軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話「参考書を買いに行くだけ、のはずだった」

図書館から帰った日の昼過ぎ、俺はリビングのテーブルにノートを広げた。

父さんは昼飯を食べ終えたあと、麦茶を飲みながら新聞を読んでいる。

母さんは台所で食器を洗っていた。

今なら話せる。

いや、今しかない。

こういう相談は、後回しにすると妙に言い出しづらくなる。

前の俺はそれを何度もやった。提出物も、会社の報告も、親への連絡も、寝かせれば寝かせるほど重くなる。

参考書代の相談くらいでそんな大げさな、と思わないでもない。

だが、ここから先にあるのはパソコンであり、さらにその先には口座だの投資だのがある。

最初の一段を雑に踏むと、たぶん後で足首をひねる。

図書館を出る前、駅前の書店の話になった。

参考書の値段を見るなら実物を見た方がいい。俺がそう言うと、白石も夏休みに読む本を見たいから、買いに行くなら一緒に行こうか、と言ってくれた。

俺は反射で助かると答えたが、帰り道でようやく気づいた。

それは普通に、白石と待ち合わせをするということではないのか。

だから余計に、先に父さんへ話しておきたかった。

参考書を買うことも、駅前まで出ることも、白石と一緒に本屋へ行くことも。

「父さん、ちょっといい?」

父さんが新聞を少し下げた。

「参考書のことか」

「うん。図書館で候補をまとめてきた」

俺はノートを父さんの前に置いた。

白石に言われた通り、字はいつもより丁寧に書き直してある。

自分で見ても、少しよそ行きの字だった。

母さんが台所から少し顔を出す。

「あら、ちゃんとまとめたの?」

「買う前に見せろって言われたから」

「偉いじゃない」

そこで変に褒められると、少し照れる。

中身が三十二歳でも、親に「偉い」と言われると反応に困るのは変わらないらしい。

父さんはノートを見た。

数学。

解説多め。

基礎から確認できるもの。

英語。

単語と文法を戻せるもの。

夏休み中に終えられる量。

その横に、値段を見る、領収書をもらう、と書いてある。

自分で書いたものなのに、改めて見ると少し堅い。

参考書を買いに行く中学生のメモというより、会社の小さな稟議みたいだ。

「数学と英語か」

「うん。数学は解説が多いものがいいと思う。英語は単語と文法を戻したい」

「誰かに相談したのか?」

「白石に少し。問題集って、続けやすさも大事だって」

言ってから、また少ししまったと思った。

母さんが分かりやすく反応する。

「白石さん」

「勉強の話だから」

「何も言ってないわよ」

「言ってない時のほうが言ってるって、昨日も言った」

「そうだったかしら」

母さんは楽しそうだった。

父さんは咳払いをして、ノートへ視線を戻す。

助かった。

いや、助かってはいない気もする。

「いくらくらい必要なんだ」

「二冊なら、三千円くらいあれば足りると思う。文具も少し見るかもしれないけど、買うなら先に考える」

「五千円渡しておく」

「え、そんなに?」

「足りなくなるよりはいい。ただし、買ったものと領収書は見せろ。お釣りもな」

「分かった」

父さんは財布から五千円札を一枚出した。

それを受け取る時、少しだけ手に力が入った。

中学生の五千円は重い。

会社員時代の昼飯代や飲み会代とは違う重さだ。

母さんが横から言う。

「本当に参考書だけ?」

「本当に参考書」

「白石さんと一緒に行くの?」

急に言われたので、飲んでる途中の麦茶を吹き出すところだった。

「……図書館の帰りに、時間が合えば一緒に本屋に行くって話になった。白石も本を見たいって言ってたから」

「そう」

「その顔やめて」

「何もしてないわよ」

「してる」

母さんは笑いをこらえる気がなさそうだった。

父さんは五千円札を渡した手を引っ込めながら、少しだけ真面目な声で言った。

