軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

状況5

そんな彼がいつか古女房に飽きた暁には、即座に、かつ角が立たないように円満に離婚に持っていくなんて、きっと簡単なことだろう。そしてそれまでは大事な愛人を隠しておくことも。

きっと私がぼーっとしている間に、全ては彼の思い通りに終わるのだ。

振り回されて波瀾万丈、そんな人生は目指していないのに。

私はいつか身の丈にあう平凡な、そして穏やかな愛情で結ばれた夫が欲しい。そして穏やかな人生を全うしたい。

こんなに全方位的に派手な夫なんて、まったくもって求めてはいなかったのだ。

「えっくしっ」

「だから服を着てください」

「……はい」

寝室に消える夫(仮)を眺めながら、私はため息をついた。

このごろよく考えるのは、レクトールが「スカウトのプロ」であることだった。

ちょっと見回しただけでも、うっかり情にほだされてなんだかいい気分になって、その結果喜んでこの城で彼のために働いている人のどんなに多いことか。

気がついたら私もその一人になっているし。

だからだんだん彼のこの吐き出す甘言が、私に「聖女」としてレクトールの軍でこの先もずっと働かせるための、スカウトに聞こえてきた今日この頃。

ひたすら甘言を投げかけられ、しかし身の危険なぞは微塵も感じず、一定の距離を保ちつつ甘やかされる私。

彼の態度が言っている。ほおら大丈夫、何も考えずに飛び込んでおいで。

でも飛び込んだら……どうなるのだろう?

王子妃として、そして聖女としての生活と義務。

それらを表面だけでも繕うだけで、どれだけ大変なのかはここで骨身に染みている。

やれている? おかしくない? 彼に恥をかかせていない?

そして……一生できる?

今でもキラッキラな夫と一見優雅にお茶をしていても、頭のどこかでは「音を立てずにカップを置かなければ」とか、「カップは握り込まずに指先だけでって、ちょっとつらい」とか、「おかわりするのも面倒だから本当は大きなマグカップでごくごくいきたい」とか、「この総手刺繍クッション、うっかりお茶をこぼしたら水洗いできるのかしら。まさか廃棄じゃないよね……?」とか、アリス先生の指導やら元々の貧乏性やらのおかげでずっとびくびくしているというのに、それを、一生?

だけれど一見理想的で美味しそうなこの夫(仮)というご馳走を目の前にして、私は今、ひたすらお預け状態に耐えている。私の口はもう、彼を早く食べてしまいたいとうずうずし始めてしまったのだ。

やめろ、私。

あれはきっと食品サンプルだ。

見かけに騙されてうっかり食いついたら、きっと不味いに違いない。

うっかりその気になったら最後、「妻」かつ「聖女」として彼に好きなだけこき使われて、だけど本当にそこに愛があるのかはいまひとつ実感出来ない言葉だけ甘いチャラ男との、つまりは今のこの生活が永遠に続くのだ――。

ガターン!

「どうしました! 大丈夫ですか!」

突然レクトールの消えた寝室から大きな物音がして、慌てて私はドアに駆け寄った。

まさかこんな場所で罠なんかないだろうと思いつつ、急いでドアを開ける。

焦って開けたドアの中では、棒立ちしているレクトールが、足下に倒れた豪華で重そうな魔石スタンドを見下ろしていた。

「……なにをやっているんですか。あなたは無事ですね?」

安心したついでに安否確認するのはいつもの癖だ。

「ちょっと服を着ようとしてぶつかったようだね。こういうときに服を着せてくれる奥さんがいたら、こんな事にならないんだけどな」

こちらを見て、意味深に笑っているけれど。

「なにを世迷い言を……私の育った世界では子供でもちゃんと自分で着替えるんですよ。それに普段は上手に着替えているではありませんか。だから頑張って。あ、もちろんその倒れたスタンドも自分で起こしてくださいね。いくら魔石のランプで火事の心配はいらないといっても、暗闇で躓いたりしたら危ないですから。ではおやすみなさいー」

そう言って私はにっこりしてからドアを閉めた。閉め際に不満そうな声が聞こえたが。

「手伝ってくれないのー?」

やらないよ。そこはあなたの寝室ではないか。しかも夜。意味深すぎてドキドキするわ。なんで彼がケロッとしていて私だけがドキドキしないといけないのだ。ああ理不尽。

でも彼が無事で良かった。

彼の寝室をうっかり見てしまったけれど、さすが主寝室、広かったわね。そして内装が男性的で趣味が良かった。

豪奢で高級な雰囲気の寝室で、こちらに流し目を送る半裸の美貌の男性。

……さすが女性向けゲームのキャラクター、しかもラスボスだ。女性の萌えるツボをきっちり押さえたこの環境と人物設定。否が応でも惹かれる要素ばかり。

思い出せ私。あれは食品サンプル。みんなに人気なアイドル的な何か。

華やかな表の姿の裏の、人間的な真実の姿を知ったらきっと落胆するに違いない……!

ゴン!

「痛ってえ!」

うん、かわいいね……。

あれ、これが真実の姿?

本当に、嫌いじゃないんだよ、そういうところ。むしろ好みだったりするんだよ。ああ悩ましい。

今ではあの寝室の中でどんな顔で文句を言っているのかもわかるようになってしまった。

なにしろ四六時中一緒にいるのだから。

人生の中ではきっと短い、でも密度の濃い時間。

私はこの短い偽装夫婦である間だけでも、この人のプライベートを感じて覚えておこうと思ったのだった。

きっといつか、懐かしく思い出せる日が来るだろう。

居間のソファに座ってはぁとため息をついていたら、珍しく起きてきたロロが私の膝に乗ってきた。小さくて温かな体を撫でながら言う。

「ロロはずっと一緒にいてね?」

「にゃーん」

『もちろんよー』

そう、私はひとりぼっちにはもう、ならない。

なのに将来を考えると、寂しくなるのはどうしてだろう?

そんな端から見たら美しい相思相愛、だけど実態は相変わらずの仮面夫婦な、ある日。

トラブルの種、いや元凶が、まさかあちらから飛び込んで来るとはさすがの私も想定していなかったです。はい。

なぜファーグロウにいるんだ、そしてなぜこの城に来たんだ、ヒメ!