作品タイトル不明
リリアーナ、薬を作る
次の日の朝、リリアーナはふと思い立った。
「……薬を作ろう」
理由はひとつ。
セラフィーネが、どこか元気がなかったからだ。
リリアーナは自分の鞄から、海辺で集めた薬草を取り出した。
「これと、これと、これ……うん、いけそう」
……ある薬を作るつもりらしい。
調理場を借りて、葉を細かく刻んで……作業を始める。
「……この、匂い。感じは、悪くない」
小瓶の中で薬液がやさしい緑色に輝く。
リリアーナは満足げにうなずいた。
「できた。……けど、なんか違うような?」
首をかしげながらも、ためしに一口。
「うん……ちょっと、心が軽くなった気がする。でも、こんなのだったっけ……?」
しばらく考えて、肩をすくめる。
「ま、いいか」
――そう。リリアーナはすっかり忘れていたのだ。
自分が“毒耐性”の能力を持っていることを。
薬草の香りがふんわりと調理場に残る中、リリアーナはごきげんで小瓶を抱えて部屋を出た。
リリアーナは小瓶を手に、セラフィーネの部屋を訪ねた。
「今、いい?」
「いいわよ」
中から穏やかな声が返る。扉を開けると、セラフィーネは身体を起こして、ラディンと何か話しをしているところだった。
(仲良しだなぁ……)と、リリアーナは思いつつ言った。
「ねぇ、これ……」
リリアーナは、小さな瓶を差し出した。
「少し、心の元気が出る薬を作ったの。飲んでみて……」
その期待の満ちた顔に、セラフィーネは思わずまばたきをした。
……なぜだろう。とても嫌な予感がする。
しかし、命の恩人の手作りの薬を断る勇気など、彼女にはなかった。
「……一口、だけなら」
リリアーナは少し不満そうに唇を尖らせたが、すぐに笑顔に戻って、
「はい、どうぞ」と器に一口分を注いで渡した。
セラフィーネはそっと受け取り、迷いながらも一気に飲む。
「……ありがとう」
「ゆっくり休んでね」
「ラディンも飲む?」
リリアーナはにこやかに聞いた。
「俺は、いらない」
ラディンの狩人の本能が働いた。……あれは、危険だと。
「そう。……残念」
そうして、リリアーナ、軽やかに部屋を出て行った。
……二人の邪魔をしてはいけないよね、と心の中で思いながら。
廊下に出たリリアーナは、ふふふ、と鼻歌を歌いながら歩いた。
「うん、いい一日になりそう」
その背中を見送りながら、部屋の中でセラフィーネは静かに息をつく。
薬は、思っていたよりずっと強力だった。
それは「少し落ち着く」どころではなく、心の奥にある硬い蓋を、しっかり外してしまうような――そんな自白剤に近い物だった。
「……なんだか、疲れたわ」
セラフィーネはラディンに背を向け、ベッドに横たわった。
窓の外では、潮の音が静かに響いている。
セラフィーネの、かすかな声がした。
「少し、話してもいい……?」
「いいぞ」
ラディンは腰を下ろしたまま、静かに答えた。
「内緒よ。……私の能力はね“直感”なの。
何となく、こうすれば良いって、頭の中に浮かぶの。
昔は、それがすごい特別だと思ってて……遊んで、ばかりいて。何の努力もしてなかったの……」
言葉が途切れ、少し間があった。
「でも、あの夜、賊の存在……、私が気づいて声をあげた時には、もう全てが、遅かった。
……結局、一番、罪深いのは、……私なのよ」
ラディンは黙っていた。
セラフィーネの肩が、かすかに震えていた。
けれどやがて、静かな寝息に変わる。
ラディンはその背中をしばらく見つめ、そっとため息をつき、部屋を出た。
リリアーナはご機嫌だった。
セラフィーネに薬を飲んでもらえたし、きっと今ごろ、二人で良い雰囲気になっているに違いない。
「ふふっ、完璧……」と廊下を歩く。
けれど――ふと手元を見ると、小瓶の中に薬が半分ほど残っていた。
「……どうしよう、これ」
少し考えたあと、リリアーナの目の前にセレナの姿が見えた。
セレナは水差しを抱えたまま、どこか元気がない様子だ。
リリアーナの瞳がぱっと輝く。
「セレナ!」
「え? はい?」
驚くセレナに、リリアーナは勢いよく近づく。
「あの、心が少し元気になる薬を作ったの。ぜひ、飲んでみて……」
きらきらとした笑顔。まぶしいほどの善意。
セレナは一瞬、言葉を失った。
……妖しく光る瓶。……漂う薬草の香り。しかし、セラフィーネの命の恩人の申し出。
断れるはずが、なかった。セレナはこくりとのどを鳴らした。
「……では、少しだけ」
そう言いつつ、セレナは瓶を受け取り中身を飲む。
リリアーナは満足げに頷く。
「きっと元気になれるよ……」
セレナは小さく咳をして、なんとも言えない表情になったが、リリアーナは気づかない。
「セレナの炎、いつ見ても、きれいだねぇ……」と、満面の笑顔で去っていった。
リリアーナの肩には、お雪様がふわりと、いた。
その背を見送りながら、セレナは小さくため息をつく。
セレナは、セラフィーネに会いに行こうとしていた。廊下を再び歩き始めた時、ふと耳に飛び込んできたのは、他人の話し声だった。
「セレナ様よりセラフィーネ様を王とした方が良いのでは?」
「しかし、セレナ様の能力は“王”だぞ。愛し子だし」
その言葉を聞いた瞬間、セレナの目から涙があふれた。
人目を避けるように、急ぎ足で誰もいない場所を探して走る。
たどり着いた裏庭――周りに誰もいないのを確認すると、セレナは立ち止まり、しゃがみ込んだ。
しゃくりあげる声と共に、長い間押し殺していた感情が一気に溢れ出す。
「……私だって、好きで“王”の能力を持ったわけじゃない……。好きで、愛し子になったわけじゃない。
……王、なんて無理だよ。
私が“王”だから、お姉様も出ていって……。
本当は、ずっとお姉様にいてほしいのに……。
もう、いやだ……。いやだよ……」
セレナは泣いた。今まで、こんな事は無かったのに。涙が、止まらない。感情が、止まらない……。
ラディンは、遠くから、微かに泣き声がするのに気づいた。行ってみると、セレナが泣いていた。
「セラフィーネに、王なんて無理、て言えば?」ラディンは後ろから声をかける。
セレナは顔を上げずに、震える声で答えた。
「……言えない。お姉様だって、頑張ってる」
「じゃあ、頑張るしかない。……過去は、変わらない。これから、どうするかだ」
セレナは、肩を震わせ、嗚咽をあげた。
ラディンは、セレナが立ち上がるまで、ずっと隣に座っていた。
ラディンは思った。リリアーナは、一体何を飲ませたんだ……と。