軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

防御特化と最終準備。

イベントが近づく中、サリーは一人訓練所で最終調整を続けていた。

ベルベットの助けを借りて、サリーは一人では辿り着けなかったであろう未来を選択した。

メイプルは誰かが強く勧めなければありえない未来、全員でのPVEが選択肢にある中で一人でのPVP参加を決断した。

サリーがついぞ言葉にできなかった願いは、長い旅を経て、多くの友人を作り、幸せな時間を過ごした先に達成されようとしている。

「ありがとうベルベット」

メイプルがこの強さに至るのも、そもそもこれだけ長くゲームを続けるのも、これが最後かもしれない。

だからこそ、迷ってチャンスを逃すべきではない。

それはきっと後で強く後悔することに繋がるから。

分かっていたものの、踏み出せなかった一歩。

それをサリーはようやく踏み出すのだ。

「勝ちたい。それでいい……」

できることなら勝てないと思える程、メイプルに強くあってほしい。自分を倒せるくらいに。

ただ、それはサリーがどうにかできることではない。競い合うためには相手が同じ熱量を持っている必要があり、それがサリーの懸念だった。

ただ、もうそれは気にしない。

やると決めた以上その迷いに意味はない。

サリー個人にできるのは自分の技術を磨き上げ、やがて来る戦いの時に自分の力不足で、その瞬間をつまらないものにしないことだ。

「【超加速】!」

設置した敵役の放つ魔法を高速移動で回避して距離を詰めて一撃斬りつける。敵の放つ弾幕は相当な濃さだが、サリーは当然とばかりに躱してみせた。

「ふぅ……悪くない。けど」

接近と同時に斬りつけてのヒットアンドアウェイ。

単純でありながら強力で、サリーが基本戦法として使い続けてきたやり方だが、メイプルには通じない。

それは反応の良さなどではなくあの防御力のせいだ。通常攻撃も魔法も無効化する防御を前にして、サリーはスキルによる攻撃を強いられる。

「もっともっと隙を作らないと……」

今日この時まで、心の奥底で願い続けていたことだ。親友を倒す術は手に入れ、そこに至るための戦い方は考えてある。

後はそれをより高水準なものにするだけ。

サリーはこの日もまた長い時間訓練所に籠り、自らの刃を研ぎ続けるのだった。

イベントに向けて準備をするのは何もサリーだけではない。

魔王戦でアイテムの多くを使ってしまったイズは、攻撃用の兵器と防御用のバリケードを中心にアイテムを再作成していた。

そんなイズのいる工房の扉が開き、入ってきたのはメイプルだ。

「イズさーん!素材、持ってきました!」

「ありがとう、助かるわ!ちょうど一区切りついたところだから、それは預かって休憩にしようかしら。メイプルちゃん、紅茶とお菓子はどうかしら?」

「いいんですか?いただきます!」

「ふふっ、準備するから少し待っていてくれる?」

「はいっ!」

メイプルは工房を出て共用スペースのソファに座ってイズを待つ。

そうしてしばらくすると、準備を終えたイズが工房から出てきてメイプルの前に出来立ての紅茶とお菓子を並べてくれた。

「わぁ、美味しそう……」

「いくらでも食べていいわよ。足りなかったらインベントリの中にまだずらっと」

当然魔王戦では料理を使用することはなかったため、こちらは補充しなくともぎっしり詰まっている。

メイプルは美味しい紅茶とお菓子を味わいながら、イズと話を始めた。

「イズさん達はPVEですよね」

「そうね。どっちでも報酬のメダルは貰えるみたいだし、それなら全員で参加できる PVE。それに私やカナデは一対一が得意でもないもの」

戦闘能力に重きを置いていないイズはもちろんのこと、魔王戦での後方火力支援で多くの魔導書を使うこととなったカナデも、戦闘能力は大きくダウンしている。

マイとユイに関しても二人組で参加できるといえど、防御能力に難があり元々PVPを好んでいるわけでもない。

「それでね。PVEの方に出るモンスターが、十一層のモンスターのテストなんじゃないかって話があちこちで出ているから、ちょうどいいし皆で確認しに行こうって」

メイプルとサリーがいない状態での対モンスター戦。それもこの十層以降の強力なモンスター相手ならば、今後の【楓の木】の課題を確かめるための試金石として相応しい。

「メイプルちゃんとサリーちゃんがいない場合の戦いを、たくさん経験するのにちょうどいいタイミングだと皆思ったのよ」

これからは二人なしで戦っていくことになる。

幸い火力に関してはマイとユイがおり、防御に関してはクロムがいる。もちろん、出力の低下は間違いないが、残る六人も一流だとこれまでの戦いで幾度となく証明してきている。

