軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 エイブラム・フォン・ハトルストーン

「……申し訳ございません」

心底恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに頭を下げたのはセドリックの兄、エイブラム・フォン・ハトルストーンだ。

眼鏡越しの瞳に憂いが満ちている。弟のセドリックと同じ翡翠のような瞳だった。

もう一度深く頭を下げようとするエイブラムを遮り、着席するように勧めた。

グロリアも応接室のソファに腰かけて、足にまとわりつく導き手のローブの裾を払って背筋を伸ばす。

王都の大教会へ約一年間服していた父の喪が明けたことを報告に来たら、帰りに肩身が狭そうな様子で辺りを気にするエイブラムに呼び止められた。

大の大人が叱られるのを予想して耳を伏せた犬のようにして打ち明けてきたのは、セドリックの最近の行いについてだった。

そのうち何かしらの反応がハトルストーン家か教会からあるだろうと予想していたグロリアは、思わずほくそ笑みそうになるのをこらえるのが大変だった。

父の喪に服したこの一年間、王太子の婚約者と〝紫の導き手〟としての仕事以外の社交を控え、経済活動を自粛していた結果が出たのだ。

喪中期間に神の涙関係の利権と、それによって教会から還元されて得た利益を投資して作った病院や研究所などの事業をセドリックに一任していた。

公爵家が管理するものだと最初は断った彼も、グロリアが「神から与えられた権利は教会関係者が管理したほうがいい」と神と教会を盾に餌を差し出したらすぐに納得し食いついたのだ。信仰心の厚いことである。

喪が明けるまでの一年間の貸し出しだが、もともとハトルストーン家から与えられていたものと合わせて彼は大きな利益を得ていた。

以前セドリックと話したとおりに、彼は金を集めることは信仰を集めることだと思っている。そして自分の身を飾ることは信仰を可視化することに繋がると信じてもいた。

彼は大きな利権を自由にして得た金を、さらに増やすことを考えたようだ。

身の丈以上の金を持った者が、それを増やそうとしてやることといえば古今東西そう変わりはなく……

「まさか弟が、導き手様のお金を全て博打につぎ込むとは……」

煤けた肩を落とし、グロリアに止められてもなおエイブラムは頭を下げ続けた。

グロリアの調べによれば、セドリックはグロリアの資金――教会から還元された神の涙の売り上げの一部だけでなく、それを投資した先からの利益や、神の涙誕生の地として正式に聖地認定されたコードウェル公爵領に建てる教会の建築資金なども、ものの見事に溶かしてしまっている。

それどころか自分のものではない土地を、さも自分のものであるかのように振る舞って得た金すら、散財へと消えている。

けれども彼は身を飾ることは信仰を可視化することと信じているから、その身に染みついた贅沢をやめる気は一切なかった。

それどころかその飾りは、社交で信心を見せるために整えていた服から、より金がかかる豪華なものになっていった。

そして身を飾り立ていかがわしい場所に出入りするセドリックの評判は下降線をたどっていた。

金の出所は紫の導き手の信任を裏切って不当に得た金ではないか、という噂もじわじわと広がっているようだ。

この噂話は事実なのだから、セドリックを擁護する声が上がることもない。噂の広まり方は慎重だったが、その話を聞いた人々の間で疑惑が確信に変わるのは驚くほど早かった。

入学一年目、桜の木の下でランチをした時の、セドリック一人だけがとっていた豪華な食事が思い浮かぶ。

規律を無視して美食をむさぼる、自称・神のしもべ。

そうした金が清算されるまで、ハトルストーン家は次男を表に出す気はないのだろう。

最近学園でセドリックを見ないのは、決してクラス担任がホームルームで言っていた「風邪をこじらせて自宅療養をしている」からではないはずだ。

「導き手様のご都合がよろしい日に、父とともに改めて謝罪に伺います。愚弟が本当に、とんでもないことをしでかして面目次第もございません」

しゅん、と肩を落とすエイブラムは、グロリアから「許す」という言葉を引き出したいのだろう。

セドリックに関して、グロリアとしては万事順調に進んでいると思っているが、簡単に言質を取らせるわけにはいかない。舐められるのは貴族として致命的だ。

「そんなことよりも、セドリックの元気な顔を見るほうがいい。早く風邪を治して登校できるようになってほしいものだ」

そう言うと、エイブラムは苦い顔をしてうなずいた。

その表情は眼鏡をかけていた前世のセドリックによく似ている。A子いわく、インテリ眼鏡だ。

「実は学園で気になることがあって、セドリックに相談したいと思っていたことがある」

「愚弟がご迷惑をおかけします。まだ完治の見込みがありませんので、代わりに私がお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「それは心強い」

淑女らしく微笑んで、導き手のペンダントの上から胸を押さえる。

「実は学園の同級生に〝聖女〟を自称している者がいるのだが、その真偽がわからず困惑している」

その女子生徒のことを教会は把握しているだろうか? と、グロリアは心底困ったような顔をして首を傾げた。