軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 お前は誰だ

「私はここじゃない世界――つまり異世界の、しがない女子大生で……って言ってもわかんないよね。ちょっと名前が思い出せないから、とりあえずA子って呼んで」

自分を〝姿はグロリアだが、意識はグロリアではない〟と思っている方は、その問いかけにあっさり答えた。

どうやら話し合いをしようという気はあるようだ 。

それならば……と、グロリアは矢継ぎ早に頭の中の女に問いかける。

女子大生とは何者か。

異世界とは何か。

なぜグロリアの中にいるのか。

答えとともにグロリアの知らない風景が脳内に浮かんでは消えていく。

地球のこと、日本のこと、世界情勢と経済と歴史。異世界とは。女子大生とは。

光る板に浮かぶ動く絵。それがタブレットと呼ばれる機械であること、機械とは何かという常識、乙女ゲームという概念。

ゲームのいくつもあるルートやエンディングと、攻略対象の王太子たちのこと。

グロリア・フォン・コードウェルというキャラクターとその役割。

でもなぜグロリアに転生してしまったのかはわからない。

異世界の女、A子のつたない説明よりも、頭に浮かんでは消える光景や物のほうを頼りに、ひとつひとつ置かれた状況を確認していく。

「つまり私は悪役令嬢に転生しちゃったってわけ! このままエドワードの婚約者になっちゃったら処刑コース一直線、せっかく転生したのに悪役令嬢なんて最悪よ!」

グロリアの体で、A子が「どうにかして死亡フラグ回避しなくちゃ!」と、拳を握りしめた。

鼻息荒く気合いを入れて想像した未来像が、頭の中に鮮やかに流れていく。

グロリアのパパとはちゃんとコミュニケーションをとりながら、簡単に切り捨てられないよう親子の絆を結ばなきゃ!

それからこれから弟になる年下わんこ枠のアランに良き義姉として優しく接して、メイドのケイトを対等な友達として扱って裏切りを阻止するぞ!

エドワードとは確か子供の頃に一度顔合わせがあったはず。

その時に側近候補の他の攻略対象とも話せるから、彼らの話をじっくり聞いて積極的に仲良くなれば、一方的に嫌われることはないよね!

そんで良好な関係を築いたら、婚約者候補から外してくれるように頼んでみよう。

学園では平民いじめなんて絶対しない。てか精神が平民の私が「平民が!」っていじめるって、ないわー。

ましてヒロインをどうこうなんてもってのほかよね。

ゲームでもヒロインのことは好きだったし、お友達になれたらいいな。

そうだ、もしも私がエドワードの婚約者に決まっちゃっても、ヒロインがエドワードルートに入ったらすぐに婚約破棄を申し出たら大丈夫よね?

私はそのあと平民として暮らせばいいんだもん。

前世で趣味だったパンづくりの腕を生かしてパン屋でもやろっかな。たくましく楽しく生きていこう!

「大丈夫、きっとうまくいくはずだわ! ううん。うまくいくようにちゃんと努力する! せっかくの第二の人生なんだから……」

そう言って今までの人生を振り返り始めたA子を、その脳内の鬱陶しい映像を、グロリアは心の底から軽蔑した。

心底あきれ果てたせいか、視線だけは自由に動かせるようになったようだ。

鏡の中の紫の目が、ゴミを見るような目をしている。

当然だ。間違いなく自分は体を乗っ取ったこのどうしようもない女のことを、取るに足らないゴミであると判断したのだ。

「なんで?」

異世界女が、鏡を見てぽかんとした声を上げる。

「グロリアのためを思って頑張ろうとしてるのに、どうしてそんな、冷たい目で見るの?」

本当にわかっていないのか、女の声は何も知らぬ子供のようだった。

「くだらない」

なんでと問いかけ続ける女の声に、怒りのあまり思わず声が出た。

けれどそのおかげで、グロリアの言葉に居すくんだA子が体の権利を手放したらしい。

自分とは思えないほど間抜けな表情だった顔が、見知ったものへと変化する。眉をひそめ、鏡の中の自分をにらみつけながら、グロリアはぴたっと黙った女へとその怒りを向けた。

「なぜお前が私の体を自由にすることを前提に、私の未来を決める?」

(だって、断罪されるのわかってて見てるだけなのはやだし、私だって……)

「お前の気持ちなど知らぬ」

要領を得ない言葉をばっさり切り捨て、グロリアは鼻を鳴らした。

「何度生まれ変わろうがこの時点の私の意識が名乗り出てこない限り、これは私の体で、お前のものではない。乙女ゲーム? 悪役令嬢? 知ったことではない。たとえこの世が物語の世界だったとしても、お前が私の体を乗っ取る理由にはならない」

そして……と、鏡に映ったグロリアが口の両端をつり上げて笑う。

「お前の人生は日本という国の片隅でみじめに終わったが、転生したわけではない」

先ほど見たA子の平平凡凡で、しかしグロリアよりもよほど惨めな最期を思い出しながら、グロリアは続けた。

「お前は、このグロリア・フォン・コードウェルに取り憑いた卑しい亡霊だ」