軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1、王家とオリヴィア

人魚のポスターを眺めながらオリヴィアは前世を思い出していた。ガードドッグのニャイケルが側に立ってオリヴィアの警備をしている。

友達たちと水族館に行った時である。

「ねぇ、知ってるー? 魚の調理法を展示する水族館って海外ではほぼないんだって」

「日本の水族館の特徴的な文化らしいよ」

「へぇ、そうなんだ」

「魚のことを日本の水族館は鑑賞用としてだけではなく食資源として捉えているからだって。それに海外と比較しても日本では食べる海産物の種類が多いんだって」

「そうそう。だからね、日本では人魚も海産物なんだよ」

「えええー!?」

「海外では人魚に人間が食べられる話は多々あるけど、人間が人魚を食べる話があるのは日本だけって聞いたもん」

「なるほど、それで海産物なのね。民間伝承であっても人魚を食べた人って超絶にチャレンジャーだわ、あたしには無理〜」

という記憶が蘇ったのである。

オリヴィアの前世での記憶力は凄まじいが、それは趣味趣向の好きな分野のみである。友人との会話を思い出したこともなかったのに、人魚のポスターを見て会話が蘇ったのだから「人魚が海産物」という言葉はよほど強烈な印象のパワーワードであったのだろう。

前世が人魚を食べる民族……、むむっとオリヴィアの眉間に皺が寄った。インパクトのある言葉だが実際には食べていないし(たぶん)とオリヴィアは再度ポスターを見て、ぐるりと壁一面のポスターの群生に視線を流した。

妖艶な人魚。

幻想的な妖精。

清らかな天使。

騎士に英雄に武士たち。

惚れ惚れするほどカッコイイ悪役たち。

全てオリヴィアが作製したポスターである。

この部屋は全てポスターだが、隣の展示室は大小の様々なフィギュアが置かれていた。それらの作製もやはりオリヴィアである。

むふ、とオリヴィアが胸を張る。

前世の写真のような記憶力と。

今世の魔王のごとき膨大な魔力と。

その全エネルギーを注ぎ込んで没頭した甲斐のある大満足の展示室であった。

オリヴィアが、ローエングリム公爵家の白い結婚の第二夫人となって2年。オリヴィアは17歳になっていた。

この2年間、映画はローエングリム公爵邸のダンスホールで上映していたが人気がうなぎ登りとなってしまい、公爵邸の隣に劇場が建設されることとなったのである。

ラスボス劇場と命名されて、映画の多目的ホールはもちろん小説と漫画の広い閲覧室や各種のグッズ販売店、ポスターやフィギュアや関連品などの展示室など、まさにファンの心をアツアツにくすぐるオタクの殿堂のごとき劇場となっていた。

明日が記念すべきこけら落としとなっていたが、ごく少数の人々は事前に招待されていた。

「兵長! 心臓を捧げます!!」

隣の展示室から声が響いた。エリア分けの仕切があるだけなので隣の声は丸聞こえなのだ。

ひょいとオリヴィアが隣を覗くと、第二王子と護衛たちが等身大フィギュアの前で胸に拳をあてていた。周りに誰もいないと思っている第二王子たちは歌まで合唱して世界に浸っている。

オリヴィアとニャイケルが顔を見合わせた。

相手が第二王子なので普通は挨拶をすべきだが、武士の情けで知らんぷりをした方がいいのでは、と目と目で会話をする。

第二王子は18歳。護衛たちも近しい年齢である。

皆、若い。多感な時期の彼らが、今までの娯楽が退屈と感じるほどの異次元のようなオリヴィアのエンターテイメントに沼ってしまったのは当然の結果と言えた。

特に第二王子は、立体機動の装置を作る技術はなくとも我らには魔法がある、と魔法研究に熱中して兵装の改良に取り組んでいた。そのために、兄である王太子の補佐をする予定であったのに軍部へと進路を変更して研究を続けているのであった。

