軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エドモンドの報告

エドモンドは城に戻ると、その足でオルフェウスのもとへ向かった。簡潔に、しかし事実を曲げることなく報告する。

毎年、冬になると襲って来る魔獣の群れ。その中心にいるはずの、リーダー格と思われる魔獣が――森の奥深くで、大怪我を負った状態でいたこと。

「……直接は見ていません」

そう前置きしてから、エドモンドは続けた。

「ラニアとリリアーナが、そう言っていました」

話を聞き終え、オルフェウスはしばらく黙っていた。窓の外。遠く、森のある方角へと視線を向ける。

「……それが事実なら」

低く、重い声だった。

「魔獣たちに、何らかの異変が起きている、ということだな」

「おそらくは……」

エドモンドは一瞬、言葉を選び、それから続けた。

「偵察を、出すべきでしょうか?」

オルフェウスは、すぐには答えなかった。指先で机を叩き、思案する。

「……いや」

やがて、はっきりと言った。

「今は動くな。相手は手負いとはいえ、追い詰められた獣ほど危険なものはない」

「……了解しました」

命令は妥当だった。だが、それでも。何が起きているのか。エドモンドの胸には、答えのない不安だけが、静かに、深く沈んでいった。

「リリアーナ、当分の間、森での薬草採集は禁止だ」

エドモンドは、はっきりとそう告げた。有無を言わせない声音だった。

「……それは……」

リリアーナは、視線を彷徨わせる。言葉を探すように、唇がわずかに動いた。

「この前、遭遇した魔獣が、近くに来るかもしれない」

エドモンドはそう言って、リリアーナの肩を掴んだ。

「危険なんだ」

その手は強くはない。けれど、離す気のない温度があった。

「……そう、ですね」

リリアーナは、小さく頷いて答えた。

本当は、薬草の採集はまだ十分ではない。色々な事情が重なり、予定していた量には程遠かった。

「安全が確認できれば、また森に入れる」

エドモンドは、少しだけ声を和らげて言った。

「はい」

リリアーナは微笑み、そう返した。

――それは、いつになるのだろう。胸に浮かんだ疑問は、言葉にはしなかった。彼の不安も、優しさも、痛いほどわかっていたから。

その思いを胸の奥にしまい込み、リリアーナは、ただ静かに床を見た。

その日、ラニアはいつものように、小さな玉を鞄に入れた。それは日課であり、迷いのない動作だった。そして、他にも何か鞄にいっぱい詰めた。……そして泉へ向かおうとした、そのとき。背後から、そっと腕を掴まれた。

「ラニア。今、森は危険よ。行かない方がいいわ」

リリアーナだった。真剣な眼差しで、逃げ道を塞ぐように立った。

「あの、狼のこと?」

ラニアはきょとんとした顔で、首を傾げた。

「そうよ」

リリアーナは即座に頷いた。冗談を許さない声音だった。

「リリアーナは、本当にそう思うの?」

静かな問いかけだった。責めるでも、試すでもない、不思議な響き。リリアーナは言葉に詰まった。

――傷を治したあとの、あの魔獣。暴れることも、威嚇することもなく、ただ静かにそこにいた。もし、襲うつもりだったのなら。

あの距離で、あの状況で、いくらでも出来たはずだ。それでも、何もしなかった。

「……わからない」

リリアーナは、正直にそう答えた。

「僕は、平気だから」

ラニアは、何でもないことのように言った。

「どうして、そう思うの?」

不安を抑えきれず、リリアーナは問い返す。

「だって、襲う必要がないから」

あまりにも当然だという顔で、ラニアはそう言った。理由を説明する気もない。

前提が、最初から違う――そんな口ぶりだった。

リリアーナは、黙り込んだ。その言葉の意味が、どうしても、理解できなかった。

「じゃあ、行ってきます」

ラニアは本当に軽い調子でそう言うと、ためらいもなく門の方へ向かっていった。

「待って――」

リリアーナは思わず手を伸ばしたが、言葉は途中で止まった。ここで無理に引き止めても、聞いてもらえない気がしたのだ。

せめて、エドモンドに報告を――そう思って辺りを見回したが、近くにその姿はなかった。

……どうしよう。このまま、放っておいていいの?胸の奥に、不安がじわじわと広がる。

そのとき、廊下の向こうからローデンが歩いてくるのが見えた。

「あの、すいません」

リリアーナは、思い切って声をかけた。

「お願いがあります。ラニアが、森に行くと言っていて……。一人だと心配なので、私、連れ戻しに行きます」

ラニアが行った方向を見つめながら、続ける。

「そのことを、エドモンド様に伝えていただけますか?」

そう言い終えると、リリアーナは返事を待たず、門の方へと走り出した。ラニアの後を追うためだ。

廊下に残されたローデンは、しばらくその背中を見送ってから、眉をひそめた。

……いや、待て。エドモンドが、今どこにいるのか。それすら、俺は知らない。

それに――森は、危険なんじゃなかったのか?

胸の奥に、小さくない違和感を抱えたまま、ローデンはその場に残された。