作品タイトル不明
第77話 ついうっかり
ブライアンが二ヶ月ぶりに聖地に関する報告をしに来た。
エドワードの相手で疲れた様子のケイトを控えさせ、執務室で手渡された報告書を読む。聖地に特に変わりはなく、神の涙の生産も米の収穫量も順調そのものだった。
「実は……」
ブライアンがそう言って、追加で書類を手渡してきた。
記入したのは聖地の教会に併設された病院の医師だ。
グロリアがそれに目を通している間、ブライアンとケイトが小声で何かを話している。
こうして書類を確認している間、ケイトにはブライアンと自由に話してもいいと言ってある。母の近況報告など聞きたかろうと。
ケイトがブライアンに心を寄せているのは間違いない。
グロリアにこれ以上失望されないよう神経を削ってエドワードの相手をしているケイトにとって、おだてることなく会話ができて、さらに母親の近況を話せるブライアンは癒しに違いない。
ではブライアンのほうはというと、おそらくこちらもケイトを特別な目で見ている。
報告に王城へ来るたびケイトと話すうちに、情がわいたようだった。
A子に言わせれば〝恋の予感〟めいているが、グロリアが彼らの幸せなど微塵も望んではいないことを知っていながらそんなことを言うA子も、最近はなかなか怖い存在になってきたものだと思う。
「……なるほど、カイラが倒れたか」
書類はカイラが病であるという報告と、それにあたって専門の医者と療養所を紹介してくれないかというものだった。
「母は無事ですか……!」
もともと疲労から青白かったケイトの肌が、さらに血の気を失って白くなった。
事情を最もよく知っているであろうブライアンにしがみつくように身を寄せ、頭髪と同じ赤い眉毛を寄せた彼の顔を見上げて問う。
「……意識はしっかりしているが、腹と背中に痛みがあると訴えていて、この一ヶ月で驚くほど痩せた」
眉根を寄せ、青い目をさ迷わせながら慎重に言葉を選んでブライアンは続けた。
「教会の神父様と医者によれば、経験上あまり……よくない病なのではないか、と」
書類にはもっと詳しく、おそらく治療法のない病であり、長くはないと書いてあった。
痛みの緩和と療養が治療の全てになることを、夫婦ともに覚悟していると。
聖女の癒しの力が覚醒するきっかけがカイラだった。もともと体が弱いのだろう。
「そんな……」
ケイトがブライアンへと倒れこんだ。
ほつれた毛糸を引っ張った時のように、足元からするすると力が抜けていくのが見ていてわかった。
ブライアンはケイトを抱きとめると、すがるようにこちらを見た。
「評判の良い医者を領地に送り、療養所も建てよう。日当たりと風通しの良い場所を選定しておくようにポールに言っておけ。それとは別に指示書も書こう」
書きあがるまで今しばらくかかる。と、グロリアは続けた。
「それまでケイトを頼む。最近心労が溜まっていて、彼女もあまり体調がよくない」
グロリアの言葉にうなずいたブライアンは、ケイトを抱き上げてソファに移動させる。壊れ物を扱うような丁寧なしぐさで寝かせた。
「心労、というと?」
胸に手を当てて苦しそうに息をするケイトを心配そうに見つめながら、ブライアンは着ていたジャケットを脱いでケイトの膝にかけた。
「……陛下が、な。ケイトを放さない」
意図して曇った表情を作ってグロリアが呟くと、ヒュッと大きく息を吸い込んだケイトが上半身を起こした。
少し離れた執務机で書き物をするグロリアにも聞こえるほどの息の音に、ブライアンがいぶかしげな顔でケイトを振り返る。
「大丈夫です、私はできます! 陛下がこれ以上、他に目移りしないように……!」
「いいやケイト、もうこれ以上は必要ない」
残念そうに首を横に振り、そして、 つ(・) い(・) う(・) っ(・) か(・) り(・) 口を滑らせた。
「私もこれ以上、お前と陛下が睦みあう姿を見るのは……」