軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

荒野の聖女6

風景があっというまに後ろに消えていった。

あまりの速さに目が追いつかないくらいだ。

ごうごうという風の音に混じって神父様の声が聞こえる。

「風よけの魔術は施してあるけど、あんまり首を伸ばすと危ないよ?」

風よけの魔術……なるほど、だから息ができるのか。

ものすごく風の音がする割には、息が普通に出来てちょっと驚いていたところだった。

これは助かる。息が出来るのは大事だ。まともにこのスピードで移動していたら、多分風が強すぎて私は息が出来なかっただろう。

そして神父様にがっちりとつかまっているおかげで、ロロの体がしなやかに、とても激しく動いていても振り落とされる気配もなかった。

これ、もしや神父様がいなかったら、私は半泣きで必死にロロにしがみついていたかもしれないな……。

そして最後は力尽きて、あっさり「ぽーん」と後ろに振り落とされる自分の姿が見えたような見えないような。

さすがにその前にロロがスピードを落としてくれるとは思うけど……。

今まで私はどうやらオリグロウに近いところにいたらしく、しばらく人気が無い荒野といえる場所を進んでいたのだが、そのうち前方に少しずつファーグロウ軍のいるところが近づいて来たのが見えてきた。

神父様のお陰で、私には周りの様子を窺う余裕があった。

前方に広がるファーグロウ軍を、全体にぼんやりと黒い煙が覆っているのが視える。

あれは……たくさんの人の、病気……?

すぐ近くでロロの大量の魔力を感じているせいか、私はそのロロの魔力をも利用して視ることができるようだった。

軽々と遠くまで「視える」のだ。

前方のファーグロウ軍に意識を集中すると、まるでそこに行ったかのように拡大してファーグロウ軍の様子が視えるのだった。

あちこちで何人もの人が高熱を出しているらしく、てんやわんやしているのが手に取るようにわかる。

これは……今は発症していない人たちも、きっとそのうちの大半が発症するだろう。なにしろ濃淡はあるものの、ほとんどの人に黒いモヤがかかっている。

初めてのウイルスなのだったら、この大量の人たちがみんな、免疫を持っていない。

さすがにこれはまずい……。ここには病院も薬も、きっと十分な消毒薬さえもないのに。

これはこのまま放っておいたら大変なことになってしまう。

でも私は今はレクトールを助けないといけないから……ここは素通り…………。

出来ないな。

うん無理だわー。それは無理だわー。

今まさにレクトールが必死に助けようと頑張っている、大勢のレクトールの部下たちを。

その人たちを見捨ててレクトールだけを助けるなんて、そんなことは私には出来ない。

お人好し?

なんとでも言うがいいさ。私は私に出来ることはやるのだ!

私はほとんど無意識に、ぐんぐん近づいてもう目の前になった黒い煙に覆われているファーグロウ軍に向けて、まっすぐに魔力を向けた。

はらえーはらえ! まとめて全てはらってしまえ!

ぜーんぶ全部、吹き飛ばせ!

引っこ抜いて、蹴散らして、ぜーんぶ消えて無くなってしまえ!

大勢のファーグロウ軍全体にかかる黒い煙を、私はできる限り力一杯吹き飛ばし始めた。

でもさすがに範囲が広くて簡単には無くならない。

「ロロ! ファーグロウ軍の、端から端まで駆け抜けて!」

「にゃあああん!」

『はいにゃー!』

横に広がったファーグロウ軍を、縦にただ突っ切るだけでは左右に遠いところのファーグロウ軍にまではさすがに魔力が届かなかった。

だけれど一部の人だけ助けるのでは、嫌じゃない?

幸い私の魔力はまだまだたくさんある。そしてどうやらこのあふれ出る大量のロロの魔力も借りられそうだ。

ならば、出来るだけたくさんの人を救いましょう!

出来るだけ早く。

出来るだけ確実に。

出来るだけ広範囲で!

せっかくだから、大勢の人をまとめて一気に! できるだけ高出力で!

