軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

434 中伝試験 (3)

トーヤたちが移動したのは、道場の敷地を囲む塀に近い場所だった。

屋外も修行で使用されるため、基本的に敷地内の地面は平らで土が剥き出し、草も生えていないが、その一角にはトーヤの身体の半分ぐらいの岩がいくつもゴロゴロと転がっていた。

その岩の一つの前に師範とトーヤが立つと、『邪魔はするな』と釘を刺されたからか、門下生たちは試験の時よりも遠巻きに二人を囲んだ。

「俺、奥義を見るのは初めてです!」

「お前が入門してから、中伝に上がった人はいなかったからなぁ」

「凄いんですよね?」

「凄いと言えば凄いが、派手ではないぞ?」

「実戦での実用性は高いと思うけどな」

そんな会話を小声で交わす門下生を見回しながら、師範は「リアは……まだか」と呟き、トーヤに視線を向けた。

「まずは瞬動を見せる。つっても、お前の場合、すぐにやれそうだけどな。試験中に似たようなことをやってたし」

前触れもなかった。

トーヤから五歩ほど離れて立っていた師範が、軽く「行くぞ?」と口にした次の瞬間。

彼の目の前に、師範は“出現”していた。

「……いや、違うだろ、これは」

思わず瞬きを繰り返してトーヤは嘆息し、周囲の門下生は目の前で起こった不思議な現象に息を呑む。

僅か数歩。

そのくらいの距離であれば、トーヤだって一瞬で近付くこともできるが、それは思いっきり地面を蹴って飛び込んでいるだけ。

それに対し師範の瞬動は、ごく自然体のまま、次の瞬間には移動を終えていた。

本当に瞬間移動しているわけではないため、トーヤもなんとか目で追うことはできたが、事前に読めないのだから、対処できるかはまた別問題。

もしこれを試験の時にやられていれば、トーヤはまともに打ち合うこともできずに負けていたことだろう。

アルトリアから話を聞いた時にはどこか奥義を甘く見ていたトーヤは、実際にその目で見て認識を改めると共に、やや途方に暮れていた。

少し頑張ればなんとかなると思っていた奥義が――より具体的には、アルトリアとの楽しいお食事が一気に遠くなったように思えて。

「……そのレベルにならないと、皆伝は与えられないのか?」

「まさか。皆伝を得た後も修行を続け、己を高め続けるのがサルスハート流の教えだ。今のは、現時点で儂ができる最高の瞬動だ。皆伝の時点でこれを求めたら、儂は今まで何をやってたって話だぜ」

