作品タイトル不明
31.宮廷裁判に向けて 前編
意識を失ったままのセルシオは、レイトによってどこかへ連行されていった。
その姿をハラハラと眺めていたせいか、リーランドには困ったように苦笑されてしまった。
「さすがにこの国の司法に引き渡しますよ。その前に少し話は聞きますが」
(少し話って、なんだろう……)
そこはもう詳しくは聞かないでおこう、とフレデリカは決めた。
せっかくなのでバゼルも連れて芝生の広場へ向かい、届けてもらった昼食を食べることにした。
バスケットに入れられていたのはサラダやハムといった食材にパンなど。
サンドイッチの材料に昔を思い出し、思わずフレデリカの口元に笑みが浮かんだ。
デザートサンドにということなのか、魔道具で冷やされた生クリームとフルーツも入っていた。レイトが用意してくれたものだから、味もいいに違いない。
ちゃんとバゼルのための干し肉も入っていた。
「精霊もお肉を食べるんですね……? あ、いえ、いいのよバゼル」
なんとなく見た目は犬でも木の実や湧き水を飲んで生きるのかと思ってしまっていた。
申し訳なさそうに尻尾を下げるバゼルに首を振り、ちぎった肉を口元に運んでやる。
気を取り直したバゼルが食べ始めるのを見届け、フレデリカもサンドイッチをほおばった。
「おいしいですね」
敷布を広げ、二人と一匹で遅めの昼食を味わう。
季節柄タンポポはもうないが、芝生の緑と小さなピンクの花が目に心地よい。
変わり果てた婚約者の姿、その口から紡がれた暴言に、ショックを受けたのは確かだ。
けれど気持ちはすぐに落ち着いた。
リーランドがそばにいて、いっしょに怒ってくれたから。
バゼルが顔をあげてフレデリカを見た。それからリーランドを。
(そういえば、精霊は感情を読むって……)
先ほどリーランドの語ったことを思いだし、フレデリカは顔を赤らめた。
*
宿に戻ったリーランドは、真剣な顔で「バゼルをあずかってもいいですか」と尋ねた。
フレデリカがちらりと見ると、バゼルは興味なさそうに尻尾を揺らしていたが、嫌なわけではなさそうだ。
バゼルの態度がやわらかいのは、きっとリーランドの目的がフレデリカのためだからなのだろう。
(王立公園で考えていらっしゃったことと関係が……?)
フレデリカの視線に気づいたリーランドが眉をさげる。
「申し訳ありません。まだはっきりとは言えないのです。ぼくの仮説が違っていたら、フレデリカさんを落胆させてしまうかもしれない」
「そうですか……」
リーランドにも自信がないのだ。けれど、なにかフレデリカの力になりたいと思い行動に移してくれようとしている。そのことはわかった。
「バゼル、お願いしてもいいかしら」
「……ウォ」
フレデリカの願いにバゼルは仕方ないと言いたげに頭をさげた。
その頭に手をのせ、たっぷりと撫でてやればすぐにバゼルは尻尾を大きく振る。
「ウォンッ」
「フレデリカさんは精霊使いがうまいですね」
リーランドが笑った。
「信じて、頼りにしているのが伝わるんですよ。がんばらなきゃな、バゼル」
「オンッ」
「よろしくお願いします」
突然のバディとなったリーランドとバゼルに、フレデリカはお辞儀をした。
そして、リーランドとバゼルが宿を出てから一週間ほど――。
フレデリカのもとに、宮廷裁判の召集令状が届いたのだった。
***
召集令状は、エイベルにも届いていた。
厳密には、フレデリカの後見人だったサラと、次期当主として名乗りをあげたエイベルの双方に届いていたのだが、サラはいなかった。
「どうしたのかしら……?」
常日頃からエイベルに寄り添い、エイベルの願いをなんでも叶えてくれるサラ。ヴェルチェ家に入り込み義姉から当主の座を奪うことも、サラの発案だった。
それもこれも、すべてはエイベルが幸せに暮らせるようにとの母親の愛情からだ。
なのに、裁判が行われようとする大事な時に、サラはエイベルを残して外出したきり、帰ってこなくなってしまった。
サラが黙って家を空けることはこれまでにもあったから、最初は気にしていなかったけれど、さすがのエイベルも徐々に不安になってきた。
結局セルシオがご機嫌伺いにすら来ないというのも腹が立つ。
「まあいいわ。リーランド様もヘルミーネ様もあたしの味方だもの」
自分に言い聞かせるように、誰もいない部屋でエイベルは言った。
宮廷裁判にはエイベル側の証人として、ヘルミーネが出席すると約束してくれた。手紙には『嘘をつくことはできないわよ』と念を押されていたけれど、そんなことを頼む気はない。
ヘルミーネがエイベルとリーランドのつながりを証言してくれれば、裁判はエイベルに有利に運ぶ。
リーランドという貴公子は、そのくらいの価値があるのだ。
(リーランド様の名声があれば、ヴェルチェ子爵家の爵位を継いだままホレスベルへ移り住むことも可能だわ。この家はお母様に管理を任せればいいし……)
夫の放浪癖に嫌気が差したら、この家に戻ってくればいい。
それに万が一裁判に負けてヴェルチェ家を追われたとしても、リーランドがいれば困ることはなにもない。
不幸な未来はありえない、と得心したエイベルは、裁判のための準備にとりかかった。