軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8、別れ

その後、ナディアと国王夫妻の間で改めて話し合いが行われたそうだが、ナディアが帰国する決意は変わらなかった。

「セシル、ガブリエル。此度は迷惑をかけてごめんなさいね」

出立の前日。ナディアはわざわざセシルとガブリエルを呼び寄せて謝罪した。

「とんでもございません。むしろ姫様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ない限りです」

セシルに同意するようにガブリエルも頷いた。

「あなたもまた巻き込まれた側です」

「……そう言ってもらえると、わたくしも救われるわ」

ナディアは胸に手を当てて、溜めこんでいたものを解放するように息を吐いた。

「あんな身内の恥を晒してしまってとても申し訳ない気持ちはあるのだけれど……正直、清々しい気分なの。今までずっと言えなかったことを吐露できて……母を奪い続けたラガルド侯爵のあんな顔が見られて……胸がすく思いよ」

「俺も同じ気持ちですから、気になさらないでください」

ガブリエルが心からそう言ったのがわかったのか、ナディアは困った顔をしたのち、改めてこれまでの礼を述べた。

「あなたたちに出会えてよかった。――セシル。わたくしも勇気を出してお父様と向き合おうと思います」

「はい。姫様なら、きっと大丈夫です」

もし辛くなったら、手紙で愚痴を書き連ねて自分に送ってほしい。

あなたは独りではないと伝えれば、ナディアは目を潤ませて微笑んだ。

「セシル、ありがとう」

「いえ、そんな。わたしは騎士として当然のことを――」

ふと、ナディアがそばに近づいたかと思うと、セシルの頬に顔を寄せた。柔らかな唇が触れて離れると、悪戯が成功したというようなナディアの笑顔が目に入る。

「ふふ。あなたがガブリエルの想い人でなかったら、わたくしが故国へ連れ帰ったのに」

「それは、また……光栄でございます?」

口づけされた箇所を掌で押さえて頬を赤らめるセシルに、ナディアが鈴を転がすように笑った。なぜかガブリエルが無言でセシルの腰を引き寄せる。

「ガブリエル。そう怒らないで。無事に婚約できたのだからよかったではないの」

そう。セシルはガブリエルの婚約者になれた。もはやあれだけの騒動をしたとあれば、国王も侯爵も反対しなかった。

「なんだか今さら、という気もしなくはないですけれどね……」

「あら。だめよ、セシル。そんなことを言っては。たとえすぐに結婚するとしても、婚約者である期間も、とても意味あるものなんだから。愛し合っている男女ならば特に重視するものよ」

「はぁ……そういうものでしょうか?」

セシルとしてはすぐに結婚するのだから別にわざわざ婚約しなくてもいいのではないか、と思ってしまうが、ナディアはどこか面白がるように否定する。

「ね、ガブリエル。あなたもようやく想い焦がれた人と一緒になれるのは嬉しいけれど、手順はきちんと踏んで、その過程も楽しみたいでしょう?」

「……俺は今初めて、ナディア様とステファン様が従兄妹なのだと実感しております」

確かににこにこと笑って同意を求めるナディアの顔がステファンと重なる。

(これは将来、もっと大物になるかもしれない)

セシルがそんなことを考えていると、ちょうどステファンが部屋へ訪れた。

「なになに。何の話? ガブリエルの表情から察するに、面白い話をしていただろう? 僕にも教えておくれ」

「別にそんな愉快な話はしていませんわ。ガブリエルがいかにセシルを大事に想っているか、改めて確認していただけです」

「すっごく面白い話じゃないか! 僕も交ざる!」

「人の恋路を面白がらないでください」

ガブリエルが心底嫌そうな顔をして言えば、からかいすぎたかとナディアもステファンも謝る。

「だが、きみのあの告白は素晴らしかった。僕もいつか、自分にとっての《光》と言えるような運命の女性に出会いたいものだ!」

「……」

「そんな顔をするな! せっかく髪も短くして、美形に磨きがかかったというのに台無しだぞ!」

そう。ガブリエルは髪を切ったのだ。肩下まであった長さが今や耳の下あたりまでの長さで、うなじがはっきり見えている。

(わたしが髪を切った数日後だったもんな)

