軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

影の調査

魔鳥飛来――五日目までは、恙なく終わった。

オルフェウス、エドモンド、そして兵士たちの奮闘は素晴らしく、領民たちは毎朝、無事に目覚められることへ深い感謝を抱いていた。しかし――六日目。初めての異変が起きた。

エドモンドの集中力が途切れたのだ連日の戦いの疲労。リリアーナがいないという焦燥。

それらが積み重なり、彼の心と体を蝕んでいた。

エドモンドは、矢を外した。慌てて次の矢を用意するが、魔鳥は速かった。ひゅう、と風が哭いた。魔鳥の一羽が急降下し、鋭い爪でエドモンドを襲う。

「……っ!」

オルフェウスも兵士たちも、それぞれの持ち場を離れられない。エドモンドは剣を抜き、必死に応戦した。その一撃は確かに魔鳥を仕留めた。――だが、深い傷を負った。

翌七日目。エドモンド不在の戦いとなった。

「まだ、戦えます」

というエドモンドの言葉に対し、オルフェウスは冷淡に告げた。

「…怪我人は、足手まといだ。下がっているんだ」

オルフェウスたちは、それでも善戦した。

だが――戦力が減った痛みは、容赦なく現実となる。

兵士が倒れた。家畜がさらわれた。結果、去年の被害を超えてしまい、領民の心は大きく揺らいだ。

亡くなった兵士に寄り添い泣く家族。

その光景は、誰の胸にも暗い影を落とした。

そして何より――エドモンド自身が、自分を許せなかった。

(俺が……俺がしっかりしていれば――)

彼の拳は、血が滲むほどに握り締められていた。

そうして、魔鳥の襲来は、終わった。

領民たちは少しずつ日常へと戻り、城にもようやく静けさが訪れつつあった。

王からの遣いは、エドモンドの怪我と戦いの様子を日々目にしていた。

――リリアーナは本当に、この地にいないのだ。そう思い至るのに、時間はかからなかった。人の命がかかったこの状況で姿を見せないのなら。

遣いは、全てを包み隠さず国王に報告することに決めた。帰還の挨拶を告げた際、遣いは静かに問いかけた。

「リリアーナがいないのは、事実のようだな。だが……いったいどこへ消えたのだ?」

オルフェウスは疲れてこわばった表情のまま、声を落として答えた。

「それは……我々が知りたいのだ。

妻も、息子も、そして私も――」

遣いは、ちらりとエドモンドへ視線を向けた。包帯に覆われた身体。痛みを堪えながら、必死に指示を出し動き続ける姿。

――動いていなければ、正気でいられないのだ。その焦燥が、隠さずとも滲み出ていた。

マルグリットもまた、暗い影を落とした瞳で遣いを見送り、深く頭を下げた。

やりきれない思いを胸に、遣いは馬を返した。北の地を後にする風が、冷たく頬を撫でた。

遣いは国王の前に跪き、北の地で起きた全てを報告した。リリアーナは行方不明であり、

エドモンドとは近く結婚式を挙げる予定だったこと。領地に到着した時にはすでに姿がなく、調査を行ったものの痕跡すら見つけられなかったこと。

魔鳥の襲来があり、婚約者であるエドモンドが傷を負っても、リリアーナは一度も姿を見せなかったこと。

国王は無言で聞いていた。だが、遣いの言葉が途切れると同時に低い声を落とした。

「――それで、そのまま帰ってきたのか?」

その声には、刃のような冷たさがあった。

遣いは肩を震わせながら答えた。

「……はい。私にできることは、何もないと……そう判断いたしました」

絞り出すような声だった。国王の視線が鋭く突き刺さったあと、短い言葉が告げられた。

「……下がれ」

遣いは深く頭を垂れ、静かに退室していった。その扉が閉まると、国王は薄闇に囁いた。

「……どう思う?」

柱の影から、一人の人物が音もなく現れた。

「さあ。しかし……あの遣いは嘘は申しておりません」

落ち着いた声。気配を消す技に長けた者――王直属の影。

国王は眼を細めた。

「ならば……やむを得ん。調べてこい。もし見つけたなら、この城へ連れて来るのだ」

影は一呼吸置いて問う。

「……場合によっては、手荒な手段になるかもしれませんが?」

「構わん」

国王の答えは、迷いなく冷徹だった。その瞬間、影の姿は霧のように消えた。ただ、重苦しい空気だけが王の間に残された。

影はまず、リリアーナの過去を調べた。

――リュークス男爵家の生まれ。幼少期には調剤と剣術を学んでいた。その記録の隅に、不自然な一文がある。

「森に自ら入っていた、だと…?」

影は眉をひそめた。貴族の子女が単独で森へ踏み入るなど、常軌を逸している。だが、森に詳しいとなれば──潜伏されれば厄介極まりない。

影はリリアーナの調査を進めた。

学院に入る前、彼女は公爵家で行儀見習いとして暮らしていた。そこで公爵家の娘アデライドと、親しい関係になったという。

「……公爵家の調査が必要か?」

小さく呟く。

学院時代。交友関係は乏しく、主に一人で過ごしていたらしい。親しい友人がいないのであれば、詮索は不要だと判断する。だが、記録の最後に異変があった。

「途中で、エドモンドと共に北の領地へ向かった…?」

影は紙面から顔を上げた。胸中で、疑念が鋭く形を成す。

(やはり、一番疑いが濃いのはエドモンドか?)

影は、躊躇なく部下を動かした。国王は“速さ”を求めている。悠長に構えていられる事態ではない。それぞれに調査を命じ、影は報告を待った。

まず、リュークス男爵家。――ここは最初に除外された。リリアーナが帰還した形跡も、支援を求めた形跡もない。家の者たちも普段通りで、怪しい動きは皆無だった。

次に公爵家。リリアーナとは時折、手紙等のやりとりがあるらしい。だが、公爵家にリリアーナの気配はない。

(国王の遣いを前に隠蔽などすれば、一家の破滅だ…常識的ではない)そう判断し、次の候補へと移る。

騎士団長。報告によれば、先日、妻と激しく言い争ったという。原因は息子の“治癒”。

息子の目が治ったことを秘匿しようとした夫に対し、「息子が可哀相だ」と妻が反発。

家人にまで知られ、噂はすぐ外へ漏れた。

(外部に知れた時点で、秘匿などできまい)

さらに、騎士団長は「いつかリリアーナを歓待したい」と口にしていたという。関連性はあるが、協力者としては除外できる。

そして――リリアーナ達が最近訪れた家。イレーネという娘が大火傷を負っていたはずが、今では傷の影も形もない。(間違いなく、リリアーナが治したな)だが、その家も静かな暮らしのまま。出入り、食料品等の動きから、リリアーナが居るとは考えられない。

一通りの報告を整理し、影はひとつの結論に辿り着く。

(……やはり、北か。それとも、第三者が裏に?)

どちらにせよ、机上の情報だけでは限界がある。

「現地調査だ」

影はその一言で全てを決めた。夜風を裂き、黒い影が北へ向けて駆け出す。

国王の命を果たすために。

すべての謎を暴くために。