作品タイトル不明
(回想)メリッサ嬢の功績(マレイン・ウズイカ視点)
俺が目を覚ましたのは、意識を失ってから丸二日が経った後だった。
「……魅了魔法……?」
吐き気に堪えながら、かすれた声で呟く。
その声に反応して、部屋に控えていた王宮の侍従が慌てて医者を呼びに走った。
「お水はお飲みになりますか?」
メイドに問われ、俺は無言で頷く。
重い身体を無理やり起こし、差し出されたコップを受け取った。
一気に水を飲み干す。
頭が、ようやくはっきりしてきた。
何が起きた?
必死に記憶を手繰る。
そして――。
この二週間の出来事が、一気に蘇った。
ラズベリー・ハーブ男爵令嬢の奇行。
それに対して、普段ではあり得ない行動を取っていた自分自身。
「……っ!!」
思わず息を呑む。
胃の奥からこみ上げるような吐き気が襲ってきた。
先ほどとは違う。
身体ではなく――精神からくる吐き気。
冷や汗が全身から噴き出す。
――俺は、何をしていた?
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ローレル殿下に面会できたのは、目を覚ましてから三日後だった。
その間、身体を休めながら、魅了魔法の検査を何度も受けた。
繰り返し、繰り返し。
執拗なほどの検査。
魅了魔法の恐ろしさは、見た目からは分からないことだ。
完全に影響が消えているかどうかの判定は、高位の魔法師にしかできない。
まさか、自分が。
これほどの魔力量を持つ俺が、魅了にかかるなど。
……慢心していた。
俺は深く息を吐き、ローレル殿下の執務室の前に立つ。
一度、呼吸を整え――扉を叩いた。
「マレインです」
「入れ」
短い返答。
俺は重い扉を押し開けた。
室内には、ローレル殿下、ハーツ、そしてシトラールがいた。
ローレル殿下の側近であるリンシードとラヴィンドの姿はない。
「体調はもう大丈夫か?」
ローレル殿下が椅子から立ち上がりながら問う。
「はい……申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる。
あってはならない失態だった。
「マレインにラズベリー嬢の対応を任せたのは私だ。今回の件は私の責任でもある」
殿下はそう言った。
――その一言で分かる。
俺は、切り捨てられていない。
「とんでもございません。俺の注意不足です」
これは譲れない。
慢心したのは、俺だ。
殿下は少し困ったように微笑んだ。
「ハーツ、シトラール。マレインも来たことだし、少し休憩しよう」
全員、執務机から離れ、ローテーブルへ移動する。
どうやらシトラールも仕事を手伝っていたらしい。
――シトラールはローレル殿下に完全に信頼されている。
「……リンシードとラヴィンドは?」
俺の問いに、殿下は肩を竦めた。
「まだ治療中だ」
短い答え。
――あの二人も、魅了魔法にやられていたのか。
「あの魔石は……?」
俺は机の上のケースに視線を向ける。
大切に保管されている石。
「あの魔石もメリッサ嬢が作ったものだ」
「……え?」
思わず声が漏れる。
あの、魔力量の少ない令嬢が?
俺の視線が自然にシトラールの方を向く。
「妹は魔力量こそ乏しいですが、発想とセンスで俺を上回る魔法を使います」
淡々とした口調。
だが、その言葉は重い。
シトラールは明らかに高い魔力量を持つ。
外見で分かる魔力量が多い人間の特徴。
シトラール・バウムはそれに当てはまっている。
薄い茶色より灰色に近い髪の色、そして金色に近い淡い茶色の瞳。
メリッサ嬢とは色の濃さが全く違う。
それにメリッサ嬢は四人兄弟の末子である。
魔力量が少ないのは当然だった。
反対にシトラールは子爵家第三子であるのに関わらず魔力量かかなり多い。
俺のように覚醒遺伝をもった珍しい人間ではないだろうか。
バウム子爵家嫡男のレーモンより魔力量は多いのではないかと推測していた。
その彼が、自分より上だと認める?
正直、信じ難い。
魔法学園の入学式当日、俺は間近でメリッサ嬢をみた。
メリッサ嬢は黒に限りなく近い茶髪に漆黒の瞳だった。
「今回の件では、魔力を使い切り、三日ほど寝込んでいます。現在はイーズ侯爵家で療養させてもらっています」
――そこまでして。
メリッサ嬢はあの魔石を作ったのか。
ラズベリー・ハーブの魅了魔法に気がついて、だ。
ぱっと見では、ただの石ころ。
多少魔力はあるが、誰も魔石だとは思わないだろう石。
それに、あれほどまでの魔法を付与したのか。
メリッサ嬢が作ったものだとは完全に信じる事ができずに、シトラール・バウムに向かって口を開いた。
「……もう一度、あの魔石を見せてもらえるだろうか」
「申し訳ありません。現在は魔法学園側で確認作業に使用されています」
「そうか……」
他にも被害者がいる可能性がある。
当然の判断だ。
だが。
つまり俺は――。
あのメリッサ嬢の魔法付与した魔石に、完全に救われたと言うことか。
理解できない。
だが、事実だ。
「メリッサ嬢の容体は?」
「すでに日常生活には問題ない程度まで回復しています」
シトラールは淡々と答えた。
「今日は、アンジェリカ・パトーキ侯爵令嬢がお見舞いに来るそうです」
パトーキ侯爵令嬢とメリッサ嬢は、最近一緒にいることが多かったようだった。
侯爵令嬢と子爵令嬢が、対等に話し笑いあっていた光景が珍しくて、記憶に残っている。
パトーキ侯爵令嬢は魔法学園では少し目立つ存在ではあった。
――曰く付きの令嬢だ。
「待て、シトラール」
ローレル殿下が割って入る。
「なぜ彼女が? そもそも今、学園は休校中だ。メリッサ嬢の所在も秘匿しているはずだが」
シトラールは一瞬ハーツと視線を交わし、苦笑する。
「独断で俺が手紙を送りました。メリッサが“彼女とは一生友人でいられる”と言っていたので」
「人を見る目は確かですからね」
シトラールの、言葉にハーツが補足する。
それから、ふと思い出したようにハーツはローレル殿下を見た。
「それとローレル殿下……毎日イーズ侯爵家に大量の薔薇を送るのは控えていただきたいのですが」
「?」
ローレル殿下は首を傾げる。
「メリッサ嬢は薔薇が好きなのだろう?」
「初耳です」
シトラールが即答した。
上手い返答だと思った。
彼の優秀さが垣間見れた気がした。
「だが、バウム領では薔薇の魔法改良に力を入れていたはずだ。現在、青薔薇がバウム領の各地で咲いていると報告を受けている」
「……咲いているのですか? バウム領に薔薇の花が?」
ハーツが驚きを隠せずに言う。
疑心半疑のようだった。
バウム領は痩せた土地で有名だ。
そこに薔薇が咲き誇るなど――異常だ。
シトラールは大きくため息をついた。
「またやらかしたのか……メリッサは」
心底うんざりした顔で呟く。
シトラールはそのことを知らなかったらしい。
そのシトラールの様子を見ながら、俺は思った。
メリッサ・バウム。
あの令嬢は――。
やはり、ただの令嬢ではない。
きっと、これから面白くなりそうだ。