軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4、巨獣キング・ゴーラ

「あぁ、楽しみ! 『巨獣キング・ゴーラ』を観れるなんて。お茶会で話題だったのよ。観た夫人が凄く興奮していらして、迫力が凄まじかったと!」

「あたくしは観ましたわ! ええ、ええ、素晴らしい迫力でした! また鑑賞できるなんて幸せですわ!」

「羨ましい! キング・ゴーラが人間の女性に恋をして大暴れをする映画なのでしょう?」

「怪獣も出てくるらしいですね?」

「そうなのです。壮大な映画なのですが、最後は悲劇的な面も強くて……」

「まぁ……」

「もしや悲恋の物語ですの……?」

「悲しいのですのね……」

貴婦人たちが扇子の陰で切なげに溜め息をつく。

ジャジャーン!

音楽が流れるとお喋りをしていた人々の口が貝のごとくピタリと閉じた。沈黙が満ちる。映画が始まったのだ。

ザザザザザザ……。

波の音が響く。

陸地の果てにある海を渡って、地図にない絶海の孤島へと進路を取る船。

音のごとく戻ることなく。

波の指と指の間をすり抜けるようにひたすら船が進む。

そこは未知の島。

島民に捕らえて生贄として捧げられる美女。巨獣キング・ゴーラの威容。攫われた美女の救出に向かう仲間たち。

しかしジャングルは奥深い。

緑の濃密な空気が肌に纏わりつき、湿った匂いが鼻につく。苔むした木々が鬱蒼と茂り、枝と枝が複雑に絡みあって広がり、生き物の吐息さえも何百年もの年輪に吸い込んで閉じているみたいな森であった。

海の底を歩くように沈んだ腐敗土には大きな足跡が残っている。

ズォン!

ドォン!

ドォーン!

逃走する首の長い巨体の恐竜の足下で逃げ惑う人間たちを、肉食の恐竜が狙う。異なる結末が幾通りも用意された物語のように一瞬の判断が命を左右する。友に手を伸ばすが助けることもできない。

地上でも水中でも谷底でも人間はあまりにも無力だった。

それでも仲間たちは美女を諦めない。

ついに美女の救出に成功して、必死に走る。

キング・ゴーラが追いかけてくるが、人間はしたたかであった。キング・ゴーラを眠らせて人間の国まで運んでゆく。

人間の国で見世物となるキング・ゴーラ。

しかし頑丈な鎖もキング・ゴーラには役に立たなかった。逃げ出したキング・ゴーラに美女が縋りつく。

離さないで。

わたしを離してはダメ。

しがみつく美女を、絶望的に追い詰められたキング・ゴーラは手放す。

永遠に。

永遠に……。

最後に美女を見つめて、高い塔から落下してゆくキング・ゴーラの視界に映るのは故郷の島へと続く遥かな空。

腕が。

手が。

指が。

爪が。

むなしく虚空をつかむ。

望まぬ異国の地面に倒れたキング・ゴーラに人間が群がる。故郷の島を荒らし、孤独なキング・ゴーラの全てを奪って世界から切断させた人間がキング・ゴーラを取り囲んだ。

化け物だ、と指を差す。

化け物に勝った、と蔑む。

正でも悪でもなく。

美でも醜でもなく。

ただ美女だけがキング・ゴーラを悼んで涙を零すのであった。

ジャーン、ジャーン!

映画が終わった。

キング・ゴーラの手も、森の濃密な匂いも、獣が走る風も、恐竜の長い首も、肉食恐竜の牙を剥き出しにした大きな口も、何もかもが二度とスクリーンから立体的に飛び出して来ない。

素晴らしい幻影魔法であった。

オリヴィアだからこその、今世の魔法と前世のエンターテイメントが完璧に調和して最高の相乗効果を生み出した結果の映画だった。

劇場を揺るがすみたいな大歓声が湧き上がった。

拍手が鳴り止まない。

興奮状態の観客たちは口々にオリヴィアを褒め称える。

第二王子も感涙して、

「ううぅ、感動だ。魂を鷲掴みにされた。もうオリヴィア夫人とけっ」

ガバッと王妃と王太子が第二王子の口を塞いだ。

「それは禁句!」

「王家を滅ぼす気か!?」

王妃と王太子は顔色を青くさせたが人々の嵐のように喝采に紛れて、第二王子の声が聴こえることはなかった。

しかし既婚者である夫人のみは許可されていたので大変にかしましい。

「オリヴィア様、夫の百万倍も愛しておりますわ!」

「あたくしと結婚をしてくださいませ!」

「この胸の高鳴りを受け取ってください!」

「あぁ! オリヴィア様! オリヴィア様!」

貴婦人たちはオリヴィアの公認ファンクラブであり、恐ろしいほどの強力な後ろ盾でもあった。特に会のまとめ役のバレシア侯爵夫人は「オリヴィア様のおかげで寿命が毎日延びるほど楽しい!」と熱烈な支持者だった。

ちなみに昨日も招待されており、「王妃殿下のご指示でございますので」と物販店で国王とデッドヒートをして商品棚を空っぽにした一人である。夫人の息子はプレートアーマーに美少女キャラのデコレーションをする申し込み名簿の先頭に名前があった。バレシア侯爵家全員がオリヴィアの猛烈な強火の信者なのだ。

静かにオリヴィアが舞台に現れて礼を執る。

挨拶はローエングリム公爵夫人のイレーネの予定であったが、招待されていない隣国の王族が押しかけて来ているために、そちらの対応をしているのである。大迷惑と公爵夫妻は表面上は笑顔でも内心は激怒の極みであった。

「皆様、今日は『ラスボス劇場』にお越しいただきありがとうございます。気持ちばかりなのですが皆様にお土産がございます」

ふわり、と大量の紙のコースターが空中に浮かび上がった。『ラスボス劇場』オープン記念品として物販店で本日限定で発売されている絵柄のコースターである。すでに物販店では全品売り切れであった。

「お手元にはランダムで絵柄が届きますが、そのなかにキング・ゴーラの絵柄が多数交じっております。キング・ゴーラのコースターは、小釜が造酒したお酒の小瓶または新作の焼き菓子セットまたは手のひらサイズの各種フィギュア人形の引き換え券となっております。後方のテーブルには商品が準備されておりますので、待機しています使用人に欲しい品物をおっしゃってくださいませ」

ゴクリと観客たちが唾を飲み込む。

極度に緊張して、空中のコースターを仰ぐ人々。ぐんぐんと熱気が上昇した。天国と地獄の分かれ目である。

そうしてフワフワとコースターが観客の手に落ちてきた。

「ギャーッ!!」

「や、やったーっ!!」

「人生に勝った! 母上、産んでくださって感謝いたします!!」

「神様……っ!!」

「そ、そんな……」

と勝者と敗者の悲鳴が劇場に一気に響いたのであった。