軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アレックスの失態(アレックス・トスカナ視点)

「僕を呼び出した理由は、それを伝えたかったのですか?」

意を決して、僕はローレル殿下に尋ねた。

僕の失態を自覚させたかったのか。

無能なのだと分からせたかったのだろうか。

今、かなり実感している。

もう少し、自分はできる人間だと思っていた。

「それもある」

ローレル殿下は淡々と答える。

僕から受け取った資料をめくりながら。

六年前、ローレル殿下のお言葉を聞き流してしまったことは僕の失態である。

幼い頃から彼が優秀だということは、一番間近で見てきたというのに。

「……他にも、何か?」

「メリッサを選んだのは私であって、彼女は王太子妃になることを望んではいなかった」

ローレル殿下は書類から視線を上げ、僕に向ける。

怖いほど真剣な眼差しで、その場から逃げ出したくなるほどだった。

「だから、メリッサを非難する言葉は慎んでほしい。彼女は何も悪くない」

はっきりとローレル殿下は告げる。

真っ直ぐな眼差しで。

ああ、夜会での僕の発言のことだ。

「大変申し訳ありませんでした」

僕は深く頭を下げながら謝罪した。

悪いのは完全に僕なのだから。

それも分かって発言したのは、自分の未熟さからきたものだとしている。

「私に謝る必要はない。この件に関してはメリッサにもね。メリッサ本人は全く気にしていないから。あえて思い出させるようなことを言わないでくれれば良いよ」

肩をすくめながら、ローレル殿下はため息交じりに言う。

「その手の話題が出るのは分かっていたんだ。誰だってそう思っただろう」

ローレル殿下は独り言のように呟いた。

「確かに。メリッサ妃以外はそう思いますよね、普通」

笑いを堪えながらマレインが言う。

ハーツも肩を震わせている。

リンシードとラヴィンドは、どのような表情をすれば良いか決めかねているようだ。

シトラール卿は呆れたような、そして少し疲れた表情を浮かべていた。

メリッサ妃本人は、妊娠したから結婚したとは思っていなかった。

直接、僕が懐妊の言葉を発した時、『なるほど』と言っていたくらいだから。

本当に妊娠の可能性はなかったのだ。

その件については、メリッサ妃本人が一番よく分かっているはずだ。

魔法学園ではローレル殿下とは挨拶程度しか言葉を交わしたことがなかったと、メリッサ妃は夜会で言っていたことを思い出す。

もしかして、あれは事実だったのか?

僕は、そんなはずはないと思い込んでいた。

誰だって、そう思うはずだ。

「メリッサは私の気持ちを知らなかった。知られないようにしていたから。逃げられないようにね」

ローレル殿下は苦笑混じりに続けた。

逃げる?

メリッサ妃が?

でも僕の考えは間違いではなかった。

わざとメリッサ妃の存在を隠していたんだ。

「……なぜ?」

僕は疑問を口にした。

聞いてよいことか分からず、少し迷いながら尋ねた。

「多分、私の気持ちを知っていたら、メリッサはこの国から逃げ出したと思うよ。それだけの行動力と知識がある。あと、バウム夫人はサフラン王国の元王女だし、そちらのツテも使えるしね」

ローレル殿下は大きく息を吐いた。

相当苦労したように見える。

サフラン王国も巻き込めば、間違いなく国際問題だ。

たとえ、サフラン王国が軍事力をそれほど持っていない小さな国だとしても。

あの国は友好国が多い。

サフラン王国を敵に回すと厄介なのは間違いない。

我がベイリーフ王国もその一つではあるが。

友好国との結びつきが本当に強いのである。

それが、この世界で一番小さな国が現在まで戦火に巻き込まれることなく存続している理由だ。

メリッサ妃の母君はサフラン王国の元王女だと知ってはいたのに。

そこまで頭が回らなかった。

僕にとっては盲点だったのだ。

宰相補佐として、まだまだだと痛感する。

「バウム子爵家はメリッサの気持ちを最優先にしただろう。たとえ、ベイリーフ王家と揉めることになっても、だ。婚約もせずに結婚したのは、そういう理由もある」

ローレル殿下の説明に、思わず目を見張った。

普通、光栄なことだろう……?

王太子妃になるのは。

のちには王妃に、国母になるのが決まっているのに。

バウム子爵家の家名も、間違いなく上がる。

バウム子爵家にとっては名誉なことのはずだ。

それなのに。

僕は無意識にシトラール卿へと視線を向けていた。

ローレル殿下の説明が信じられなくて。

あまりにも、現実的ではないのだ。

「ローレル殿下の推測は当たっています。ただ、バウム領全体の総意になりますが」

諦め気味にシトラール卿は呟いた。

バウム領全体?

領民まで、同じ考えなのか。

驚愕しかない。

「だから、いきなり結婚、ですか」

僕はなんとか声を絞り出す。

まだ理解が追いついていない。

「アレックスを私の側近に迎えなかったのは、メリッサを妃にするための目眩ましの意味もあった。そこは謝罪する」

ローレル殿下は静かに言った。

僕を側近に入れなかったのは、ローズマリーをローレル殿下の婚約者筆頭候補だと思わせるため。

ローズマリーの気持ちを利用するつもりは、ローレル殿下にはなかったのだろう。

だから、六年も前に僕に忠告したのだ。

反対に、申し訳ないと思っていたのが感じられた。

ここまで、ローズマリーがローレル殿下を想いを寄せるとは予想外だったはず。

ローレル殿下はローズマリーと、かなり距離を置くようになっていた。

そのこともあり、六年前にあのようなことを僕に言ったのだ。

あの時、ローレル殿下の考えを理解していれば……後悔しかない。

「虫のいい話なのだが、アレックスを私の側近に迎えようと思っていた」

「え?」

僕はローレル殿下の言葉に驚いた。

が、その意図はないとローレル殿下を見て分かった。

それに過去形だった。

「アレックスは宰相補佐の仕事が向いているようだ。活躍は聞いている。本当に、これは誤算だったよ。宰相が優秀なアレックスを手放す気はないとはっきりと私に直接言いに来たくらいだ」

