・) のようだけれど?」
ヘルミーネはフレデリカの隣を指さした。
そこには抑制眼鏡をかけたリーランドが、微妙な顔をして立っている。
「は? リーランド様?」
何を言っているのかと言うように目を細めたエイベルの表情が、驚きに変わっていく。
ヘルミーネが名指しで居場所を示したことで、抑制眼鏡の効果が薄まり、姿が認識できるようになってきたらしい。
「まさか、お姉様の隣のその薄汚いネズミみたいなのは……」
「ずいぶんな言われようだな……」
はっきりとしかめ面になったリーランドが、眼鏡を外す。
エイベルの目がますます見開かれた。
「リーランド様!!!!!」
その瞬間、ノイラとセレネのかけた魔法の効果が現れたようだった。
比喩ではなくリーランドが輝いたかと思うと、裁判官も顔は赤らめるほどに美しい青年がそこに立っていた。
(か、回復魔法が効きすぎている……!?)
フレデリカも隣で胸をドキドキとさせながらリーランドを見た。
月光を編んで糸にしたかのような繊細な金の髪。同じ輝きを持つ睫毛に縁どられた宝飾細工のようなアクアブルーの瞳。彫像のように白く滑らかな肌と整った顔立ち。
その場にいた誰もが息を呑み、物も言えずにリーランドを見つめた。
――ひとりだけ、ヘルミーネを除いては。
「 ノイラとセレネ(あの子たち) の魔法を使ったの?」
「この裁判にまにあわないかと思って」
あっけらかんと話をするヘルミーネは、さすがにリーランドの美貌に慣れているらしい。
ついで冷静さを取り戻したのはフレデリカ、そして裁判官だった。
「……アッシュベリ公爵家がエイベル嬢の主張を支持すると言うのであれば、状況は変わったかもしれませんが……その意思はないと受けとってよろしいか?」
「ええ。わたくしはフレデリカ嬢のことを知りませんから、彼女の主張も支持しませんが……エイベル嬢の言うことが正しいかも判断できません。ただ、わたくしがここに来たのは――」
ヘルミーネは言葉を切り、エイベルを見た。
証人が立て続けに彼女を見放した、そんな絶望的な状況だというのに、エイベルの表情に焦りはない。
むしろエイベルは、顔を輝かせてリーランドに見惚れているのだ。
すっとリーランドに近づいたエイベルは、その手をとろうとした。
リーランドが手を振り払っても、にこりとほほえむ。
「ぼくはフレデリカ嬢を支持する。君は彼女に汚名を着せ、彼女の家を乗っ取ろうとしている」
「いやですわ、リーランド様もお人が悪い……どうして意地悪をなさるのですか。姉にそそのかされたのですか? 姉はあなたを陥れようとしているに違いありません」
「エイベル……!」
あまりの言い草にフレデリカは怒りに顔を染める。
けれどすぐ、赤かった顔色は青ざめた。
ヘルミーネが見ようとしていたものが、フレデリカにも見えたからだ。
リーランドに事実を突きつけられ、エイベルの表情は一瞬だが崩れ、怒りや焦燥に満ちたものになる。けれども次の瞬間、エイベルの体から湧きあがった魔力がエイベル自身を包み、するとエイベルは直前の感情を忘れたかのように笑うのだ。
そのうえ、エイベルから放たれる魔力は強さを増している。
「これ……これは……」
フレデリカは声を震わせる。
(まるで、魅了魔法を自分自身にかけているみたい……)
ヘルミーネもまた、羽飾付きの眼鏡越しに魔力の流れを解析し、「まあ」と呆れたような息をついた。
「魔力というのは、自覚的に制御を試みることである程度は扱えるようになるものだけれど……無自覚に、自分の思うままに使い続けるとこんなことになるのね」
瞳に妖しい輝きを宿すエイベルは、自分の見たい世界だけを見ている。
彼女の想像の中のリーランドは、フレデリカの腕を振り払い、エイベルのもとへと手をさしのべているのだ。
「エイベルは、魔力によって自分の受けとった〝現実〟を歪め、自分が中心となった世界を信じることでより強力な魔力の影響を周囲に発揮していた……というところかしら」
「やはり我々はエイベル嬢を信じる! エイベル嬢こそ、長年にわたり虐げられてきた不憫な令嬢です」
部屋の隅でぽかんと成り行きを見守っていたロングス伯爵が口を開いた。と思うなり、令息たちも次々と彼に同調した。
「そうです。リーランド様、どうか彼女の手をとってやってくれませんか!」
「エイベル嬢を幸せにできるのはあなたしかいないのです」
(これが、エイベルの力……)
先ほどと言っていることが真逆だ。なのに、誰もおかしいとは思っていないようだ。
フレデリカの背すじを、ぞくりと寒気が走った。
エイベルは無意識のうちに魔力を使い、自分に都合のいいように周囲を動かしてきたのだろう。
フレデリカからすれば荒唐無稽な理由で押しつけられた〝悪女〟役も、こうして作りあげられた。
なによりも怖いのは、エイベル自身にもその自覚がないということだ。
男たちからの声援を受け、エイベルは潤んだ瞳でリーランドを見上げた。
「リーランド様……どうかあたしの手をとってください」
「いいや、エイベル嬢。君は君自身と向き合わなければならないよ」
リーランドの表情も、声も、冷静なものだった。フレデリカのように青ざめてもいなければ、怒りに震えるでもない。
落ち着いた動作で、リーランドは胸ポケットからなにかをとりだした。
コインのような丸い金属がついた鎖だ。それをエイベルの首にかける。
(あれは、魔法陣)
金属の表面には〝抑制眼鏡〟に似た魔法陣が刻まれていた。
(〝抑制眼鏡〟の効果は、魔力の流れをコントロールし、周囲への影響を減らすこと……)
エイベルの体を包んでいた魔力が、ふっとかき消えるように見えなくなった。
ロングス伯爵たちはふたたびきょとんとした顔になってエイベルを見つめている。
そして、エイベル自身も。
夢から覚めたような顔つきで、リーランドとフレデリカを見ていた。
「たとえ知らずとも、魔力を持つ者として――君の周りでなにが起きたのか、君は知らなければならない」
リーランドは静かに告げ、裁判官を振り仰いだ。
「ぼくからも、証人の呼び出しをお願いします」