軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8、カイゼクスとカロリーヌ、おまけでアンナ

オリヴィアはカップの温もりを指先で味わいながら小さな溜め息をついた。

窓からの日差しが鈴蘭形のランプの水晶に反射して輝いている。絹とビロードと金糸銀糸、精密な彫金や浮き彫りで飾られた部屋は公爵家の夫人に似合わしく華やかで繊細な部屋であった。

「……私、ローエングリム公爵家に相応しくないのかな……」

しょんぼりするオリヴィアに椅子から飛び上がらんばかりに驚愕してカロリーヌが尋ねた。

「何故そんなことを思うの? オリヴィアは立派なローエングリム公爵家の第二夫人よ」

オリヴィアとカロリーヌとカイゼクスは、オリヴィアの自室に戻っていた。

パーシヴァル王子の後始末も招待客たちとの社交もローエングリム公爵夫妻が引き受けてくれたので、アンナに紅茶を用意してもらって3人でお茶をして寛いでいたのだ。

「だって……。私に隙があるから求婚とか来るのかな、と思って。普通ならば結婚している女性に求婚するなんて非常識だもん。つけ入る隙があるから、ローエングリム公爵家第二夫人として何か瑕疵があるから求婚なんて法的にも考えられないことをされるのかも、って……。パピプペンヌ王子だって会ったこともないのに、どうして……」

雨に打たれた花のようにオリヴィアが俯く。

カロリーヌはオリヴィアの左手を取った。

カイゼクスはオリヴィアの右手を取る。

いつものように、大好き、という気持ちを込めて。

「オリヴィアに悪い点なんて一つもないわ。オリヴィアはね、歩く宝の山なのよ。オリヴィアの娯楽もお酒も美食も途方もない価値があるの。皆その利権を狙っているのよ」

とカロリーヌ。

「……うん、わかっている。でも、それでローエングリム公爵家に迷惑をかけてしまうのは……」

「オリヴィア。あのね、迷惑なんてないんだよ。ローエングリム公爵家はその利権のおかげで凄く潤っているんだ、もちろんオリヴィアがローエングリム公爵家に利益をもたらすのが嫌ならば話は別だけれども」

とカイゼクス。

オリヴィアが目を見張って、首を激しく横に振った。

「嫌なことなんてないわ! 旦那様は私の個人資産だっておっしゃって天文学的な財産をくださって。元ラスボス男爵領も優遇してもらえて。私、申し訳ないくらいだわ」

「だったら問題はないでしょう? オリヴィアはローエングリム公爵家の財産を爆発的に増やしているし。使用人たちも恩恵を受けているし。サヴァラーム王国の皆々はオリヴィアの娯楽を心から楽しんでいるわ。ね、実績を見てみて? オリヴィアは立派なローエングリム公爵家の第二夫人よ」

カロリーヌに加勢してカイゼクスも言葉を綴る。

「時々わき出る愚か者は、道理をわきまえない虫みたいなものだよ。虫は倫理的な判断はできないし、何処にでもいるだろう? しかも煩わしい。害虫なんだから潰すしかないし、それをオリヴィアが気にする必要もないんだよ。益虫ではなく害虫なんだから」

「……虫、それも害虫……」

容赦ないカイゼクスの物言いにオリヴィアは唖然としたが、カロリーヌはきゃらきゃらと笑った。

「害虫! まさにソレね!」

手を打って笑うカロリーヌにつられてオリヴィアもくすくすと笑い声をもらす。

カロリーヌが左からオリヴィアにぎゅっと抱きつく。

カイゼクスは右から愛しげにオリヴィアに抱きついた。

「オリヴィアは何の心配もしなくていいのよ。今はお母様が、次は私が社交も家政もするもの。私、ローエングリム公爵家の持つ従属爵位を継いで、そうね、婿をとってずっとローエングリム公爵家にいるから。オリヴィアは好きなことをして好きなものを作ってのんびりと暮らしていれば大丈夫なのよ」

「そうだよ。今は父が、次は僕が領地も商会も何もかもを継承するから。オリヴィアは安心して笑っていればいいんだよ。僕たちはずっと家族だ」

「ありがとう、カロリーヌ、カイゼクス」

「オリヴィア、大好き」

「オリヴィア、大好きだよ」

「私もカロリーヌとカイゼクスが大好きよ」

猫団子のように寄り添い身体を密着させる3人に、アンナは微笑ましくて目元をゆるめた。

しかし、アンナの目は。

部屋の壁側に立っている他の侍女の目も。

不埒なカイゼクスの手の動きを見逃さなかった。

自然な感じでカイゼクスの手がオリヴィアの真紅の髪を撫でている。いかにも家族だから当然、というようにカイゼクスの手はオリヴィアの髪を優しく梳く。ツッとカイゼクスの指先が髪を追い、愛撫するようにオリヴィアの赤い毛先まで名残惜しげに滑らせる。

オリヴィアは、後ろ髪を撫でられているので気がつかない。

ふっとカイゼクスがほんのり色づいた唇を解いたことも。

カイゼクスの双眸が切なく揺れていることも。

オリヴィアの意識はまったく向いていない。ローエングリム公爵夫妻もカロリーヌも使用人たちも全員がカイゼクスを応援しているのに、オリヴィアだけが鈍感なゆるにゃんのままなのである。

そもそもオリヴィアは、白い結婚とはいえ夫人になったのだから自分が誰かの恋愛対象になるとは欠片も考えていないのだ。

ガッ、と瞳を全開にしているのはアンナと侍女仲間である。瞬きすらしていない。

「……カイゼクス様、禁断の恋ですものね」

「……はぁぁ、胸が痛いわ」

ヒソヒソと低く低く呟く。

オリヴィアは父であるローエングリム公爵の第二夫人である。しかもカイゼクスはまだ12歳。あからさまに求愛することはできないのだ。

甘く、蕩けるようなカイゼクスの吐息。

カイゼクスの潤んだ双眸は恋心を訴えているのに、致死量のごとき蜂蜜の甘さなのに、ぽけらんとしているオリヴィア。

傾げるみたいに身を揉むアンナと侍女たち。

「くぅうぅぅん」

「はぁぁあん」

悶えるアンナと侍女たちは、もどかしさにスカートの中で足踏みをする。イケナイ秘密を知る背徳感は同時に多幸感となってアンナと侍女たちを悶えさせるのであった。

カイゼクスが束の間の悦びを断つように、ひとつ息を吐くと弟の顔を装う。

「「尊い……」」

キュンキュンと胸が高鳴る。

うっとりとアンナと侍女たちが声を震わせた。

鼻の奥がマズい。

公爵家の使用人のプライドにかけて根性で止めた。

愛の劇場の開幕はまだまだ先となりそうだが、その時までアンナも侍女たちも壁の一部と化して特等席でカイゼクスとオリヴィアを目で見惚れ耳で聞き惚れて見守るつもりである。

本当にオリヴィア様の娯楽もお酒も美食も。

カイゼクス様の恋も極上に美味しい、とアンナと侍女たちは舌なめずりをしたのであった。