作品タイトル不明
第36話 勤勉なグロリア
王都にいる貴族と、各国の大使の全員が出席した式典はつつがなく終わった。
戴冠式に匹敵するか、宗教的にはそれ以上に重要な式典である。
本来なら国王がグロリアのエスコートをしてもおかしくはなかったが、陛下は教会とともに主催者側に回った。代わりに王家がグロリアに寄越したのは王太子のエドワードであった。
重要人物たちが勢ぞろいする式典でエドワードが婚約者としてグロリアをエスコートするさまを見せ、王太子としての足場を固めようとしたのだろう。
確かに主役であるグロリアの婚約者なのだからおかしい人選というわけでもないし、戦略としては理解できる。
だがエドワードのあの不服そうな顔では大失敗だった。
式が行われる教会の大ホール入口からグロリアをエスコートして入場し、司教から授けられたローブを受け取りグロリアの肩にかけ、一礼し、また手を引いて退場する。
たったそれだけのために呼ばれたことが面白くなかったのか、グロリアだけがもてはやされることが不満だったのか、エドワードは控室に戻るとグロリアの目の前でケイトにぶつぶつ愚痴と文句を言ってから帰っていった。
エドワードが荒らして帰った場を清めるため、ケイトは目を尖らせて塩を撒いている。
塩はこちらの世界でも魔を退ける力があるとされるものだ。それを床に叩きつけるようにして盛大に撒いていた。案外肩が強い。
その後ろ姿を見ながら、この式典で得たもののことを考えた。
面目を潰されたのは王太子を送り出した王家であり、教会や敬虔な信者たちからの反感を買ったのもエドワードである。
王太子という権威が薄れてエドワードという男の無能さが際立てば、貴族社会の縮小版ともいえる学園に最高権力者として入学しても抑止力になるだろう。
前世での学園内にも当然適用されている貴族たちの階級と身分。
それに守られた場所に身を置きながら、前世で愛と平等を謳った聖女と王太子はその社会を否定した。そして階級と身分を重んじるグロリアを全校生徒の共通の敵へと仕立て上げたのだ。
グロリアは公爵家の娘であるならば当然の権利を下位貴族の生徒たちに主張しただけなのに、まるでそれが聖女への直接的な攻撃かのように王太子は立腹し、聖女は涙を流してみせた。
聖女たちは評判という武器を使ってグロリアを貶めたのだ。
グロリアの評価が下がれば下がっただけ聖女たちの評価は上がり、学園という箱庭で絶対的な支配者となった。愛と 平(・) 等(・) などとどの口が言うのか。
二度目の人生で同じ轍は踏まない。
グロリアは世間の高評価を得た。元孤児の男爵令嬢が〝聖女〟という世間の評価を得てグロリアを排除し王太子の〝真実の愛の相手〟まで成り上がったように、〝導き手〟という称号は学園という小さな世界での評判よりも強度がある。
そしてグロリアは勤勉だった。
酒の開発と流通の権利は教会に渡したとはいえ、教会がグロリアをないがしろにするはずもない。グロリアが何も言わなくとも利益の一部は還元され、相当な儲けを得ている。
さらに神の涙を最初に作った地としてコードウェル領で作られた酒は人気があり、ポールの管理する領地は酒造りの聖地として民衆に認知されている。近々教会からも正式に聖地認定される予定だ。
グロリアにとっても重要な場所になるので、カイラを現地に送った。
命を救われ娘を貴族にまでしてくれた、とグロリアに恩を感じるカイラが逆らうことはない。現地の様子を包み隠さず伝えてくるはずだ。
グロリアはこうした儲けや名声を利用して病院を教会に併設したり、病や薬を研究する研究所や、動植物の保護施設を建設したり、公共性の高いさまざまな事業に投資した。
本来なら王家が金を出さねばならないもので、しかし緊急性の低さや研究結果が出るまで時間がかかるせいで費用を削られていたものを選んだ。
王家としては、王太子よりも婚約者のグロリアのほうが評判が良いのは頭が痛いところだろう。
だがグロリアの行動を阻止しようとすれば教会が、信仰心の厚い貴族たちが、民衆が黙っていないこともわかっている。
将来は王妃となるのだから、その実績はあとで回収できる。と、王家は静観しているようだが、実績は王族のものとできても評判はグロリア個人についてくる。
弱冠十四歳で教会に認められるほど神と世間に尽くし成果を上げるグロリアと、同い年なのに特に実績もなく、それどころか重要な式典で求められる役割すらこなせぬ王太子。
これを世間はどう見るだろうか。
前世とは逆に、グロリアの評価が上がれば上がるほど、何もしていないエドワードの評判は下がるだろう。