「遅くならないように」

「うん」

「それから、金を預かったなら使い道はちゃんとしろ」

「分かってる」

俺は五千円札を財布に入れた。

財布が急に分厚くなった気がする。

実際には紙一枚なのに、かなり違う。

父さんから借りた金。

いや、買ってもらうために預かった金。

無駄遣いはできない。

変な見栄も張れない。

そのはずなのに、白石と駅前の書店で会うかもしれないと思うと、参考書代とは別のところで落ち着かなくなった。

参考書を買いに行くだけだ。

ただの勉強の延長だ。

そう自分に言い聞かせながら、俺は財布を鞄にしまった。

◇ ◇ ◇

駅前の書店には、少し早めに着いた。

図書館の時もそうだった。

待ち合わせとなると、どうしても早く出てしまう。

社会人時代の癖なのか、単に落ち着かないだけなのかは分からない。

書店の入口には、夏休みフェアの小さな棚が出ていた。

読書感想文におすすめ、自由研究のヒント、夏のドリル。

小学生向けの派手な表紙が多い。

その横に、中学生向けの参考書が少しだけ並んでいる。

二〇一〇年の書店。

まだネットで何でも買うという感覚は薄い。

ネットショッピング自体はあるものの、実物を手に取って、厚さを見て、字の大きさを見て、紙の匂いを感じながら選ぶ。

前の人生で、俺はいつから本屋に寄らなくなったのだろう。

そんなことを考えていると、後ろから声がした。

「佐伯くん」

振り返ると、白石が立っていた。

今日は図書館の時とは少し違う服だった。

薄い水色のカーディガンを羽織っていて、鞄は同じもの。

髪は横で少しだけ留めている。

図書館の時も思ったが、制服ではない白石は、やはり少し見慣れない。

変に見つめるな。

落ち着け。

参考書だ。

数学と英語だ。

「お、おはよう」

言ってから、すでに昼過ぎだと気づいた。

白石が少しだけ目を丸くする。

それから、小さく笑った。

「もう、こんにちはかも」

「……そうだな。こんにちは」

「うん。こんにちは」

何をやっているんだ俺は。

挨拶でつまずくな。

白石は入口の棚を見てから、こちらへ視線を戻した。

「お父さん、大丈夫だった?」

「うん。五千円預かった。買ったものと領収書を見せること」

「ちゃんとしてるね」

「ちゃんとしてないと次がないからな」

「次?」

「いや、参考書を買う機会とか」

危ない。

雑な言い方をした。

白石は少しだけ不思議そうにしたが、深くは聞かなかった。

俺の言葉の端を拾っても、白石は本当に聞きすぎない。

その距離感が、助かる。

助かるのに、少しだけ申し訳ない。

「数学から見る?」

「そうしよう」

俺たちは参考書の棚へ向かった。

◇ ◇ ◇

中学数学の棚には、思ったより種類があった。

薄い問題集。

分厚い総復習。

漫画っぽい解説付きのもの。

定期テスト対策。

高校入試を見据えたもの。

中二の夏にどれを買うべきか。

大人の頭で考えれば、基礎の穴を埋めるものがいい。

しかし、分厚すぎると続かない。

薄すぎると、ただ終わった気分になるだけで身につかない。

俺は一冊を手に取って、ぱらぱらとめくった。

解説は多い。

ただ、文字がびっしり詰まっている。

「これは、田端なら三ページで寝るな」

小さく言うと、白石が隣で少し笑った。

「佐伯くんは?」

「俺は五ページくらい」

「あまり変わらない」

「解説が多いのはいいんだけど、見た目が重いな」

「こっちは?」

白石が隣の棚から一冊を取った。

表紙は地味だが、中は見やすい。

例題、解説、練習問題の順番がはっきりしている。

余白もある。

「これ、途中式を書く欄が広い」

「本当だ」

「佐伯くん、途中で急ぐ時があるから」

「図書館でも言われた」

「大事だから」

白石は真面目な顔で言った。

俺は少し笑いそうになる。

白石に途中式を注意される三十二歳。

情けないが、かなりありがたい。

値段を見る。

