作品タイトル不明
(回想)大切な妹(シトラール・バウム視点)
せっかく魔法学園に入学したのだから、できる限り知識は得ておきたい。
バウム領にいた頃、ずっとメリッサと一緒に魔法の勉強はしていた。
だが――まさか、自分たちがここまで魔法の知識を得ていたとは思わなかった。
……正確には。
メリッサが、だ。
メリッサは長兄や姉、そして父や母にまで「魔法を教えてほしい」と頼み、貪欲に知識を吸収していた。
家族はそんな彼女を大切にし、惜しみなく教えた。
――それだけのことだ。
だが、その“それだけ”で、ここまでの差が生まれるとは思わなかった。
ただ一緒にいただけの俺でさえ、学園の授業が簡単に感じる。
ならば、当の本人は――どれほど理解しているのか。
考えるまでもない。
ふと気づく。
メリッサと別行動を取るのは、久しぶりかもしれない。
……妙に、落ち着かない。
今まで当たり前のように一緒にいたからか、どこか物足りなさを感じてしまう。
自嘲的な笑みが浮かぶ。
(……危ないな)
そんな感情は、兄として普通とは言えない。
物心ついた頃には、メリッサは俺よりずっと賢かった。
魔法が好きで、学び、試し、また考える。
幼い頃は、あいつの言っていることの半分も理解できなかった。
俺の方が年上で、魔力量も多いのに。
――何一つ、敵わなかった。
悔しかった。
だから勉強した。
置いていかれたくなかったからだ。
兄としての意地もあった。
だが――そんな意地すら、どうでもよくなるほど、あいつは先へ進んでいく。
それでもメリッサは、俺を見下さなかった。
むしろ、俺を立てた。
良いところを見つけては、素直に褒めてきた。
嫌味ではない。
本心からの言葉だった。
だからこそ、余計に悔しかった。
メリッサの発想は常に突飛で、だが的確だった。
結果も出す。
発想力と感覚――。
魔法に関しては、完全に俺を上回っている。
(格が違う、か……)
そんな言葉が、頭をよぎる。
魔力量など関係ない。
それを、あいつは証明してしまった。
……本人に自覚はないが。
気にしていないどころか、興味すらないのだろう。
ここ数年、バウム領は明らかに変わった。
暮らしやすくなったのは、間違いなくメリッサの魔法改良の成果だ。
家族だけではない。
領民も、あいつに感謝している。
だが当の本人は――
自分の功績を気にする様子すらない。
もしかしたら、自分の成果にすら無自覚なのかもしれない。
……それはないと、思いたい。
そして魔法の危険も、メリッサは誰よりも理解している。
魔法は万能ではない。
使い方を誤れば、大事故になる。
それを知った上で、メリッサは研究を続けている。
……そして本当に危険な魔法は。
誰にも言わず、一人で試す。
俺にすら、相談しない。
(……少しくらい、頼れ。兄なんだぞ、俺は)
今日の昼休みにメリッサから渡された魔石を取り出し、見つめる。
昼休みに渡された、小さな石。
魅了魔法を無効化する魔石。
――それだけは分かる。
だが、それ以外は分からない。
何のために、この魔石が必要なのか。
ただ、絶対に必要なものだと言うことは理解できている。
これは絶対に間違えのない事実だ。
バウム子爵家の血がそう言っているのだ。
もう少し、頼ってほしい。
相談してほしい。
信頼されていないわけではない。
それは分かっている。
それでも――
どこか、線を引かれている気がする。
思わず、ため息がこぼれた。
その時だった。
「ここにいたのか」
声をかけられ、顔を上げる。
そこにいたのは、ハーツ様の侍従――チック・ウィードだった。
イーズ家分家、ウィード子爵家の次男。
面識はないが、顔は知っている。
「何か?」
俺は短く返す。
チックは周囲を確認し、距離を詰めてきた。
耳元で、小さく告げる。
「メリッサ嬢が倒れた。意識不明だ。ハーツ様の判断で、イーズ侯爵家の医師に診せることになった」
「……は?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
確かに、昼は様子がおかしかった。
午後も休むと言っていた。
だが――
寮にいるなら問題ないと、勝手に判断した。
(……何をしている、俺は)
違和感には気づいていたはずなのに。
それでも、放置した。
「ハーツ様から伝言だ。すぐにイーズ侯爵家に来てほしいそうだ」
「……分かった。感謝する」
短く礼を言い、俺は駆け出した。
何をしているのか、問いただすべきだった。
……どうせ、教えなかっただろうが。
それでも。
(何のために俺は――)
学年を落としてまで、ここにいる。
メリッサを守るためなのに。
正門へ向かうと、王家の馬車が停まっていた。
避けて通ろうとした、その時。
「シトラール、こっちだ」
顔を上げる。
馬車の中から、ローレル殿下がこちらを見ていた。
一瞬、聞こえなかったふりをしようかと思った。
今は、一秒でも早く――
「イーズ侯爵家に向かうのだろう。早く乗れ」
言い切られる。
逃げ場はない。
でも、なぜローレル殿下が?
理由は見当も付かない。
そんなことよりも。
今、最優先しなくてはいけないことは何か――そう思い直した。
俺は無言のまま、王家の馬車に乗り込んだ。
メリッサの身を案じながら。