だから気にしないでとイズはメイプルに微笑んだ。

「はいっ……頑張ってください!」

「ええ、任せて。皆頼もしいんだから」

と、そんな話をしているとギルドホームの扉を開けてクロム達が帰ってきて、今日も今日とて訓練所に篭っているサリー以外の全員が一堂に会した。

「お、メイプルも素材を渡しにきてたのか?」

「そうです!クロムさん達も?」

「ああ。ちょうど、手強いって聞いてたモンスターを倒していいドロップ品を持って帰ってきたところだ」

「マイとユイの攻撃が通じる相手だったからな。いつも通りのセットアップが上手く刺さった」

サリーがいない分、注意を引く役をカスミとカナデに回して、クロムが盾を構えて近づき、マイとユイが一撃という名の十六撃。

真っ当な強さの範囲に収まっている敵が立ち向かえる相手ではない。

「今度のイベントは僕らの『これ』がどれくらい通用するか確かめてこようってね」

「あ、そうそう!ちょうどその話してたんだ!」

「あはは、そうだったんだ?」

「「私達も頑張ります!」」

「頑張って!二人が攻撃の要なんだから!」

「「はいっ!」」

自分達の話はこれくらいでと、イズはメイプルの話に移った。

「でも少し意外だったわ。メイプルちゃんが一人でPVPだなんて」

「ベルベットにお願いされて……あ、でももう一つ理由があるんです」

「あら、そうなの?」

「私が最初に参加したイベントも一人で頑張るPVPだったなあって」

「そうか。第一回イベントか」

「ああー、そうね……もう随分前に感じるわ」

「俺も最初に会ったのはまだ本当に初心者の時だったな。懐かしい」

「だから最後も同じっていうのもいいかもって」

「確かにそうね!じゃあ、言ってみればこの冒険で、どれだけ成長したのか確かめるっていう感じかしら?」

「そうです!」

「メイプルの成長かあ。うーん、なかなか真似できないスピードだよね」

「そうかな?」

「きっと皆僕に同意してくれると思うよ」

「むむむ」

これまでの旅路、それがメイプルにもたらしたもの、与えた変化。それを確かめるのに始まりのあの時と似た環境はちょうどいい。

ベルベットのお願いも一因ではあったが、最も大きな理由はこれだった。

楽しかった全部を振り返るために、初めてイベントに参加した時の自分を重ねたかったのだ。

「成長をたくさん実感できるといいわね」

「はいっ!私も頑張ります!」

「メイプルちゃんもサリーちゃんも頑張って!」

「「頑張ってください!」」

「うん!」

送った分の激励を送り返してもらって、メイプルもまたイベントへのやる気を高めていくのだった。

そうして訪れたイベント前日。楓と理沙は二人並んで学校からの帰り道を歩いていた。

「いよいよ明日かあ」

「そうだね。色々あったけど気づけばって感じ」

時間が経つのは早いもの。

特に楽しい時間はより早く過ぎるものだ。

「楓の活躍を期待しています」

「やるからには頑張るよ!順位とかはないみたいだけど」

「うん。気楽に、でもしっかり楽しくやろう」

「フィールドはどんな感じなのかなあ」

「事前情報からするとそう広くはないみたいだけど、詳しい所までは発表されてない。でも、いろんな地形があるみたいだね。で、突然始まるバトルロイヤルとか申し込んで邪魔の入らない一対一とか」

PVE専用フィールドが別途用意されているため、モンスターは一切現れることがない。

正真正銘PVPのための空間というわけだ。

「ね。せっかく魔王にも勝ったんだしさ……負けないまま最後までいこうよ」

「おおー、目標としていいかも!」

「二代目【魔王】が負けてたらかっこ悪いしね」

「ええー?二代目!?」

「だってスキル継承してたし。あ、でも鬼の後継でもあるのか……【百鬼夜行】あるし。んー、楓はあっちこっち引っ張りだこだね」

「色んなスキルもらっちゃったなあ……」

「天使からも【身捧ぐ慈愛】を貰ってるし、【暴虐】は悪魔を取り込んだ結果だし……あ、【機械神】も継承してなかったっけ?」

「そうそう!あれは私が三代目!」

「後継キメラか……」

「ち、違うよ!?いや、違わないかもしれないんだけど……」

不名誉な称号を手にしそうになったところで、それならとまだ全てを包含しつつ最も響きがいい二代目【魔王】に落ち着いた。

「じゃあ【魔王】として負けてあげる訳にはいかないなあ」

「いいね。その調子でいこう」

「でも私が【魔王】なら理沙にも何かつけてあげたいなあ」

「ええ?うーん……【楓の木】のギルドメンバーだし楓がギルドマスターだから【幹部】とか【四天王】とか?」

「うーん、何かちょっとかっこよくないよねえ」

「まあ、それはそう。じゃあ楓みたいにスキルから取ってみる?って言っても楓程象徴的なスキルがある訳じゃないけど」

小回りの利くスキルと技術で戦う理沙は、楓のように派手なスキルが少ない。

そして普段の立ち回りの都合上、派手で大振りなスキルであるほど滅多に使わないのが理沙だ。

楓もあれこれ考えてみるものの、しっくりくるものが出てこない。

「フレデリカは時々【忍者】みたいだとか言ってるね」

「ああー!分身したり、煙幕も出すし、消えたりもするもんね!【忍者】、【忍者】かあ……」

楓はしばし考える。【忍者】は確かに理沙らしい二つ名ではあるが、楓を【魔王】と称する場合、幾分格が落ちると感じられたのだ。

「決めた!ね、理沙は【勇者】!やっぱり魔王と言ったら【勇者】でしょ!ふふふ、理沙にたくさん見せてもらったゲームでも対になってる感じだったし!」

「……【勇者】か。うん、それだと格は【魔王】メイプルにも劣らないね」

「でしょ!やっぱり理沙はすごい強いんだし」

「買い被りすぎなところもあると思うけど。素直に受け取っておこう」

「じゃあその調子で頑張るように!」

「はいはい」

元気に激励する楓を見つつ、理沙は一人今のやり取りを噛み締める。

分かって言っている訳ではないだろう。

それでも、今【魔王】に【勇者】と名付けられたことに理沙は運命のような何かを感じていた。

必ずや【魔王】を倒しにいくのだ。

【勇者】とはそういうものだ。

決意が漲る。理沙は体が熱くなるような感覚を、一つ大きく息を吐いて抑え込んだ。

これはイベント前夜。

幼き日に夢見た舞台にあと一日と迫った二人の、いつも通りで少し違うそんな帰路での一瞬だった。