私は今までにないほど頑張って、「癒やし」のスキルをばら撒き始めた。

「ちょう……アニス……ちょっとやり過ぎじゃあないかね……今は全員は無理じゃよ……」

前から神父様が何か言ってくるけれど、いつしか夢中になって魔力を放っていた私は神父様の言葉をあまり理解しなくなっていた。

私はファーグロウ軍の周りを疾走するロロの上から、ひたすらに魔力を放出した。

いつしか私の放出する大量のスキルがキラキラと光る浄化の光のように、周囲を照らしながら黒い病の煙を押し流し、そして霧散させていった。

ロロが駆けるところから、私の視える限りの広範囲へ。たとえ見えなくても、黒い煙が「視えた」範囲全てを、持てる全てのスキルの光で気持ちよく病魔をなぎ払っていく。

はらえ……はらえ……!

癒やしの光で黒い闇をはらえ!

いつしか私は何も考えず、まるでただ魔力を放出する機械仕掛けの人形のように何も考えずに、片っ端から視える黒い煙を浄化していったのだった。

私の魔力はいつしか、今まで想像も出来なかったくらいに一気に放出できるようになっていった。

そうなると、とても気持ちが良い。

私は恍惚としながら魔力を拡散させた。

スキルが視えるって、便利だね。どこまで届いているのかが一目瞭然だ!

遠くまで癒やしの光を行き渡らせて……さあ、全てを、全てを浄化するのだ――――!

「アニス……ちょ……眩しい……目が潰れそうじゃ……痛……かんべん……」

なにやら神父様が文句を言っているけれど、よくわからない。

ああ、気持ちいいわね。

見渡す限り、ぜーんぶ綺麗にしましょうね……!

いつしか黒い煙が見当たらなくなったとき、私はやっと我に返ったのだった。

あらあ? 終わっちゃった……?

いつしか日が暮れていて。

我に返った私たちを、夜の闇が覆っていた。

「……終わったか……? やっと終わったんか……? ゼイゼイ……じゃあロロ、将軍のところまで帰っておくれ……ワシはもう力が尽きる前に帰りつきたいんじゃよ……」

あれ、神父様が疲労困憊している?

「大丈夫ですか? 神父様。ちょっと寄り道が長かったですかね。疲れは取っておきますね」

神父様の黒いモヤモヤをその場でささっと祓う。

「おお助かるよ……ああ、ちょっと楽になった」

私としても神父様が転げ落ちていなくて、よかった。

「ではロロ、急いでレクトールのところに行きましょう」

「にゃお゛ん!」

『はいにゃー!』

ファーグロウ軍と拠点の城の間には、民間の人たちはほぼいない。

それでも後方支援部隊らしき人達がいるところに視えた黒い煙もついでにちゃっちゃと祓いつつ進む。

そしてとうとう、懐かしの拠点の城に着いたのだった。

「ふうぅ~~、思っていたより、過酷な旅じゃった……」

着いた早々、そう言いつつ神父様がロロの横に転がり落ちたようだけれど、今は神父様は病気ではないのでそのまま休んでもらいましょう。

私はロロから飛び降りると、そのまま急いでレクトールのいる場所に走った。

彼はどうせ執務室だ。そう当たりをつけて。

「聖女様!」

「お帰りなさい! 聖女様!」

「将軍はこちらです!」

そう言ってくれる城の人達の黒い煙も走りながら祓う。

先ほど視えていた光の名残のように、キラキラしたものが人々にふりかかっては煙たちがあっさりと消えていった。

どうやら私、スキルレベルが上がったみたいね? なんて楽ちんなんでしょう。

しかしこの城の中にも、すっかりウイルスが入り込んでいたということか。

私がいない間に、こんなことになっていたなんて!

そしてレクトールがいたのは、やはり彼の執務室だった。

バアン!

走ってきた勢いそのままに、彼の部屋のドアを開ける。

ゼイゼイゼイ。

そう息を切らして見た先には。

そこにいたのは、高熱でぐったりとしながらも気力だけで椅子に座るレクトールの姿だった。

って!

