軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.男3人はまた語り合う

「フィーナ様、やっぱり色々ご存知でしたねぇ」

今日も今日とて、男3人はまたレオナールの部屋に集まって、明日の下準備をしている。フィーナから借りた資料は当然複写されていないので、それぞれが目を通さなければいけない。一人が目を通している間に、他の2人は今日の視察に関することと、明日以降のこと等いくらでも考えなければいけないことがあるので、誰一人暇な時間はない。本来、湯浴みを終えた後は脳をさっさと休ませるほうが質のよい睡眠をとれるはずだが、彼らにはあまり関係がないらしい。

「そうだな」

「貴族令嬢の口から『治水』なんて言葉が出るとは思いませんでしたよ」

「そうですよね」

ヴィクトルもマーロも気になったところは同じだったようだ。勿論、レオナールもそうだ。

「相当レーグラッド男爵と一緒にいたんでしょうねぇ」

「いや、一緒にいた、という表現は失礼かもしれない」

「え?」

「案外と、理解しているんじゃないかな……」

そのレオナールの言葉に2人は驚く。

「どうしてそう思われるんですか?」

手元の資料を見ながら、レオナールはマーロの問いに答えず口を閉ざす。彼は、視察先でのフィーナとの会話を思い出していた。

『何故ここを最初に選んだのかわかるか』

『わ、かり、ません』

『そうか』

『……わかるように、なれる、でしょうか』

わからないのは、嘘ではないだろう。だが、貴族令嬢ならばそんな問いに答えられなくて当然だ。だが、彼女は瞬時に何かを考え、そして「わからない」とはっきりと判断をした。知識もなく何をわかるはずもない者ならば、簡単に「わかるわけがない」と言うかもしれない。あるいは、トンチンカンなことでも色々と口に出すかもしれない。わからないので教えてください、とあっさりと答えを聞くかもしれない。

だが、フィーナはどれでもなかったし、絞り出したその声音は低く、レオナールがようやく彼女を見れば、いっさい彼女はレオナールを見ることなく、ただひたすら目の前の光景を睨みつけていた。まるで、ヴィクトルやマーロがやっていること、すべてを目に焼き付けなければと思っているように。本当のところはわからない。だが、レオナールは彼女が何かしらの強い意志を伴ってあの様子を見ていたということは感じ取っていた。

『わたしごときが、わかるわけはないんです。それぐらい理解しています。ごめんなさい。出過ぎたことを口にしました』

それは、はっきりと「わかるようになりたい」と言ったも同義だ。そんなことがあるだろうか。いくら父親の仕事ぶりを見ていたとはいえ、教育を受けるはずもない貴族令嬢が、立て直し公と呼ばれる自分たちが来たことで「これで安心だ」と両手をあげて楽観視することもなく、理解したいなどと思うだろうか。

「レオナール様~~! 言うだけ言ってだんまりですか!?」

「少なくともわたし達が行うことを理解したいという姿勢を持っていることはわかったのでな」

「ええ? それだけですか?」

拍子抜けだなぁ、とヴィクトルは肩を竦める。が、部下2人は、レオナールが何の根拠もなくそんなことを言う人物だとは思っていない。きっと、何か自分たちが動いている隙にレオナールとフィーナとの間に何かがあったのだと思う。

「とりあえず、一番気になった場所は確認出来たからひとまず良いとして……明日以降、視察や財務資料の確認をしつつ、平行してレーグラッド男爵が綴っていた日々の報告書をざっくり確認しよう。併せて、男爵がお亡くなりになった後、フィーナ嬢が同じ書式で書いていたらしい報告書も」

「はい。いや、それ本当に残しておいてもらって助かりましたよね。今まで行った場所、みんな記録が大雑把で……」

書類が残っていないわけではないのだが、報告書はあくまで報告書であって、その時目を通せばよいだけの一過性のものと考えられている節がある。

領地への改革は一朝一夕で出来るものではないし、積み重ねるものは時に積み重ねた過去のものを確認する必要も出て来る。その時に探せる形にはなっていないことがほとんどだ。

だが、レーグラッド男爵がここ2年近く書き留めた資料は、後から確認がしやすい形になっていたし、分類上「こちらの資料とも一緒にしておきたい」と思えるものは複写してあるか、あるいは「どこどこの資料に含まれている」と参考資料の場所まで書き添えられていて、王城の記録管理係と同じレベルの管理をしていると彼らには感じられた。

