軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話

ヤマト皇国の下町に、革命の嵐が吹き荒れて数日。

私たちの屋台『月待ち食堂・ヤマト出張所』は、連日大盛況だった。

「天丼うめぇ! 一生ついていきます!」

「油って、こんなに美味かったのか……」

禁忌とされていた「揚げ物」の美味しさを知ってしまった民衆たちが、こぞって屋台に押し寄せている。

あまりの忙しさに、私もライオネル様も嬉しい悲鳴を上げていた。

「ふぅ……。今日はここまでね。食材が切れちゃった」

夕暮れ時。私は完売の札を出して、大きく伸びをした。

すると、屋台の裏で片付けをしていたサクラ皇女(町娘に変装中)が、顔を赤らめながら提案してきた。

「シェリル殿、騎士殿。……今夜は店を早く閉めて正解だぞ」

「あら、どうしてですか?」

「今夜は『星待ちの祭り』なのだ。ヤマトで最も賑やかな夜祭り……。せっかく異国に来たのだ、二人で見て回るといい」

サクラ皇女は、どこからか調達してきた包みを二つ、私たちに押し付けた。

「これは余からの礼だ。……ヤマトの民族衣装『 浴衣(ゆかた) 』である。これを着て、息抜きをしてくるとよい」

「浴衣……!」

「俺も、着るのか?」

ライオネル様が戸惑っている。

私は包みを受け取り、満面の笑みで頷いた。

「着ましょう、ライオネル様! せっかくの旅行なんですから!」

◇ ◇ ◇

着替えを済ませ、私たちは運河沿いの橋で待ち合わせをした。

ヤマトの夏は湿気が多いが、夕風は心地よい。

私は紺地に朝顔の柄が入った浴衣に身を包み、少しドキドキしながら彼を待っていた。

カラン、コロン。

下駄の音が近づいてくる。

振り返った瞬間、私は息を飲んだ。

「……待たせたな。どうも、帯というやつが苦しくて慣れん」

そこに立っていたのは、渋い灰色の浴衣を着流したライオネル様だった。

普段の銀の鎧姿も素敵だけれど、浴衣姿の彼は、なんだか「色気」が凄まじかった。

鍛え上げられた胸板が浴衣の襟を押し広げ、太い腕が袖から覗いている。無造作にかき上げた髪と、少し照れくさそうな表情。

……破壊力が高すぎる。

「に、似合ってます! すごく……格好いいです」

「そうか? ……お前こそ」

ライオネル様が私の目の前に立ち、熱っぽい瞳で見下ろした。

「綺麗だ、シェリル。……うなじが露わになっているのが、その、目のやり場に困るが」

「っ……!?」

彼は大きな手で、私の髪飾りをそっと直した。

「行こうか。……はぐれるなよ」

差し出された手。

私はその手をギュッと握り返した。

ゴツゴツとした剣士の手と、浴衣の袖が触れ合う距離。

私たちの初めてのデートが始まった。

◇ ◇ ◇

祭りの会場は、提灯の明かりで昼間のように明るかった。

太鼓の音、笛の音。

たくさんの屋台が並び、人々が楽しそうに行き交っている。

……けれど。

「……やっぱり、食べ物の屋台は寂しいわね」

私が呟くと、ライオネル様も頷いた。

並んでいるのは『焼きトウモロコシ(味付けなし)』や『蒸し芋』、『冷やしたキュウリ』など、素材そのままのものばかり。

醤油の焦げる匂いも、ソースの香りもしない。

「ヤマトの民は、この祭りで一時の憂さを晴らしているのだろうが……やはり食事が貧しいと、笑顔に力が足りないな」

「そうですね。……あ、ライオネル様。ちょっとあそこへ」

私は人気のない神社の裏手へ彼を引っ張っていった。

そして、 袂(たもと) から小さな包みを取り出した。

「お腹、空いてますよね? こっそり作ってきたんです」

「これは……?」

包みを開けると、串に刺さった鶏肉が入っていた。

ただの焼き鳥ではない。

醤油と砂糖、みりんを煮詰めた『秘伝のタレ』をたっぷりと絡め、炭火でじっくりと焼き上げた『焼き 鳥(タレ) 』だ。

冷めないように保温魔法をかけておいたおかげで、甘辛く香ばしい匂いがふわりと漂う。

「『清貧の令』のせいで、屋台で美味しいものが売っていないと思って。……はい、あーん」

「……お前というやつは、本当に用意周到だな」

ライオネル様は嬉しそうに苦笑し、私の手から直接串にかぶりついた。

――ムグッ。

「……美味い」

彼は目を細めた。

炭火の香ばしさと、濃厚な甘辛タレ。鶏肉の脂が口の中で弾ける。

「祭りの喧騒の中で食う焼き鳥が、これほど美味いとはな。……酒が欲しくなる」

「ふふ、お酒は宿に帰ってからにしましょう。……さあ、私も」

私は彼が一口食べた残りを、そのままパクリと食べた。

間接キスなんて、もう気にしない。

甘いタレの味と、彼と共有する秘密の味。

胸がいっぱいで、焼き鳥がいつもより美味しく感じる。

食べ終えた後、私たちは再び人混みの中へと戻った。

混雑する通りで、ライオネル様が私の肩を抱き寄せ、人波から守ってくれる。

その背中の広さと、体温の温かさに、私は身を委ねた。

ドン、ドン、ヒュルルル……ドーン!