千二百六十円。

高い。

いや、参考書としては安い方だろう。

ただ、中学生の財布にはずっしり来る金額だ。

父さんから預かった五千円がなければ、買う前にかなり悩んでいたと思う。

「これ、候補だな」

「うん。続けやすそう」

白石がうなずいた。

次に英語の棚を見る。

単語帳、文法問題集、長文読解。

英語は、どこから戻すべきか迷う。

俺は前の人生で、仕事の簡単な英文メールくらいは読んでいた。

だが、中学英語の文法を説明しろと言われると、ところどころ抜けている。

冠詞とか三単現とか、社会人になってから感覚でごまかしてきた部分が、テストでは容赦なく点になる。

「英語は、これかな」

白石が薄めの文法問題集を手に取った。

「薄いな」

「夏休みに終わらせるなら、これくらいの方がいいと思う。分厚いのを買って途中で止まるより」

「耳が痛い」

「佐伯くん、買ったら最後までやりそうだけど」

「そう見える?」

「うん。でも、やることが多そうだから」

やることが多そう。

さらっと言われた言葉に、また少し引っかかった。

白石は、やっぱり見ている。

俺が参考書だけを考えているわけではないことを、薄く感じ取っている。

「これも候補にする」

俺は英語の問題集を手に取った。

値段は九百八十円。

二冊で二千二百四十円。

五千円から出せば、まだお釣りはかなり残る。

そこでふと、文具売り場が目に入った。

付箋、ノート、蛍光ペン、シャーペンの芯。

白石が使っているような、小さめの付箋もある。

「文房具も見る?」

白石が言った。

「買うかは分からないけど、少し見たい」

俺たちは文具売り場へ移動した。

◇ ◇ ◇

文具売り場は、参考書売り場より少しだけ楽しかった。

色が多い。

ペンの種類も多い。

ノートの表紙も、妙に選択肢がある。

中学生の頃の俺は、文具にこだわるタイプではなかった。

シャーペンが書ければいい。

ノートは安ければいい。

付箋なんて、真面目な女子が使うものだと思っていた。

今の俺は、付箋の価値を知っている。

社会人になって、付箋とクリップとファイル名の付け方に何度救われたか分からない。

ただ、それを熱く語ると中学生としてはかなり変だ。

白石は小さめの付箋を一つ手に取った。

「参考書なら、これくらいの大きさが使いやすいかも」

「大きいのじゃなくて?」

「大きいと、ページからはみ出すことがあるから。分からなかった問題につけるなら、小さい方が邪魔にならないと思う」

「なるほど」

「色は二色か三色くらいでいいと思う。多すぎると、何色が何か分からなくなるから」

実に白石らしい。

几帳面だが、やりすぎない。

「白石は、いつもどう分けてるんだ?」

「赤は間違えたところ。青はあとで確認したいところ。黄色は、たぶん大事なところ」

「たぶん大事」

「全部大事にすると、全部分からなくなるから」

「それ、かなり名言だな」

「え?」

「いや、何でもない」

白石は不思議そうに首を傾げた。

俺は小さめの付箋を一つ手に取った。

値段は百八十円。

これくらいなら、自分の財布から出せる。

「付箋は自分で買う」

「お父さんのお金じゃなくて?」

「うん。参考書代として預かったものだから」

そう言うと、白石は少しだけ目を細めた。

「佐伯くん、そういうところ、ちゃんとしてる」

「小野にも言われた」

「うん。でも、たぶん大事」

その言い方が妙にまっすぐで、俺は返事に困った。

白石は、俺を褒めようとしているわけではないのだと思う。

ただ、見たことをそのまま言っている。

だから余計に、逃げ場がない。

付箋を持ったまま、俺は棚の前で少し黙った。

「佐伯くん?」

「いや、ありがとう」

何に対するありがとうなのか、自分でも少し分からなかった。

白石も少し迷ったような顔をしたが、うなずいてくれた。

◇ ◇ ◇

レジに向かう時、俺は手の中の参考書をもう一度見た。

数学の問題集。

