作品タイトル不明
ラディンの父
夜、ラディンは門でリリアーナと別れた後のことを思い返す。
彼女は大王栗を抱きかかえ、子供のように上機嫌で帰っていった――。
その姿が、妙に胸に残っていた。
だが今、彼の顔には笑みはない。
同じ部屋で寛いでいるシルビアに低く声をかけた。
「……前の族長、覚えているか?」
シルビアは首をかしげ、緑の瞳をラディンに向けた。
「ああ、あんたの親父でしょ。優しくて、いい人だったよね」
ラディンは拳を握る。
「……薬を、飲んでたよな」
「そうね」シルビアは記憶を探るように視線を宙に泳がせた。
「今の族長が用意したとか。とっても高いんだって。『よく効く』とか言ってた~。実際、飲んだ後は元気になってたし」
ラディンの目が暗く揺れる。
「……親父は、今の族長と喧嘩してたか?」
シルビアは少し考え込み、首を傾げる。
「えー……ないよー。あえて言うなら、二年前のかな? ほら、商人が雪豹紋に襲われて、大量の積み荷を残した時」
「……」ラディンは黙って耳を傾ける。
「これからもっと襲撃を増やそう、って今の族長は言ってた。でも、駄目だって、あんたの親父さんは反対してた。……それくらいかな?」
部屋のランプの炎が揺れる。
ラディンの瞳はその炎を映しながら、静かに呟いた。
「……そうだったな」
夜が更けていく。
ラディンはベッドの上に腰を下ろし、暗闇を見つめながら思考を掘り下げていく。
父の死。
始めは、指先の震えだった。
次に、力が入らなくなり――最後には、起き上がれなくなった。
薬は、母が与えていた。
自分は詳しくは知らない。
けれど、飲んだ後は確かに父は元気を取り戻し、それで安心したのだ。
……少女の言葉が脳裏に響く。
「始めは手の震え、次に力が入らなくなって、起き上がれなくなる……」
同じだ。まるで重ね合わせたように。
ラディンは思い出す。
二ヶ月前、水筒が壊れた。
その時、族長が差し出してきた。
「丁度いいのが手に入ったんだよ。使え」
確かに良い品だった。金具も頑丈で、水もよく保つ。
ありがたく受け取った……あれからだ。
ふらつくようになったのは。
山で足を滑らせた日。
あの日は喉が渇いて、水を多めに飲んだ。
だからか? だから足がもつれたのか?
そして俺の様子を見て、薬を渡してきたのは……その後からだ。
いつから用意していた薬だ?
父が死んだ、一年前からか?
……あの時、俺を族長にと推す声があった。
「若すぎる」との反対もあった。
俺は、面倒で辞退した。
その後……消えた人がいた。
……族長の周りに集った顔が次々と浮かぶ。
ラディンは瞼を閉じる。
焚き火の音が遠くなる。
思考は深い闇へと落ちていった。