作品タイトル不明
リリアーナ達、海に着く
リリアーナたちは、とうとう海に辿り着いた。
リリアーナもラディンも、生まれて初めて見る海だった。
同行してきた商人たちは、ここで別れとなる。
「実に順調な旅だったよ。おかげで助かった」と言いながら、商人は報酬を上乗せして渡してくれた。
セラフィーネは穏やかに微笑み、「満足いただけたようで、光栄です……」と答えた。
船は、セラフィーネの特別な伝手で頼み込み、三日後に出航する船を確保することになった。
それまでの間、三人は久々にゆっくりと過ごすことにする。
「海に遊びに行きたいです!」と、リリアーナが目を輝かせた。
「俺もだ」とラディンが笑う。
「……まあ、いいでしょう」とセラフィーネは小さく息をつき、頷いた。
三人は砂浜へと出た。
リリアーナとラディンは、初めて見る海の広さ、寄せては返す波、潮風の香り、砂の感触、そして海の生き物たちに大はしゃぎした。
一方で、セラフィーネは静かにその様子を見つめていた。
やがてラディンが「……俺は疲れた」と言って波打ち際を離れる。
それでもリリアーナは、子どものように裸足で波と戯れ続けていた。
セラフィーネはふと、ラディンに視線を向けて問いかける。
「……リリアーナのこと、好きだと思ったのだけど?」
ラディンは少し驚いたように彼女を見て、
「なぜ?」とだけ返す。
「瞳が、優しいから?」とセラフィーネ。
ラディンは海を見つめたまま、かすかに笑う。
「……眩しい、からかな」
「欲しくはないの?」とセラフィーネは静かに続ける。
ラディンはしばらく黙り、そして低く呟いた。
「俺は……血に塗れている。……隣には、立たない」
「そう」とだけ、セラフィーネは答えた。
波の音が、絶え間なく二人の間を満たしていた。
リリアーナは、しばらく夢中で波と戯れていたが──そのうち、少しだけ飽きてきた。
潮風は気持ちいいし、波の音も心地いい。けれど、波に足を取られて転びかけるのも三度目ともなれば、新鮮味が薄れてくる。
「……あれ?」と、ふと顔を上げると、少し離れた砂浜でセラフィーネとラディンが座って話しをしていた。
二人とも真面目な顔で、距離が妙に近い。
海風に髪が揺れて、なんだか絵になる雰囲気だ。
──これは、邪魔してはいけない。
リリアーナの頭の中で、警鐘が鳴った。
(……空気は読むべきね。今、割り込んだら絶対ダメ……)
手を振り上げて、
「薬草、探してきま~す」と元気よく宣言。
セラフィーネが「……え?」と何かを言う前に、リリアーナは砂浜を駆け出していた。
その背中には、“全力で退避”のオーラが漂っている。
やがて、木の陰に入るとリリアーナは息を整えた。
「ふぅ……ふたり、何の話してたのかな……」
ちょっとだけ気になったが、今は任務がある。そう、“薬草採取”という、緊急(?)の使命が。
海辺の植物は、見慣れたものと少し違っていた。
「この葉っぱ……似てるけど、何かが違うような……?」
リリアーナは首をかしげながらも、せっせと採取を続ける。
「まぁ、後で調べようかな……」
潮風に髪をなびかせながら、彼女はご機嫌に草を摘み続けた。
海の光はきらきらと反射し、波の音が、まるで拍手のように彼女を包んでいた。
薬草を採取して、リリアーナは二人の所に行った。
海辺には、三人のほか、誰の姿もなかった。
空は高く澄み、波の音だけが、ゆったりと砂浜を撫でている。
セラフィーネはリリアーナの方を見つめ、静かに言った。
「……リリアーナ。“お雪様、出てきて”という思いを込めて、歌ってくれる?」
リリアーナは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「はい」
彼女は両手を胸の前で組み、海へと向かう。
潮風が髪を揺らし、光が水面にきらめいた。
リリアーナは小さく息を吸い、そっと歌い始めた。
……お雪様……いますか? 出てきてください……想いを、込めて。
その声は柔らかく、どこか懐かしい響きを持っていた。
波の音に溶け、風に乗って、遠くへと流れていく。
「……お雪様」
リリアーナの唇から、驚きと喜びがこぼれた。リリアーナの目の前に、お雪様がふわりと浮かんでいた。
海という場所に、お雪様はどこか場違いな気もする。けれど、久しぶりに会えた嬉しさがそれを上回った。
「久しぶり」
リリアーナは微笑み、そっと手を差し出す。
お雪様はその手のひらにふわりと舞い降りた。何となく、優しい感触だった。
セラフィーネが近づき、低く問いかける。
「……お雪様と、話はできる?」
リリアーナは小さくうなずき、お雪様を見つめる。
「話……できるの?」
しかし、返事はなかった。
お雪様はただ、光の粒を散らすように、ふわふわと揺れているだけだった。
「……できない、です」
リリアーナは少し残念そうに言った。
「そう……」
セラフィーネの声は、どこか沈んでいた。