残念そうな声と説明ではあったが、ローレル殿下は何だか少し嬉しそうな表情をしていた。

ああ……これは、幼馴染として僕が評価されたのを喜んでくださっているのだ。

ローレル殿下は、そういう人だ。

「宰相が……」

そこまで、宰相に期待されているとは思っていなかった。

宰相は完全なる実力主義で、僕に対しても忖度なく、はっきりと言う。

その宰相から、仕事を任せてもらえるまでになったのだ。

尊敬する上司に認めてもらっているのだ。

嬉しくないわけがない。

「だが一応、アレックス本人の意見も聞いておこうと思ってね。どうだ? 私の側近になるか?」

真っ直ぐに僕を見つめて、ローレル殿下は言った。

「有り難いお申し出ではありますが、僕は現在の仕事を続けたいと考えております」

僕は正直に答えた。

ローレル殿下はその返答に納得したように頷く。

「分かった。宰相にも伝えておく」

軽い口調でローレル殿下は返す。

僕は改めてローレル殿下に頭を下げた。

主君としても、幼馴染としても、友人としても。

僕はローレル殿下に信頼されていることが分かった。

それだけで、もう十分だった。

ローレル殿下の家臣として、一生お仕えすることを改めて決意した。

彼が国王になった時に、僕は筆頭公爵家の当主として支えていくのだ。

そして、ローレル殿下はシトラール卿の方へと視線を向ける。

ローレル殿下は、とてもよい笑顔を浮かべていた。

「だ、そうだ。シトラール、しばらく僕の仕事を手伝ってもらうよ」

「……俺は魔法の研究がしたいのですが」

シトラール卿がなんとも言えない表情で答える。

「シトラールが優秀なのが悪いんだよ」

ローレル殿下はからかうようにシトラール卿に言った。

そう言えば、彼らは義理の兄弟になるのだ。

ここまでローレル殿下がシトラール卿に気を許している理由に納得がいく。

王族であるがゆえ、気を許す相手はかなり限られてくる。

ローレル殿下は、メリッサ妃の次兄をとても信頼している。

先ほど、ローレル殿下が言ったように、シトラール卿が優秀なのは事実なのだろうから。

「今更、シトラールに抜けられても困る」

ハーツが当然のように言った。

次期宰相と言われているハーツが言うのだ。

間違いなくシトラール卿は優秀なのだろう。

ほかの側近たちも何も言わない。

それはシトラール卿を誰もが認めているということだ。

シトラール卿は元々イーズ侯爵家の親戚でもある。

ハーツの補佐という形が取れるのだろう。

そのやりとりをローレル殿下は嬉しそうに見ている。

本当に嬉しいのだろう。

それから、ローレル殿下は僕を改めて見た。

ローレル殿下は余裕の笑みを浮かべている。

――真意が読めない。

これ以上、どんな話をするつもりなのか見当もつかない。

「あと、一応アレックスの心証も聞いておこうと思ってね」

焦らされるかと思ったが、あっさりと答えが返ってきた。

だが、それは予想外の言葉で、僕は一瞬戸惑う。

「……心証、ですか? メリッサ妃の?」

思わず確認する。

なぜ僕に、メリッサ妃の印象を聞くのか。

理由はどこにもない。

「なぜ私がアレックスにメリッサの心証を聞かなければならないのだ」

眉をひそめ、やや呆れた口調で返される。

――違うのか。

では、ローズマリーのことか。

「アレックスにメリッサを知ってもらう気はさらさらないよ」

苛立ちを含んだ声で、ローレル殿下は続けた。

普段は穏やかな方だけに、少し怒っているのがはっきりと分かる。

嫉妬か。

だが、なぜ僕に?

……まさか、独占欲。

夜会で見たあの執着を思い出し、僕はわずかに眉を寄せた。

相当メリッサ妃にご執心らしい。

ローレル殿下は六年間も気持ちを隠し、計画を経て結婚したのだ。

どれだけメリッサ妃のことが好きなんだ。

そして、この莫大なローレル殿下の想いを、メリッサ妃は知っているのか。

先ほどの話を聞く限り、まだ気持ちは隠しているのだろう。

メリッサ妃が逃げ出してしまわないように。

そんなに活動的な令嬢には見えなかったが。

ローズマリーも、メリッサ妃は大人しく、でも常識はあり、成績も良い模範的な令嬢だったと言っていた。

人は見かけによらないな。

そして、その話を僕にしたのは、メリッサ妃が逃げようと画策しているのを察知したら、ローレル殿下に速やかに連絡させるためだろう。

完璧に計算されている。

ローレル殿下は本当にメリッサ妃に逃げられないように必死のようだ。

しかし、まだメリッサ妃が逃亡する恐れがあるということなのだろうか。

夜会で一度会っただけなので、僕には判断できない。

だが、心には留めておこう。

ベイリーフ王国のために。

きっとローレル殿下はメリッサ妃を離さない。

逃げられても地の果てまで追いかけるのは間違いないだろうと、簡単に推測できた。

そうなったら、僕の仕事も増えてしまう。

ただでさえ、現在は王太子の結婚式準備で忙しいのに。

これ以上忙しくなったら、過労死する人間が続出してしまう。

間違いなく。

これはローレル殿下の意思を尊重するしかない事案である。

なんとなく、ではなく。

確実に、僕はそう思ってしまった。