いきなりすぎてセシルはとても驚いてしまった。

「なぜ切ったのかお前の口から直接聞かせてもらいたいところだが……聞くだけ野暮というものかな?」

「別に特別な理由はありません。ただ何となく、揃えたかっただけです」

ガブリエルが自分を見て言うので、セシルは照れ臭い気持ちで「あー」と話を変える。

「それで、殿下は何用でこちらに?」

「それはもちろん、従妹殿とも明日でお別れだから、挨拶しに来たんだ」

そう言うなり、ステファンは畏まった様子でナディアに頭を下げた。

「私の両親が大変失礼な態度を取ってしまった。代わりに謝罪させてくれ。すまなかった」

「……ええ。謝罪を受け取ります」

「ありがとう。お父上にも、きみの好きなように報告してくれてかまわない」

「よろしいんですの?」

姿勢を正したステファンは微笑んで頷く。

「ああ。二人にはしっかり反省してほしいからね」

「それはまた……」

「はは。子は親に反抗する生き物だ。だから教本で口酸っぱく親を敬えと教えるんだよ」

勝手な言い分にナディアは呆れるかと思いきや、なるほどとどこか納得した様子を見せるのでセシルたちの方が慌てた。

「殿下! 姫に偏ったことを教えないでください!」

「そうですよ。向こうに戻って問題が起きたらどうするつもりですか」

「んー? 大丈夫だろう。我が従妹殿は強いからな」

ステファンはからりと笑い飛ばし、別れの言葉を告げる。

「あなたがどのような道をこれから歩むのか、未来の王として見守っている。期待しているよ、ナディア」

それは、後から思うとステファンなりの激励だったのか。あるいはもっと別の意味が込められていたのか。神妙な顔で受け止めたナディアのみが知る秘密だった。

その後ナディアがヴェイユ国に帰り、またいつもの日常が戻り始めた頃。

セシルはガブリエルと共に国王に謁見した。

「それで、セシル、ガブリエル。話とは何だ。そなたたちの婚約ならば、先日認めたはずだが」

国王の顔には疲労が見える。あの常に余裕たっぷりの表情を崩さずにいた国王がそんな顔をするとは珍しい。

(よほど隣国からの抗議が堪えたのかな)

帰国したナディアから事の顛末を聞かされたヴェイユ王は想像よりも激怒し、どういうことかと事情を求める書簡をすぐに送りつけ、ポーレットもこちらに引き渡すよう命じた。

隣国と行っていた貿易にも支障をきたし、商会からはどうにかしろという不満の声が上がっている。

その対応に追われてさすがの国王も気が滅入っているというわけだ。

そんな中で自分たちがこれから言うことはいささか躊躇いが生じるが、セシルにかわってガブリエルが遠慮せずズバリと言った。

「陛下。私とセシルは近々、騎士団を辞めようかと考えています」

「辞める?」

どういうことだと国王が前のめりになり事情を尋ねる。

「婚約なら認めたではないか。結婚したいのならば早くするがよい。私が許可を出そう。だから騎士団をやめるのは考え直してくれ。ただでさえ王女の件で、今信頼が揺らいでいるのだ。そなたたち二人が中心となって立て直してほしい」

セシルとガブリエルを無理やり別れさせて王女と結婚させようとしたことは、いつの間にか大勢の人間に知れ渡っており、当人たちに対する同情と国王夫妻の強引なやり口に憤る感情で大いに盛り上がった。聡明だと褒め称えられていた国王を見る目も変わったように思う。

「もう、あのような振る舞いは決してしないと誓う。だからどうかこれまで通り私の騎士として仕えてくれないか?」

ここまで言うのだ。よほど困っているのだろう。

しかし、やはり受け入れるのは難しいと二人そろって沈黙すれば、国王はガブリエルよりもセシルを説得できると思ったのか、視線を向けてくる。

「セシル。今までの非礼は詫びよう。だからどうか私を助けると思ってガブリエルを説得してくれ」

「陛下。わたしもできれば騎士団に残りたいのですが、そうも言っていられない状況になったと言いますか、これ以上混沌を極める前に何か手を打たねばさすがにまずいと言いますか……」

「何を言っているのだ」

「セシル。正直に打ち明けた方がいい」

そうでないと納得してもらえないとガブリエルに言われても、セシルは珍しく思い切れない。なにせあまりにもあまりにな内容だからだ。

「セシル。覚悟を決めろ」

「うー……わかった。そうだな。――陛下! 非常に聞き苦しい内容かと思われますが、どうか寛大な心でお許しください!」

そう前置きすると、セシルは事情を明かす。

「二カ月ほど前から異母妹が子爵家の次男と婚約し、婿養子としてゆくゆくは跡を継がせるために我が領地で一緒に暮らしておりました。わたしはまだ会っていないのですが、とても真面目で、誠実な好青年だったそうです。また、美しい青年でもありました。少し押しに弱そうなところもあるようでしたが、とにかく人当たりのよい性格だったので、父も非常に気に入っておりました。彼にならば娘を任せられると。義母もその青年を 気(・) に(・) 入(・) っ(・) て(・) し(・) ま(・) い(・) ま(・) し(・) た(・) 」