「そう思えば、それほど優れていたレーグラッド男爵の娘であれば、普通の貴族令嬢と違っても不思議はないか」

「あ~、確かにそうですね……でも、ちょっと、気になるんですけど」

「なんだ」

「そこまでレーグラッド男爵が優れていたなら、戦争に入る前にもうちょっと蓄えが出来てた気がするんですよねぇ」

「そうだな」

「まあ、追い詰められたら本気出た、みたいなやつかもしれないですけど」

その2人の会話でマーロは思い出したように

「そういえば、改革計画書の中で、このひとつき動いていない部分がありますよね」

「ああ、鉱石の採掘の件だな」

「調査出来る専門家の確保が出来なかったから止まっているんでしょうか。確かに採掘そのものは時間がかかるので後回しでも良いと普通は判断する部分ですけど……」

「いや。あの計画書に入っている以上、優先度は高く設定されている。既存の産業だけでは難しいということで手っ取り早く作物の選定をしてはいるが、そちらと鉱石の採掘は趣旨が違う。調査のための初期投資はかかるが、見込まれている鉱石が発見されればもしかすると対外的にも優位に立つための手段に即なり得るだろう」

「どうしますか? さっさとこっちで専門家手配します?」

「初期投資がかかるのだから、財務表の精査の後だ。先走り過ぎるのもよくない」

「確かに」

3人はしばらくあれこれと話してから解散をした。ヴィクトルとマーロが出ていくと、レオナールは翌日の準備を手早く終える。

(少し体がなまっている……立て直し立て直しと言われ続けて、言い続けて、きっと剣術の腕も落ちているだろうしな……)

留学先の大国では、本当に朝から晩まで予定が詰まっていた。あの日々を思えば、今はまだ可愛い方だ。国が敗戦国になることは第三者の立場で見ていたため当然だと思えたし、だからこそ「どんな噂をされようと、戦が終わるまで国に戻って来るな」と彼に告げた前公爵である父親の気持ちはわかる。

噂というのは、ハルミット公爵は戦争が起こることを前もって知っていて、長男を国外に逃がしたのでは、という、根も葉もないものだ。それらを、彼の父は否定し続け、かつ、戦が終わるまでレオナールを呼び戻さないことだけは何がなんでも守り通した。

レオナールは、戦犯の一人として自分の父親が処刑されるだろうと早くから腹を括っていたし、ならば、自分が帰国と同時に爵位を継ぐだろうとも覚悟していたし、実際、そうなった。そのせいで、また口さがない噂が流れた。戦争を経験もしていない者が公爵になって、復興の功労者になろうとしているのか。前ハルミット公爵は公爵家保身のためにそのような手段に出たのか、という、そう思われても仕方がない、けれど事実とは異なる噂だ。

それらを払拭するためには、彼が公爵であっても爵位にそこまで執着がないこと、あくまでも国民たちのために帰国をしなかったことを知らせる必要があった。だから、この2年半、馬鹿馬鹿しい「立て直し公」なんていう名をつけられつつも、奔走し続けた。

だから、彼を狙っている令嬢たちの親が、実は裏で彼のことを悪く言っていることも知っている。彼が立て直しに携わった貴族たちは彼に恩義を感じているが、立て直しの必要がない、レオナールからすれば「金があるならこちらのことは放っといて国のことを考えてくれ」と言いたくなる貴族たちは、あまり彼をよく思っていない。そして、その金がある貴族の令嬢までもがレオナールを狙うのだからうんざりだ。

「女性たちに罪はないのだが……」

ぽつりとそんなことが口から出て、彼は「おいおい」と自嘲の笑みを浮かべた。ここ数日はそんな女性から解放されていたはずなのに、どうしたことかと思う。

(ああ、フィーナ嬢がそういう人ではなさそうだから安心しているのか)

まだわからない、たった2日だ。正確には1日半。

それでも、初日にガタゴトと椅子を自力で運ぶ姿はちょっとおもしろかったし、何より視察に行っても一貫して彼女は熱心に話を聞いてくれたし、思うところがあれば時に考えを口にしてくれた。そして、それらはとても好ましいと思えたのだ。

(多分、彼女はなんらかの教育を受けている。それがどうしてなのかはわからないが……この国にはもう少し彼女のような人が必要だろう。女性でさえもあれぐらいの話が出来るというのに、何故貴族令息が育たないのか……やはり、現状の教育機関での教えはレベルが低い。そこを強化しなければこの国はいつまで経ってもこのままだ)

この国の教育には色々と問題がある。きっと大国に留学していなかったら、自分はそれもよくわからないまま、自分が言うところの無能になっていたに違いない。彼は心底自分の父が有能で聡明な人物でよかったと思っている。

(しかし、ああいう女性であれば、彼女より無能な夫をあてがうわけにもいくまい。今はまだこちらの出方を窺っているようだが、多分彼女は)

色々わかっているのだ。だが、わかっているとは言えない。それを公に示してしまえば、のちのち嫁入りであろうが婿取りだろうが、どちらも難しくなることを知っているからだろう。レオナールはあまりに正確にフィーナの思考を推測する。

『わたしごときが、わかるわけはないんです。それぐらい理解しています。ごめんなさい。出過ぎたことを口にしました』

何故か、あの言葉が忘れられない。それは、レオナールに向けた言葉であったが、どこか。

彼女が彼女自身に向けた言葉に聞こえたのだ。