軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.行き遅れ令嬢の奮闘

「何度手紙を出しても!」

「うん」

「領地視察のお願いを無視されるんですよ!」

「うん」

レーグラッド男爵令嬢フィーナは声を荒げる。仕方なく話を聞いている従兄のラウルは「ああ、またか」という顔を見せるだけだ。

「だから、ラウル従兄さまのお力をお借りしたいんです!」

「それはさぁ……フィーナのためを思って無視してくれているんだと思うよ……」

「国政や領地運営に女性を関わらせない国だってことは重々承知ですけど、手紙のお返事ぐらいくださっても良いんじゃないかしら!?」

「先方は君が……そのう、貧乏生活に耐えられずに突然イカれたこと言い出した令嬢だと思っているんだと……」

「それはそれで失礼でしょ!」

怒るフィーナは、胸元まで流れる豊かな金髪に美しい碧眼を持つ、なかなか整った顔立ちの齢18才の令嬢だ。体つきも中肉中背、見た目に関して「だけは」何一つ問題ない。しかし、彼女は残念なことに、未だに婚約者候補すらみつからない身の上だ。ラウルから見れば妹のようなもので怒っている様子も可愛いのだが、このままでは彼女が行き遅れになるのでは……と強い懸念が抱かれている。

「だって、お父様の代理として書けば『領地運営に関わることで娘を代理に立てるなんてどうなっている』ってお父様が悪く言われてしまうわ。だから、正々堂々自分の名前で手紙を出したのに……」

「そうだね……正々堂々君の名義で手紙が届いたから、あそこの男爵令嬢は頭がおかしい、だから見なかったふりをしてあげようというのが、先方のお気持ちだと思うよ。優しいじゃないか……」

「わたしが求めているのは憐れみではないわ。『立て直し公』に立て直ししていただいた領地の視察とその手腕を教えていただくことよ!」

フィーナが言う『立て直し公』は、もちろん異名だ。王城が「立て直しが必要だ」と判断した領地に派遣され、三か月程度で領地改革の目途を立ててはまた次の領地に派遣されるハルミット公爵のことを指している。

レーグラッド男爵領は厳しい状態であるものの、残念ながら未だその「立て直し」に選ばれない。そのため、領地の状況を憂えたフィーナは思い切って「その立て直し公がどんなことをしたのかを、自らの目で見に行こう」と考えたのだ。

「君の名義では無視されてしまうし、女性の身では伯父さんの代理になれないから、僕に伯父さんの代理人として手紙を書いて欲しいってことだよね」

「ええ。そして、先方が了承してくださったら、一緒にいってもらいたいの」

「ねぇ、僕が婿入り間近なのを知っているよね?」

ラウルは深く溜息をついた。彼の「婿入り」はそもそも、レーグラッド領における金策のひとつだ。

小国であるシャーロ王国は、どうしようもない戦争を3年続けて国民を疲弊させた挙句敗戦した。しかし、国としては統合されず単に隷属扱いを受けることになり、援助もないまま放置状態。要は「こっちもお前たちとの戦で消耗してるから負けたお前たちもそっちで勝手に復興して、復興した暁にはうまい汁を吸わせろよ」ということだ。

おかげさまで、あちこちの領地は財政難で破綻寸前に追い込まれ、貴族たちですらひいひい声をあげている。レーグラッド男爵領は王城から遠いが、戦時中に王城から不当な要求をいくつか受けて――それについてはのちに語るが――領地運営が傾きに傾いていた。

フィーナがどこかに嫁いで嫁ぎ先から資金援助を受けることが近道なのだが、現在国内でそれほどの余力がある貴族は少ない。その結果、男女の逆転現象が起きて「余力は少しばかりあるが子息がいない」ラウルの婚約者の元に、彼が婿養子に入ることになった。

「手っ取り早い金策は僕の婿入りだろう? そっちを譲ってまでもやるべきことなのかなぁ~」

「お願い! 1年ぐらいでいいから!」

「うーん、打診はしてみるけど。伯父さんは領地を離れられないし、君の弟はまだ8才で戦力にならないってわかっているからね。君と一緒に視察に行けるように話を通せばいいんだね?」

「はい! わたしのことは書記か何かってことにして、こき使っていいから!」

「こき使うって、どこでそんな言葉覚えたの……」

ラウルは苦笑いを見せたが、自分の従妹が本当に領民のことを考え、頭を痛める父レーグラッド男爵の力になりたいと心底思っていることはわかっている。

(フィーナは僕よりも聡明だし、中央の令嬢たちと違って男性と同じような教育を受けている。ある意味、フィーナが嫁いで僕が残って手伝うよりも、僕が婿入りしてフィーナが領地に……)

残った方がいい、とは思うが、それはこれ以上彼女を行き遅れにするということだ。それにはたと気付いたラウルは

「大丈夫かな……」

とつい声に出す。

「大丈夫よ!」

そう答える彼女はラウルの思いを勘違いをしているのだが、優しい彼は曖昧に「そうだよね」と頷いた。そんなこんなで、フィーナはラウルの力を借りて『立て直し公』が立て直しを行なった領地へ赴くことになる。これは、2年前の話だ。