「セシル。お前は一体何が言いたのだ」

話が見えないことに苛立ちを見せる国王に、セシルはふぅと息を吐いた。

「ええ。今、結末を言います。実は……あまりにもその青年が魅力的だったのか、異母妹だけでなく、その義母も一緒に仲良くなってしまったと言いますか、三人でほにゃほにゃしてしまったというか」

「ほにゃほにゃ?」

「いえ、にゃんにゃんの方が正しいでしょうか」

「にゃんにゃん???」

「つまり陛下。伯爵の愛人……いえ、伯爵夫人と娘のフランセット嬢が婿殿と三人で性行為に及んでしまったというわけです」

腹を決めたものの結局はっきり言えないセシルにかわって、ガブリエルが清々しいほどはっきりと事実を述べてくれた。

「は。夫人とその娘が、婿と三人で……」

あまりにも予想外の出来事だったせいか、国王が固まる。セシルは穴があったら入りたい気持ちで赤くなった顔を覆い、「申し訳ございません」と蚊の鳴くような声で謝罪した。

「お前もさすがにこういう時は恥ずかしく思うんだな」

いつも堂々としているセシルのそうした態度が珍しいのか、ガブリエルがしみじみと呟く。セシルはキッとした表情でガブリエルを睨んだ。

「当たり前だよ! まさか実家で官能小説みたいな世界が繰り広げられるなんて、誰が予想できるの? 今まで生きてきて思いもしなかった。本当にもうあの人たちは、頭の中どうなってるの!? これ以上ないくらいの身内の恥だよ!」

ぷんぷん怒るセシルにガブリエルが落ち着けと宥めて、未だ言葉を発せないでいる国王に続きを話せと促す。

「あ、申し訳ございません、陛下。つい取り乱してしまいました」

「いや、まぁ、それは無理もなかろう。……その、合意の上だったのか?」

「詳しいことはわたしもまだ存じ上げないのですが、家令からの手紙によると……のりのり、だったそうです」

「のりのり、か……」

「はい。どういう経緯でそうなったのかさっぱりで、知りたくもないのですが、決して嫌々ではなく、自ら進んでそういう状況になったそうですので……その点は、まぁ、いいのではないでしょうか」

ははは、ともはやセシルは笑うしかない。

義弟(とも思いたくない)がアナベルと関係を持ったところにフランセットが介入したのか、あるいは義弟とフランセットの二人にアナベルが関係したのか……考えるだけで現実逃避したくなる事実にこれから向き合わねばならず、セシルはすでに心が折れそうだった。

(いや。もう起きてしまったことは変えられない。考えようによっては、もう一生三人と関わりたくないと思う口実が得られたんだ。……うん。なら、いいじゃないか!)

受け入れて前へ進もうとセシルは切り替えて、国王に続きを話す。

「義母たちの関係を知ってしまった父は、ショックのあまり倒れてしまいました。事に及んでいる光景を直接見てしまったそうですから、さすがの父も耐えられなかったのでしょう」

「それは、まぁ、そうだろう。私でも、無事でいられるか自信がない。……気の毒なことだ」

この場合、愛する妻と娘の両方を失ったということになるのだろうか。

可哀想なお父様、とはあまり思わなかった。母への仕打ちを思えば、自業自得だろうと言ってやりたかった。

「それで、父が担っていた仕事が滞っており、異母妹の婿殿も信用できないので、娘であるわたしに戻ってきてほしいと、使用人一同の藁にも縋る思いで綴られた手紙を受け取った次第です」

ついでにその手紙を持ってきた使者も非常に疲れた顔をして、どうか今すぐにでも戻ってきてほしいと涙ながらに懇願された。

「実家である伯爵家とは決別する思いで騎士になりましたが、使用人や領民たちを見捨てるわけにはいきません。ですから誠に勝手な都合ではございますが、退団することをお許しください」

「セシルが心配ですので、俺も彼女と一緒に騎士団を辞めて、ついていきます」

国王は認めたくないが認めるしかないという苦渋に満ちた顔をして、「わかった」と承諾してくれた。

「しかし。もし落ち着いたら、また王都に戻ってきてほしい」

セシルとガブリエルは互いに顔を見合わせ、同じことを思った。

恐らくもう王都へ戻ることはないだろう、と。