作品タイトル不明
矢の職人と会う
……どういうつもりなのだろう。
リリアーナには、ラニアの真意がどうしても読めなかった。
しかし一人で抱え込むわけにもいかず、リリアーナはラニアを伴ってオルフェウスのもとを訪れた。
「ラニアが……弓を習いたいと言うのですが」
そう切り出すと、オルフェウスはラニアをじっと見つめた。
ラニアは口元にうっすらと笑みを浮かべ、まるで許可されて当然だと言わんばかりの瞳で、真正面から視線を返す。
「子供用の弓は、城にはないぞ」
オルフェウスが静かに言うと、ラニアはあっさりと答えた。
「作ってもらえばいいでしょ?」
「見ているのと、実際にやるのとでは大きく違う」
「やってみないと、わかんないよ?」
ラニアの態度は終始崩れなかった。
しばらく沈黙が落ちたあと、オルフェウスは小さく息を吐いた。
「……まあ、いいだろう。リリアーナ、見てやってくれ」
「え、でも……」
思わず声が漏れる。
――ラニアは、まだ子供だ。
そんな危険なことをさせていいはずがない。
しかも、自分が教えるなど……。動揺を隠せないリリアーナをよそに、オルフェウスはラニアへ視線を向け、低く言い放った。
「何でも思い通りになると思うな。失敗も、学ぶべきだ」
それは、ラニアに現実を知れという意思表示だった。ラニアはその言葉を受けてもなお、少しも怯むことなく、不敵な笑みを浮かべたままだった。
リリアーナが弓矢を作れる人物として知っているのは、一人だけだった。だが、その職人は遠方に住んでおり、徒歩で訪ねるには無理がある。馬と人を借りるべきかと悩んでいた、まさにその時だった。
――城に、当の本人が現れたのだ。
なんて都合のいいタイミングなのだろう。胸の内でそう呟きながら、リリアーナはラニアを連れて職人のもとへ向かった。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
声をかけると、矢の職人は太い腕を組み、にっと笑った。
「まあまあだな。今年の矢の発注が遅れていてな、様子を見に来たんだ」
「そうだったのですね」
職人はふと表情を引き締め、リリアーナの顔をじっと見た。
「……エドモンドが戦場に行ったという話は、本当だったのだな」
その言葉に、リリアーナの表情は曇った。職人はそれを見逃さなかった。
「はい。いつ帰って来られるのかも、わかりません」
低く答えるリリアーナに、職人はしばらく黙り込んだ後、問いかけた。
「それで、矢はどうするつもりだ?」
「……私が使います。去年と同じ本数をお願いしたいと、オルフェウス様にはお伝えしました」
そう言った瞬間、職人の視線がすっと下がった。リリアーナの腕へと。
鍛え抜かれたエドモンドの腕と比べれば、あまりにも細く、頼りない。職人は腕を組んだまま、その差を量るように見つめていた。
「……ほう」
低く唸るような声が漏れる。
「お前が、本気で弓を引くつもりなのか」
その問いに、リリアーナは一歩も引かなかった。揺れることのない瞳で、真っ直ぐに職人を見返す。
「はい。守るために、必要なのです」
職人はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐き、ラニアの存在に気づいたように視線を移した。
「……で、その子は?」
ラニアはにこりと笑い、何の遠慮もなく一歩前に出た。
「僕の弓も、作ってほしいんだ」
その場の空気が、わずかに張り詰めた。
職人は腕を組んだまま、低い声で言い放った。
「遊びじゃねぇんだ」
鋭い視線が、今度はラニアに向けられる。だがラニアは一歩も引かず、澄んだ瞳で職人を見返した。
「僕は、リリアーナを守りたい」
その真っ直ぐな言葉に、職人は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「駄目だ。それに、無理だ」
ラニアは口元に薄く笑みを浮かべる。
「決めつけないで。自分が守れなかったからって」
職人の動きが止まり、顔色が変わった。
「……なんだと」
それでもラニアは視線を逸らさない。
「亡くなった人は戻らない。でも、だからこそ僕は、守る力が欲しいんだ」
しばしの沈黙のあと、職人は大きく息を吐いた。
「……いいだろう。少し、腕と背の高さを見させてくれ」
ラニアは素直に言われた通りに動く。職人は黙ってその様子を確認し、やがてリリアーナに向き直った。
「一週間後だ。こいつと一緒に取りに来い。馬でだ。兵士に頼るなよ」
その言葉に、リリアーナの内心は大混乱だった。
――馬? 私一人でも不安なのに、ラニアと一緒に?
考えるほど、難易度が高すぎる。
「わかったな」
念を押すような職人の一言に、リリアーナは覚悟を決めるしかなかった。
「……はい」
そう答える声は、少しだけ震えていた。
翌日から、リリアーナは馬に乗る練習を始めた。
――馬って、大きいし、目はくりくりしているし、なんだか怖い。歯も立派だし、落ちたら痛そうだし、蹴られたら命に関わりそう。
リリアーナにとって、馬は正直に言えば苦手な存在だった。
それでも必要に迫られ、ラニアと一緒に兵士のもとを訪ね、どの馬が良いか相談することにした。
「この馬が、おとなしくてよろしいかと思います」
兵士はそう言って、一頭の馬を示した。
――全然、わからない。
リリアーナは心の中でそう思った。
するとラニアが、別の馬を指さして言った。
「こっちの馬は、だめなの?」
兵士は少し言葉を選ぶようにして答えた。
「だめ、というわけではありませんが……少々、気が強いかと」
――その馬は、とても賢い。
兵士の胸中にはそうした評価があったが、同時に、人を時に見下すところもある馬だった。
「僕は、この馬がいいと思うな」
ラニアは迷いなく言った。
二頭の馬を見比べながら、リリアーナは困惑した。
――どうしよう。本当に、違いがわからない。
けれど、ラニアの勧めた馬は茶色の毛並みに、額には白い星があり、どこか愛嬌があるように見えた。
……少し、可愛いかもしれない。
結局、リリアーナは理屈ではなく、その見た目に心を動かされ、ラニアの選んだ馬に決めたのだった。
……馬はラニアをじっと見ていた。