作品タイトル不明
(回想)ローレル殿下の真意(シトラール・バウム視点)
俺の断言を、ローレル殿下は戯言として切り捨てなかった。
むしろ、真剣に受け止めてくださった。
それが意外だった。
今の状況で、俺の言葉はあくまで推測に過ぎない。
メリッサは意識がなく、確認も取れない。
可能性がある――その程度の話だ。
それなのに、殿下は軽く流さなかった。
「なるほど」
低く呟き、ローレル殿下は考え込むように目を伏せた。
何か思い当たる節があるのかもしれない。
「魅了の魔法か。……一番影響を受けているのは、マレインのようだな」
「っ!」
その言葉に、俺とハーツ様は同時に息を呑んだ。
魔力量の多いマレイン様が影響を受けるほどの魅了魔法。
しかも、それに誰も気づけなかった。
魔法学園は、その名の通り魔法に精通した者たちの集まりだ。
それなのに、見抜けなかった。
ただ事ではない。
もしメリッサが気づかなかったら――。
この国そのものが脅かされていたかもしれない。
もちろん、メリッサがそこまで考えていたかどうかは分からない。
だが、少なくとも――。
自身の身体をここまで酷使してでも、対策を打つべきだと判断した。
その事実だけで十分だった。
ハーツ様は眉を寄せている。
俺の言っていることが、あまりに突飛なのだと自覚はある。
だが、俺とハーツ様には、幼い頃から培ってきた信頼関係がある。
そしてハーツ様は、大きく息を吐き、ベッドの上のメリッサに視線を向けた。
「メリッサは、本当に大事なことほど何も言わないな。どうでもいいことはあんなにしゃべるくせに」
その言葉は、もっともだった。
俺にすら、すべては話さない。
(……少しくらい、頼れ)
そう思わずにはいられない。
だが、無理に聞き出したところで、あいつは口を閉ざすだろう。
結局、こちらが信頼されるだけの態度を取り続けるしかないのだ。
「呪いの魔石、か」
ローレル殿下が、ハーツ様の手から魔石を一つ取った。
そして、静かに俺へと問う。
「私がもらっても構わないのだな?」
確認するような口調だった。
「はい」
俺は頷いた。
同じものをハーツ様が二つ持っていても意味はない。
効果が倍になるわけでもないのだから。
「では、ありがたくもらおう」
ローレル殿下は魔石を見つめながら言った。
その口元は、わずかに緩んでいる。
……喜んでいるのか?
ただの、メリッサが作った石ころを。
ローレル殿下が?
「……呪いの魔石、ですよ? 本気ですか、ローレル殿下」
ハーツ様が訝しげに言う。
たしかに、本当に呪いの魔石である可能性もゼロではない。
相手はメリッサだ。何を言い出すか分からない。
幼い頃から、ハーツ様は何度もあいつの突飛な発想に巻き込まれてきた。
しかもここ数年は、ハーツ様の妹であるヴィオレ様までメリッサを慕っている。
尊敬しているといってもいい。
……イーズ侯爵家にとっては、少し頭の痛い問題かもしれない。
侯爵令嬢が、メリッサのように自由奔放では困るだろう。
子爵令嬢だからこそ、ぎりぎり許容されているのだ。
いや、実際はアウト寄りかもしれないが。
バウム家がメリッサを自由にさせすぎているのも事実だ。
それでも。
その自由さを奪うことを、バウム家の誰も望んでいない。
「そういえば、ハーツ。聞きたいことがあるんだが?」
ローレル殿下が、魔石を大事そうに握りしめながら言った。
声に、微かな棘がある。
気のせいか視線も冷たい。
「メリッサからは、この呪いの魔石を渡されただけですよ。イーズ侯爵家に連れてきたのは、この魔石の件をシトラールから内密に聞きたかったからです!」
ハーツ様は早口でまくしたてた。
たしかに、この話を他人に聞かせるわけにはいかない。
ローレル殿下は目を細める。
表情は穏やかなままだが、空気はまるで穏やかではない。
「バウム子爵家は、メリッサ嬢をハーツの婚約者候補だと考えているらしい。それについての弁明は?」
その言葉に、ハーツ様が勢いよく俺へと振り返った。
ものすごい形相だ。
そんなに驚くことなのだろうか。
俺は微かに首を傾げる。
少なくとも、バウム子爵家がそう考えているのは事実だ。
……もっとも、メリッサをイーズ侯爵家に嫁がせるつもりはないが。
それ以前に、メリッサが侯爵夫人として務まるとは思えない。
「確かに、幼い頃はそういう話もありました。メリッサは子どもの頃から利発でしたから」
ハーツ様は渋々認めるように言った。
やはり、そうだったのか。
特に驚くほどの話ではない。
俺とメリッサが何度もイーズ侯爵家に招かれていた理由は、それ以外に考えにくい。
だが、次の言葉は予想外だった。
ハーツ様はローレル殿下を真っ直ぐ見据えて言った。
「イーズ侯爵家がメリッサをローレル殿下の婚約者候補として推した時点で、その話は跡形もなく消えています」
「そうだよね」
ローレル殿下が、和やかに、そして満足そうに頷く。
「……は?」
理解できなかったのは俺の方だった。
今、ハーツ様は何と言った?
イーズ侯爵家が、メリッサをローレル殿下の婚約者候補として推した?
なぜ?
うちは子爵家だ。
イーズ侯爵家に嫁ぐことすら、本来なら家格が足りない。
それなのに、王家?
そんな可能性、バウム家は考えたことすらない。
なぜイーズ侯爵家は、そこまでメリッサを評価した?
確かに、イーズ侯爵家がメリッサを認めてくださっていることは知っていた。
だが、まさかそこまでとは。
呆然と立ち尽くす俺に、ハーツ様は気まずそうな表情を向けている。
反してローレル殿下は俺に向かって微笑んだ。
「シトラール、これは国家機密なんだけどね」
ローレル殿下は、和やかな表情のまま、とんでもない言葉を口にした。
国家機密?
「王族は、バウム家と同じく代々恋愛結婚なんだよ」
あまりにも気軽な口調だった。
だが、俺には信じられる内容ではなかった。
バウム家が本人の意思を尊重できるのは、子爵家だからだ。
政略を絡めずに済む道を探すことができる。
でも、王家は違う。
しかも、このベイリーフ王国は大国だ。
政略を無視した婚姻など、あり得ない。
ローレル殿下の母君は名門公爵家の出身だったはずだし、幼い頃にお二人の婚約が整っていたと聞いている。
「ベイリーフ王家は、その時代でもっとも有益な相手を選ぶんだ」
ローレル殿下は淡々と続ける。
まるで天気の話をしているかのように、何気ない口調で。
「そして、生涯に一人だけを愛し続ける」
その内容に、俺は言葉を失った。
だが――たしかに。
歴代の国王に、側妃や愛妾がいた記録はない。
俺は昔、歴史書を読みながら不思議に思ったことがある。
大国である以上、何かしら表に出せない事情があったのではないか、と。
だが、それすら必要なかったのかもしれない。
「父も、祖父も、曽祖父もそうだ。妃になる女性以外は異性として認識しない。できないんだ。」
ローレル殿下は静かに言った。
俺はただ聞くことしかできない。
「もちろん、私もそうだ」
そこで、ローレル殿下はベッドに横たわっているメリッサへと視線を向ける。
とても愛しそうに。
「初めて会ったあの日から、彼女以外は考えられないんだ」
俺は、呆然とローレル殿下を見つめることしかできなかった。