英語の文法問題集。

付箋。

参考書二冊は父さんから預かった金で買う。

付箋は自分の財布から出す。

分ける。

たったそれだけのことが、少し大事に思えた。

レジの前には、親子連れが一組並んでいた。

小学生くらいの男の子が、自由研究の本を抱えている。

母親らしい人が「ちゃんと読むのよ」と言い、男の子は微妙な顔をしていた。

以前の俺も、あんな顔をしていたのだろう。

いや、今もあまり変わらないかもしれない。

順番が来る。

俺は参考書二冊と付箋を分けて置いた。

「参考書と、これは別でお願いします」

店員が少しだけ不思議そうにしたが、すぐに会計してくれた。

参考書二冊で二千二百四十円。

付箋が百八十円。

俺は父さんから預かった五千円札を出し、参考書の会計を済ませる。

領収書をお願いする時、少しだけ緊張した。

「領収書、お願いします」

中学生が領収書を頼むのは珍しいのか、店員は一瞬だけこちらを見た。

でも、何も言わずに書いてくれた。

白石が隣で静かに待っている。

その視線があるせいで、余計に背筋が伸びた。

付箋は自分の財布から小銭を出して買った。

財布の中身が少し軽くなる。

それでも、悪くない軽さだった。

店の外に出ると、白石が小さく息を吐いた。

「領収書って、初めて近くで見たかも。レシートみたいな感じなんだね」

「俺も中学生としては初めてかもしれない」

「中学生としては?」

「……変な言い方したな」

白石が少しだけ笑った。

危ない。

時々、こういうところで言葉が滑る。

俺は袋の中の領収書を確認した。

お釣りは二千七百六十円。

そこまで多い金額ではないはずなのに、財布の中ではかなり存在感がある。

「ちゃんと返すんだよね」

白石が言った。

「もちろん。預かった金だからな」

「佐伯くんらしい」

「そうか?」

「うん」

その「らしい」が、少しうれしかった。

同時に、少し怖かった。

俺らしい、という言葉の中に、本当の俺はどれくらい入っているのだろう。

十四歳の佐伯悠真。

三十二歳まで生きた俺。

その混ざったものを、白石は今見ている。

白石は、そこまで知らない。

知らないまま、俺らしいと言ってくれる。

そのことが、また少し胸の奥に残った。

◇ ◇ ◇

駅前の通りは、昼下がりの熱気で少し白く見えた。

車道の向こうで、バスがゆっくり停まる。

商店街のスピーカーから、少し古い曲が小さく流れていた。

自転車に乗った高校生が、アイスの袋を持って通り過ぎる。

白石と二人で、書店の前の日陰に立っている。

ただそれだけなのに、妙に落ち着かない。

小野や田端がいれば、もう少し騒がしかったはずだ。

杉浦がいれば、部活の話になっただろう。

でも、今はいない。

参考書を買いに来ただけ。

白石は本を見に来ただけ。

そのはずなのに、二人でいる時間は、どうしてこんなに変に静かなのか。

「白石は、何か買うのか?」

沈黙に耐えきれず、俺は聞いた。

「今日は見ただけ。欲しい本はあったけど、家にまだ読んでない本があるから」

「堅実だな」

「佐伯くんに言われると、少し変な感じ」

「俺、そんなに堅実そう?」

「堅実というか、先のことを考えすぎてる感じ」

言われて、少しだけ言葉が詰まる。

白石は慌てたように首を横に振った。

「悪い意味じゃなくて」

「分かってる」

「でも、時々、少し遠くを見てる」

その目の奥に何があるのかまでは、俺には分からない。

ただ、白石の声が少し慎重になったことだけは分かった。

「遠くか……」

「うん。図書館でも、今日も」

言い訳ならいくつか浮かぶ。

将来のことを考えている。

進路のことを考えている。

勉強を頑張りたいだけ。

どれも嘘ではない。

でも、全部ではない。

「たぶん、前より考えることが増えたんだと思う」

俺はそう言った。

白石は、こちらを見たまま黙っている。

「でも、今やることを飛ばしたらだめだとも思ってる。だから、参考書」