◆◆◆◆◆

さて、それから2年。フィーナは20歳になり、そろそろ冗談でも行き遅れになるとかならないとか言えない頃合いになったのだが……。

「ようやく領地改革計画書が形になったっていうのに、このタイミングでお亡くなりになられるなんて……うう、お父様、酷いです……」

この恨み言を口にするのはこれで5回ぐらいだ。どうしても、たまに口から出てしまう。父親である故レーグラッド男爵だって死にたくて死んだわけではないのだから、言っても仕方がない恨み言は5回までにしようとフィーナは思う。多分、これで5回目。いや、4回ということにすれば、次に口にした時に許される。うん、4回だ。次回の自分は自分を許してあげてくれ……そんなろくでもないことを思いながら執務机に突っ伏す。

彼女の父レーグラッド男爵が事故で亡くなったのは、ひと月前のことだった。馬車の車輪の老朽化か、山道で運悪く車輪が破損したのがきっかけになり、馬もろとも崖から落ちた。岩にぶつかった衝撃と破損でボックスの扉が開き、体重が軽い弟ヘンリーが投げ出され、それを助けようとしたレーグラッド男爵も後を追うように転落した。

馬に乗った護衛騎士が2人付き添っていたが、一人は馬車の落下に巻き込まれて死亡。なんとか無傷だったもう一人のおかげで、フィーナとヘンリーは救助されたのだ。

ヘンリーは一命をとりとめたが、悲しいことにレーグラッド男爵は助からなかった。馬車の手入れをしていた者が御者を務めており、彼もまた帰らぬ人となったので、事故の原因は最早誰にもわからない。

男爵夫人であるアデレートは夫を亡くしたことをなかなか受け入れられず、葬式に参列すら出来なかった。そして、今は重傷で動けないヘンリーの傍から離れない。要するに心の病に侵されて今に至る。

そのせいで、フィーナは「それどころじゃないのよ……泣いて暮らしていられるほど、うちの領地は裕福じゃないんだから!」と2人を放置し、父親が使っていた執務室で今日も頭を抱えているというわけだ。

「あら?」

足音が聞こえる。それから、聞き慣れたノックの音。「はぁい」と返せば、滅多にない剣幕でドアがバン、と開いた。

「お嬢様! 失礼いたします!」

ドアを開け放したまま飛び込んで来る執事カークは齢50才越え、執事歴26年の猛者だ。そんな彼がこのように慌てることはあまりにも珍しい。何が起きたのかとフィーナは立ち上がる。

「どうしたの」

「王城からの使いでございます……!」

「は?」

こんな田舎に、王城から。過去に王城からやってきた知らせはすべてよろしくないものばかりだった。フィーナは眉間に皺を寄せながら手紙を受け取る。

(確かに封蝋は王城のものだわ。戦争が終わって2年半。その間、王城からは新国王陛下ご即位の事後報告、それぞれの領地でどうにかしろ声明、公共事業への図々しい召集打診だとか、ひどい知らせしか来ていないのに……)

今度は一体なんだ、とフィーナは封を切った。下がるように言われていないカークもまた、手紙の中身が気になるようで彼女の様子を窺っている。レーグラッド家は使用人も家族の一員のように近しいため、それを咎めるフィーナではない。

「……つ……」

「つ?」

「ついに……! ついに、夢にまで見た知らせが来たわ! っていうか、夢じゃないわよね!?」

手紙から顔をあげたフィーナは頬を紅潮させて叫ぶ。彼女の飛びあがりそうな勢いに、カークはぎょっとした。

「カーク! ついに! ついにその時が来たのよ!」

「一体……?」

「ついに、このレーグラッド領の立て直しのために『立て直し公』が派遣されることが決まったんですって! やったわ! この領地再建に力を貸して下さるんですって!」

フィーナの宣言に目を見開くカーク。

「そ、それは本当ですか……あの、ひとつの領地につき、たったみつき程度滞在すれば、領地再建の目途をつけてしまうという、あの……」

「そうよ! ついに助けに来て下さるんだわ……! ああ、良かった……ここまで耐えて来た甲斐があったというものだわ……」

そう言いながら、フィーナの両目からはぼろりと涙が零れた。父を失った後も、一人で日々気丈に振る舞ってきたのだ。今日ぐらいは許されたい。彼女が生まれた頃から見守って来たカークもまた、その様子にほろりと来たのか目の端に涙を浮かべる。

「よかったです……これで、お嬢様が行き遅れてでもこのレーグラッド領のために力を尽くしてくださったことが無駄にならず……」

「ちょっと! 行き遅れの話は余計よ!」

などと言いつつ、なんだかよくわからないが2人は抱き合って泣き出した。緊張の糸が切れたようなものらしい。

不運にもそこを一人の女中が通りがかり「ドア開けっ放しなのに、突然年の差ロマンスが生まれたのかと……」と言われることになるのだが、それはのちの余談だ。