「ああ……! 『ラスボス劇場』はなんて素晴らしいんだ! 天国はここにあった!!」

第二王子の声は熱い。

「明日の正式な公開公演の前に『ラスボス劇場』に来れるなんて! 王族に生まれて良かった! 最高だ!!」

一斉に護衛たちが頷く。

「殿下のお供で我らにも幸運が」

「ご存じですか、殿下。グッズ販売店では限定商品が幾つも並べられておりました」

「わたしも見ました。どれもこれも喉から手が出るくらい欲しいものばかりで」

「僕は今日、買い物三昧をするつもりです」

「わたしもです。と言うか、父に厳命されているのです。ブランデーを確保しろ、と」

「オリヴィア様の酒は天上の美酒である、と有名ですから。僕も父に土産にします」

「酒もいいが、まずはグッズだな。ヴァイオレットたんの抱き枕は外せん」

第二王子が重々しく言う。

「同感です。僕はフェーちゃんの剣飾りを買って騎士団で自慢するつもりです」

「特注品になりますが、プレートアーマーに美少女キャラのデコレーションもしてくれるらしいです」

「おお! 是非とも申し込みをしなければ!」

「こうしてグッズを選べるのも今日限りですね。明日になれば戦争です」

「確かに。招待客で店が埋まってしまいますね」

「大変です! 殿下!」

第二王子の側近が部屋に駆け込んできた。

「第三小劇場で『ラスボス劇場』おかかえ歌手によるアニソンメドレーが始まっています!!」

「なんだと!?」

ギュルン、と真後ろに首を180度回転させるような動きで第二王子が振り向く。

「アニソンメドレーだと!」

顔色を変えた第二王子が走り出した。猛然と護衛たちも続く。

「「「急げっ! 聴き逃してなるものか!!」」」

走り去る第二王子たちを見送ったオリヴィアは、プレートアーマーに美少女って痛車みたい、と呟いた。 アイデアは出したが、まさか実現するとは思ってなかったオリヴィアなので少し唖然とする。どうやら商会は商魂たくましく商品化をしたらしい。

「急いで! 急いで!」

王妃と側近たちの一団がオリヴィアの目の前をたおやかに駆けてゆく。

高い窓から光を落とすステンドグラスの色彩が床に水晶のような煌めきを映していた。緑と真紅と薄紅色、金色の花々。その上を貴婦人たちの足音が通るたびに光の花々が揺れる。

「第一小劇場で『花と歌の歌劇団』の握手会の時間よ!」

側近の貴婦人たちのドレスが蝶の翅のごとく美しく翻る。第二王子たちと違い、貴婦人たちの走る様はしなやかで上品であった。『花と歌の歌劇団』はオリヴィア発案の女性ばかりの劇団だった。男装の女優がリアルな男性よりも百倍も魅力的だと評判である。夜空に輝く星の生まれ変わりのようだと貴婦人たちからの人気が高い。

「ついつい喫茶室のデザートに夢中になってしまいましたわ」

「だって美味しすぎるのですもの」

「絶品ですわ」

「レシピは秘密厳守されておりますから、ローエングリム公爵家でしか味わえないなんて」

「王妃様が羨ましい。王家はローエングリム公爵家からレシピを譲ってもらえますもの」

嘆く貴婦人たちの声が遠ざかり、再びオリヴィアとニャイケルは顔を見合わせた。

第一王子である王太子と側近たちは閲覧室に籠もりっきりで石のごとく動かないが、他の面々がかなり騒がしい。

ちなみに国王と側近たちは経済力に物を言わせて、店での本日販売分を買い占めていた。アニソンメドレーを堪能している第二王子たちが後から買おうと店に行ってもほぼ空っぽである。前世での大人買いであった。

もしかしたら、国王の財力と第二王子の武力との喧嘩に発展するかも知れない。

むぅ、とオリヴィアが悩む。

明日の販売分を前倒しをして店出しすることはできない。明日が困ってしまう。商会が人員をフルに使って全力で商品を準備してくれた品数なのだ。

仕方がない。

今日の『ラスボス劇場』は王家と関係者の貸し切りと油断した第二王子の不手際である。涙を飲んで我慢してもらおうとオリヴィアは思った。それぞれが自身の欲望に忠実に行動して、先読みをした国王が勝っただけである。

1時間後。

「ギャー! ブランデーがない! 父上に殺される!!」

と第二王子の護衛が叫んだが、オリヴィアは聞こえなかったふりをした。

「ニャー」

とニャイケルも首を振る。ニャイケルは犬なのにニャーと鳴く独創的な犬なのだ。

なお、ヴァイオレットたんの抱き枕も完売していた。第二王子が四つん這いになって悲嘆に暮れる姿もオリヴィアとニャイケルは無情にも見なかったふりをしたのだった。

プレートアーマーに美少女キャラのデコレーションをする申し込み枠に滑りこんだ護衛のみが口元をゆるめた。

とりあえず明日の『ラスボス劇場』の開演には、予定していたよりも警備員と使用人の数を増加させるべき、と今日の王家を見てオリヴィアは学んだのであった。