夜空に大輪の花火が咲いた。

人々が歓声を上げ、空を見上げる。

色とりどりの光が、ライオネル様の横顔を照らしていた。

彼は花火を見つめたまま、静かに口を開いた。

「シェリル」

「はい」

「俺は、ここに来て良かったと思っている」

彼は私の方を向き、真剣な眼差しで言った。

「異国の地で、お前が料理で人々を笑顔にする姿を見て……改めて思ったんだ。お前はすごい女性だと」

「そんな……私はただ、美味しいものが好きなだけで……」

「それがすごいんだ。お前の料理には、世界を変える力がある」

ライオネル様の手が、私の頬に触れる。

「俺は剣しか知らなかった。だが、お前が教えてくれた。温かい食事の尊さを。誰かと食卓を囲む幸せを。……俺は、お前の作る『未来』を一番近くで見ていたい」

ドーン! と大きな花火が炸裂し、私たちの影を地面に焼き付ける。

「この旅が終わって、国に帰ったら……俺は、お前に伝えたいことがある」

「ライオネル様……」

それは、実質的なプロポーズの予告だった。

私の心臓が、花火の音に負けないくらい大きく跳ねる。

言葉にならなくて、私はただ頷いた。

彼の顔が近づいてくる。

花火の光の中で、唇が触れ合おうとした――その瞬間。

「そこまでだッ!!」

無粋な怒号が、ロマンチックな空気を切り裂いた。

ザッ、ザッ、ザッ!

提灯の明かりの下、武装した役人たちが一斉に現れ、私たちを取り囲んだ。

その数は三十人以上。

先頭に立つのは、あの陰気な式部卿の部下だ。

「貴様らだな! 禁忌の油料理を広め、民を堕落させた異国人は!」

「なっ……!?」

ライオネル様が私を背に庇い、瞬時に腰へ手を伸ばす――が、そこにあるのは剣ではなく、帯だ。

私たちは丸腰の浴衣姿なのだ。

「抵抗するな! 抵抗すれば、この女も同罪として斬り捨てる!」

役人が私に槍を向けた。

ライオネル様の動きが止まる。

「……汚いぞ。女を人質にするとは」

「黙れ! 貴様には『皇女誘拐』および『国家転覆罪』の容疑がかかっている! 神妙にお縄につけ!」

皇女誘拐? そんな馬鹿な。サクラ様は協力者なのに。

だが、これは罠だ。

私たちが流行らせた天丼が、式部卿の逆鱗に触れたのだ。そして、私たちを排除するために、最も厄介なライオネル様を狙い撃ちにした。

「ライオネル様、逃げてください! 貴方なら囲みを突破できるはず……!」

「ダメだ」

ライオネル様は静かに首を振った。

「俺が逃げれば、お前が狙われる。それに、ここで騒ぎを起こせば、サクラ皇女の立場も悪くなる」

彼はゆっくりと両手を挙げた。

「……俺一人でいい。この女はただの料理人だ。連行するのは俺だけにしろ」

「ふん、殊勝な心がけだ。連れて行け!」

役人たちがライオネル様に縄をかける。

彼は抵抗せず、最後に私を振り返って、強い瞳で微笑んだ。

「心配するな、シェリル。俺は頑丈だ。……少しの間、留守にするが、必ず戻る」

「ライオネル様……ッ!」

人波に紛れて、ライオネル様が連れ去られていく。

幸せなデートから一転、最悪の事態。

私は拳を握りしめた。

許さない。

私の大切な人を、理不尽な理由で奪うなんて。

料理を冒涜し、恋まで邪魔するなんて。

「……待っていてください、ライオネル様」

私は花火が消えた夜空を見上げ、決意を固めた。

「私の料理で、必ず貴方を助け出してみせます。……式部卿、覚悟なさい。この国の『食』ごと、貴方を断罪してあげるわ!」

夜の闇の中、私の戦いが始まろうとしていた。

武器は包丁。盾はエプロン。

そして味方は――屋根の上からこちらを見下ろしている、一匹の聖獣(神様)。

『みゃう(やれやれ。ようやく我の出番か)』

シロが青い瞳を光らせ、夜の街へと消えていった。