作品タイトル不明
灰色の瞳の少女
この世界において、精霊は、魔力の濃く溜まった場所で産まれる。……精霊は久しく現れていなかった。しかし、新しい精霊が産まれた。
新しい精霊は、導かれるようにしてある場所に行った。そこには人と精霊が入り混じる世界が広がっていた。
空気のように漂う精霊たちは、互いに干渉することもなく、ただ、そこにあった。時々、人についていくのもあった。新しく生まれた精霊もまた、その流れの中に身を置き、精霊を、人々の姿を見つめた。
人は不思議な生き物だった。
笑い、泣き、怒り、抱きしめ、手を離す。
その表情は目まぐるしく変わり、ひとつとして同じ瞬間がなかった。
精霊は、気づけば人ばかりを見ていた。
人は生まれ、成長し、老い、やがて死ぬ。
その流れの速さは、精霊には眩しく、儚く見えた。病や怪我で、あっけなく命が途切れることもある。それでも人は、生きることを手放さなかった。
ある日、精霊はひとりの少女に目を留めた。
灰色の瞳と、白みがかかった金の髪。
その笑顔が、気になった。
精霊は、少女の後を追った。
少女はやがて、遠く離れた土地へ両親と旅立った。精霊もまた、その背中を追いかけた。
新しい土地で両親は、少女を残して去っていった。
少女は泣いてばかりいた。家に帰りたい、と。その涙が乾かぬうちに、夜が明け、また夜が来た。
精霊は、彼女の願いを叶えたかった。
けれど、少女には魔力がなかった。
少女の願いを叶えるなら、少女の命が必要だった。……死んだら、帰れない。
……精霊は、少女の願いを叶えられなかった。
精霊は考えた。
どうすれば、あの少女を帰らせてやれるのだろう。
――そうだ。
周りの大人たちが、あの部屋の鍵を開けて連れて行けばいい。
……帰ったら、少女はきっと笑うはずだ。
精霊は、少女のそばにいた大人のひとりへと近づいた。そして、ふっと身体の中へ入り込んだ。
次の瞬間、大人の身体が震え、崩れ落ちた。
精霊の魔力はあまりにも大きくて、異質で、普通の人の身体には耐えられなかった。
大人は、動かなくなった。
何が起こったのか、精霊にはすぐには理解できなかった。
けれど、女の子は泣き、周りは叫んでいた。
精霊はもう一度試した。
別の大人なら、上手くいくかもしれないと思った。
二度、三度――そのたびに、人は倒れ、静かになった。
やがて周りの人々は怯えたように少女を見つめ、口々に言った。
「呪われている……」と。
少女は、どこか遠くへ連れて行かれた。
精霊は追いかけようとしたが、途中で不思議な扉に行く手を阻まれた。
扉には見たこともない模様が刻まれ、
触れた瞬間、光が弾けて精霊の身体を遠ざけた。
……もう少女の気配は届かなかった。
何度も扉を通ろうとしたが、無理だった。
精霊はしばらくその場所に留まり、
扉の向こうを見つめ続けた。
やがて、精霊はゆっくりと身を翻し、
かつていた場所――人と精霊が混じるあの場所へと戻っていった。
再び、世界をただ見つめる日々が始まった。
ある日、一人の女が赤ん坊を産むのを見た。
産声が上がり、空気が震え、
女は涙を流して喜んでいた。
その光景は、精霊にはとても不思議だった。
ひとつの命が終わるときには悲しみが満ち、
ひとつの命が生まれるときには、
同じ涙でも、温かな色をしていた。
けれど、命を産むその瞬間に、
母が死んでしまうこともあると知った。
……やがて、静かに考えた。
もし、いいなと思う女の子がいたら、その子が大人になったら、赤ちゃんを産んでもらおう。
きっと、生まれたら喜ぶ。
そして、その赤ちゃんが、
自分の魔力に似ていたなら――
その身体を、借りてみよう。
そうすれば、この世界の中で生きられる。
声を持ち、手を伸ばし、歩くことができる。
そうしたら、あの灰色の瞳の少女に会いに行こう。
あの扉を越えて。……もしこの場所に、一緒に戻ってこれたなら、彼女は笑ってくれるだろうか……。
でも、赤ちゃんって、どうやったら産んでもらえるのだろう……。
精霊は考えることを、止めなかった。
精霊は、ある時、ひとりの女の子を見つけた。
風に揺れる紫色の髪。
その子が植物に水をあげるたび、柔らかく微笑む。その笑顔が、かつてのあの灰色の瞳の少女と重なった。
精霊の中に、静かに波が立った。
胸の奥が、淡く疼くようだった。
気づけば、女の子のそばにいる時間が増えていた。
女の子の放つ魔力は、やさしくて、あたたかかった。春の陽に似て、精霊の身体を包み込むようだった。その心地よさに、精霊は溶けていくような感覚を覚えた。
――この子なら、きっと。
精霊は考えた。
もし、ほんの少しずつなら……
少しずつ、魔力を混ぜていけば。
精霊は、ゆっくりと、静かに、願いを胸に抱いた。