軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オルフェウス、エドモンドに語る

冬が目の前の夜、執務室は凍りつくような静けさに包まれていた。厚い扉が閉じられ、蝋燭の炎がかすかに揺れる。

エドモンドは机越しにオルフェウスを見つめ、慎重に言葉を選んだ。

「父上、魔獣達はいつも北、北東にしか来ないのですか」

オルフェウスは椅子に深く腰を下ろし、顎に手を当てる。

「そうだ。北、北東には家畜小屋が複数点在している。おそらく、それを狙っているのだろう。西は……理由は分からぬが、来たことがない」

「では兵士は、北、北東を守る形で配置をすれば良いですか」

「そうだ。しかし、気をつけろ。力は強く、知恵がある。足も速い。特に、一回り大きい魔獣は危険だ。今迄に何人もの兵士が毎年犠牲になっている」

エドモンドは目を伏せ、低く呟いた。

「よく父上は今まで無事で……」

オルフェウスの顔に、ほんの一瞬だけ遠い記憶の影が差した。

「……死にかけたことがある。まだ、領主を継いで間もない頃だ。若かった。一番大きな魔獣を大弓で仕留められると思った。矢を放ったが、前足で叩き落とされた。目が合ったと思った瞬間、奴は襲ってきた。息をつく暇すら無かった」

エドモンドは息を詰め、父の声を黙って聞いていた。

「死を覚悟した時だ。横から兵士が飛び出してきた。奴の肩に剣を突き刺し、『逃げて下さい』と……。俺は逃げた。その兵士は死んだ。……それ以来、奴は俺の目の前には現れなくなった」

部屋に重苦しい沈黙が落ちる。オルフェウスは深く息を吐き、鋭い視線を息子に向けた。

「いいか、エドモンド。大きい奴は賢い。速さも力も、人は到底及ばぬ。正面から……絶対に闘うな」

蝋燭の炎が揺れ、二人の影を壁に映した。

「奴らは、必ず集団で来る。矢を射っても、先頭が崩れるだけで、後ろの連中が次々と襲ってくる。すぐに剣の間合いだ。奴らは力も強い。一対一なら、まだ勝機はある。だが、群れで襲われれば、屈強な兵士でも……命は無いだろう」

エドモンドは拳を握りしめ、唇を噛んだ。

「毒とか……罠とか、効かなかったのですか?」

オルフェウスは重く首を横に振る。

「可能性があるものは、全て試したつもりだ。毒は効かん。刺激臭は、ほんの少し怯むだけだった。そして矢は至近距離でなければ、前足や鱗に弾かれる。罠を仕掛けても、嗅ぎ取って避けて通った。火も、始めは怯んだが、だんだん慣れていった。火矢が当たった時位しか、奴らは動じなくなった」

彼の声には、悔恨と怒りが滲んでいた。だがその瞳は、揺るぎなく鋭かった。

「……それでも、守らなくてはいけない。この地を、人を。奴らに喰い荒らされるわけにはいかん」

「……はい」

「いいか、奴等に襲われたら、命の保証は無い。……リリアーナは、出すな。決して」

エドモンドは息を呑み、父を見つめた。

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冬が来た。エドモンドは毎日、いつでも出陣できるように待機した。鎧はすぐに着られるように腰掛けに掛けられ、弓矢は手の届くところにまとめられている。リリアーナは毎日弓と剣の練習をつづけていた。しかし、その姿はどこか、いつもと違った。窓の外は白銀に染まり、風が城壁を鳴らしていた。

ある日の夜、リリアーナが静かに現れた。手には新しい魔獣避けを持って。

「これ……。今迄とは違う、魔獣避けなの。効くかどうかは、わからないのだけど。皆に、持って欲しい……」

エドモンドは魔獣避けを受け取る。

「……、どうして、戦ってはいけないの」彼女は静かに尋ねる。

エドモンド、

「……本当に今回は危険なんだ。リリアーナに、俺は、死んで欲しくない」

その声には、強い意志と、消えない恐怖が混ざっていた。

外では、雪が降り続く。

エドモンドの記憶、魔鳥の襲来の時が甦る。あの時、風に乗って襲い来る羽音、弦が切れるような恐怖、そして……もし一瞬でも遅れていたら、今のリリアーナはここにいないだろう、あの瞬間。

リリアーナは言葉を続ける。

「前、戦えました。私だって、皆のために……」

「前とは状況が違う。」エドモンドの一言が重く落ちる。

「……お役に立ちます、私がいれば…」リリアーナは目を潤ませながらも食い下がる。

「……駄目だ」

エドモンドの胸の中で、二つの感情が激しくぶつかり合った。一緒にいたいという熱と、自分の無力さゆえに生まれる恐れ。彼女の言葉は何よりも甘く、同時に残酷だった。

リリアーナがもう一度何かを言おうとした瞬間、エドモンドは声を荒げず、しかし確固として言葉を遮った。

「……絶対に、駄目だ」

その言葉は、部屋の空気を震わせた。

エドモンドはリリアーナをそっと抱き寄せる。

「お願いだ、君が大切なんだ……」

リリアーナは、目を伏せたまま何も言わずに震えていた。エドモンド、リリアーナの頭にそっと唇を落とす。リリアーナの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

二人の影は雪が止むまで一つになっていた。