「うん」

「まずは、数学と英語」

「途中式もね」

「そこもか」

「そこも」

白石は少しだけ真面目な顔で言った。

思わず笑ってしまった。

重くなりかけた空気が、少しだけ戻る。

「じゃあ、ちゃんとやる」

「うん」

白石がうなずく。

その短いやり取りだけで、袋の中の参考書が少し重くなった気がした。

嫌な重さではない。

誰かに見られている重さ。

やると言ったからには、やらないといけない重さ。

白石は駅の方を見た。

「私、こっちだから」

「ああ。気をつけて」

「佐伯くんも」

そこで一度、会話が途切れた。

白石は鞄の持ち手を握り直す。

何か言おうとしているように見えた。

「今日は、誘ってくれてありがとう」

誘った。

そう言われると、急に変な意味が乗りそうで困る。

実際には、参考書を見るのを手伝ってもらっただけだ。

「こっちこそ。助かった」

「うん」

白石は小さく笑った。

その笑顔を、俺はまっすぐ見すぎないようにした。

目を逸らしすぎるのも変なので、袋の持ち手を少し握り直す。

「また、図書館で」

「うん。また図書館で」

白石はそう言って、駅の方へ歩いていった。

俺はその背中を少しだけ見送ってから、反対方向へ歩き出した。

袋の中で、参考書がかさりと鳴る。

参考書を買いに行くだけだった。

それだけだったはずなのに、帰り道の暑さは、行きより少し違って感じた。

◇ ◇ ◇

家に帰ると、父さんはリビングにいた。

母さんも洗濯物を畳んでいる。

俺は鞄から書店の袋を出し、テーブルの上に置いた。

「買ってきた」

父さんが顔を上げる。

「見せてみろ」

俺は参考書二冊と領収書を出した。

それから財布からお釣りを取り出す。

二千七百六十円。

小銭がテーブルの上で小さく鳴った。

「これ、お釣り」

父さんは参考書を見てから、領収書を見た。

それから、テーブルの上のお釣りを見る。

ほんの少し、意外そうな顔をした。

「全部返すのか」

「預かった金だから」

「文具は買わなかったのか?」

「付箋だけ買った。でも、それは自分の財布から出した」

母さんが洗濯物を畳む手を止めた。

「そこまで分けたの?」

「参考書代として預かったから」

「……悠真、ずいぶんしっかりしたわね」

母さんの声には、からかいが少し混ざっていた。

でも、今回はそれだけではなかった気がする。

父さんは領収書をもう一度見て、短く息を吐いた。

怒っている感じではない。

むしろ、少し困ったような顔だった。

「ちゃんとしてるな」

「一応」

「お釣りは取っておけ」

「いいの?」

「必要な文具でも買え。遊びに使うなとは言わないが、使い道は考えろ」

「分かった」

父さんはお釣りを、俺の方へ戻した。

思ったより、うれしかった。

金額もそうだが、それ以上に、返そうとしたことを見てもらえた感じがした。

「次に何か必要な時も、先に言え」

父さんが言った。

その言葉は、参考書より少し重かった。

「うん。ありがとう」

俺はお釣りを受け取り、財布に戻した。

財布は朝より少し軽く、でも昨日より少し重くなった。

母さんがにこにこしながら言う。

「白石さんとは楽しかった?」

財布を落としそうになった。

「参考書を買いに行っただけ」

「そう」

「本当に」

「分かってるわよ」

分かっている人の顔ではなかった。

父さんは咳払いをして、参考書を俺の方へ押し戻した。

「買ったからには、ちゃんとやれ」

「分かってる」

俺は参考書二冊を受け取った。

数学。

英語。

途中式。

続けやすさ。

白石の言葉が、袋の中にまだ残っている気がした。

部屋に戻ったら、まず名前を書こう。

それから、最初のページを開く。

買っただけで満足して終わるのは、前の俺がよくやった失敗だ。

今度は、そこから変えないといけない。

俺は参考書を抱えて、自分の部屋へ向かった。