ちょっと、煙で真っ黒じゃないの……!

本当に、レクトールよね? 本体がうっすらしか見えないよ!

「あれ……アニス……? 夢……?」

だが聞こえてきた弱々しい声が、レクトールだった。

だから!

そんなになっても仕事するとか、あなた熱出しているのに頑張りすぎなのよ!

周りも迷惑でしょうが! でも知ってる! そういう人だって……!

私は彼の前まで駆け寄ると、即座に、彼の病魔の煙を祓ったのだっ……。

はら……祓っ……あれ、祓えない!?

「え……?」

ここにきて、まさかの魔力切れとかないよね。

一瞬そう思ったくらいには、私の魔力が「届かなかった」

いや、でも今までと同じよ? これで他の人なら簡単に祓えたよ!?

なのに、レクトールにだけはものすごく効きが悪いのは、なぜ!?

…………まさか足りないというのか……?

私の魔力とスキルでは、足りないというのか!?

「ああ……アニス……たとえ幻覚でも……最期に君に……会え……嬉し…………」

「いや本物だから! 幻覚じゃないから! ちょっと自分でも気合い入れて? 私も頑張るから! はい諦めない!」

レクトール! 気をしっかり持って! 気障に微笑んでいる場合じゃないから!

やめろ! 雪も降るんじゃない!

窓の外に白い雪がちらついたのが見えて、私は恐怖に震えた。

まさかこれが、シナリオの強制力……?

これが、運命の、力!?

いやいや、運命とか、変えられるでしょうよ! というか変えないと……!

何のために私は今まで頑張ってきたんだよ!

彼を死なせないためでしょうが!

しかし黒い病気の根が深くレクトールに根ざしている感じで、どう頑張っても引っこ抜けないのだ。

私の魔力は切れてないよ? まだそんな感じは全然しないよ?

なのにそれでも足りないとか、無いでしょおおお!?

なんでビクともしないのよ!

私が焦って半泣きになったその時、ロロがいつの間にまた子猫の姿に戻って、ひらりと私の肩に飛び乗って言った。

「にゃああぁーん!」

『主は私の魔力も使って、いいのよー!』

「あっロロ……! ありがとう! じゃあ遠慮無く!」

そして。

ええーーーいいぃぃ!!

どっっっこい……しょおおぉぉーーーっ!!

ちょっともう、品とか格好とかは全て放り出して、私はロロから借りられる魔力を目一杯借りて自分の残りの魔力と撚り合わせ、スキルの両手と全身を使った渾身の力で彼から全ての病魔を引っこ抜いて、かなぐり捨てたのだった。

ぶっちーーっ!

とうおおおぉぉ!!

彼から引っこ抜いた山ほどの黒々とした煙が、一瞬行き場を失って空中に渦を巻き、そしてとうとうふいっと消えた。

みるみるレクトールの顔に生気が戻っていく。

そう! その顔よ!

あなたにはそんな、爽やかでニヤけた偉そうな顔の方がお似合いなのよ!

「あれ……本物のアニス……?」

とたんに目に力が入ってこちらを見る彼。

「そう! 本物! 私、帰ってきたの。ただいま!」

私はレクトールににっこりと微笑んで、帰宅を宣言したのだった。

ああもう本当に、よかっ……た……!

私は安心したせいか、どっと出てきた疲れに押しつぶされつつも力の入らなくなっていく右手をなんとか振って、最後の力でこの城全体の煙を祓ったのだった。

ぜーんぶ全部、消えてしまえ。

この城なんて、ファーグロウ軍全体に比べたら小さな点だ。

そしてスキルの目で視たかぎりはもうどこにも黒い煙は視えなくなって、それを視たら安心して気が抜けて、私は急に視界が暗転していったのだった。

うん、さすがにちょっと、やり過ぎたね……少し、休ませて……。

なんだか突然ふわりと温かくなって、猛烈に眠気が……うーん、心地いい……。

「アニス! 死ぬなっ……!」

そんな声が近くで聞こえたような気がするが。

いや、死なないよ。ただちょっと、疲れ――――