苦笑しながら師範が言った言葉を聞き、トーヤはホッと胸をなで下ろす。

年単位で頑張れば別かもしれないが、これから数ヶ月で【韋駄天】や【俊足】のスキルレベルを多少上げたところで、あのレベルに到達できるとは到底思えなかった。

そうなればトーヤの野望は打ち砕かれ、失意のままヴァルム・グレを去ることになったかもしれない。

もっとも、皆伝を得られたらトーヤの野望が達成されるとは、未だ決まっていないのだが。

「師範、木剣を持って――」

そこに木剣を手に戻ってきたアルトリアが、静まりかえっている周囲を見渡し、「あっ!」と声を上げると、師範に詰め寄ってその顔を見上げるように睨む。

「まさか、もう始めてるのか!? わ、私も見たかったのに!」

「瞬動を見せただけだぜ?」

「それでもだ! ズルいぞ! 師範、もう一回だ! もう一回を所望する!!」

「あー、結構疲れるんだけどなぁ……。まぁ、構わねぇけどよ」

アルトリアの剣幕に、師範はやや困ったように頭を掻きながらもあっさりと答えたのだが、その返答に驚いたのはトーヤである。

「は? 見せるのは、一回じゃなかったのか!?」

「今日一回ってだけだよ。さすがにいきなり見せて、それで終わりなんて鬼畜過ぎるだろ? 後日また見せてくれってのは受け付けねぇけどな」

「そ、そうなのか……」

そう言われると納得。

厳しいとは言っても、本来道場は武術を教える場所。

本当に一度見せただけで後は何もしないというのであれば、自分一人で鍛錬するのと変わらない。

「言っとくが、真似をするのが目的じゃねぇぞ? 瞬動だって、儂と同じ形になる必要もねぇ。お前自身の奥義を見つけろ。それがサルスハート流だ」

頻繁に見せていては、そこが目標となってしまう。

だが機会を限定することで、見たものを自身の中で消化し、実現する方法を独自に見いだす。そのことを求めているのだろう。

「そいじゃ、よく見ておけよ?」

師範は更に数回、一瞬で移動する瞬動と、皆伝の合格レベルの瞬動を見せてから、「こんなもんだろ」と言うと、アルトリアから木剣を受け取った。

「次は破岩だ。やることは単純。そこの岩を砕けば良い。ごく普通の岩だな」

師範は近くにある岩の一つに歩み寄ると、それを平手でポンポンと叩く。

トーヤも傍により実際に触ってみるが、それは特筆すべき特徴もないただの岩だった。

砂岩のように柔らかいこともなく、 堆積岩(チャート) のように特別硬いこともなく。

トーヤの経験から似たような硬さの物を探すなら、ロック・ゴーレムが近いだろうか。

金属製のハンマーでも持ってくれば、割ることはできるだろう。

だが師範が手に持っているのは、木剣である。

多少岩を削ることぐらいはできるかもしれないが、普通に振り下ろせば木剣が負けて折れることになるだろう。

「これは瞬動とは違って、何度もは見せねぇぞ?」

「それは、疲れるとか、そういう理由でか?」

瞬動も普通のものに関してはそうでもなかったが、最初に見せた瞬間的な移動は、師範を以てしてもかなり負担が大きそうに見えた。

それを思ってトーヤはそう尋ねたのだが、返ってきたのは予想外の答えだった。

「いいや。面倒だからだ」

「め、面倒?」

「適当な岩をここまで運んでくるのは大変なんだぜ? 買っても良いが――」

「ダメです。お金は節約しないと」

「な? だからしっかり見ておけ」

アルトリアに否定されて師範は肩をすくめるが、ある意味とても納得できる答えにトーヤは頷いた。

「(以前探したときも、ちょうど良い石なんて、転がってなかったしなぁ……)」

随分前のことになるが、トーヤは自宅の庭に使う石を拾ってこようと、ナオと町の外に出かけたことがある。

だが、結果は散々。

もっと山の方にある町ならともかく、ヴァルム・グレは川沿いの草原にある町で、少し歩いたぐらいでは今トーヤの前にあるような岩を見つけることは難しい。

「ちなみに、ここの岩は?」

「コンブラーダ――北の鉱山町から運んできた岩だな。場所柄、岩自体はいくらでも手に入るんだが、運搬費がなぁ……」

ため息をついた師範は、グルグルと肩を回し、岩の前に立つ。

「それじゃ、やるか」

と、言った途端、師範の表情が変わる。

鋭い視線で岩を睨み付け、木剣を上段に構えると、ゆっくりと息を吐き、大きく吸う。そして息を止め――。

「ハッ!!」

ガゴンッ!

気合い一閃。

師範が木剣を振り抜くと、鈍い音を立てて岩が真っ二つに割れた。

「――ッ、ふぅ~。これが破岩だ」

そう言いながら表情を崩した師範が、木剣をトーヤに差し出した。

トーヤはそれを受け取り確認するが、多少の傷はあるものの、そこに大きなへこみや亀裂などの破壊的損傷は存在していなかった。

「ちなみにだが、別に真っ二つにする必要はねぇぞ? 削る程度じゃ認められねぇが、砕ければそれで問題ない」

「さっきの瞬動と同じか」

「そういうことだ。本当は二つに 斬(・) る(・) ことが目標なんだが、儂も未だそこには至らず、だな」

「いや、さすがにそれは――」

無理だろ、と言いかけたトーヤであったが、この世界には魔力なんてものがある。

科学的には不可能でも、木剣の先から不思議な刃が飛び出してスッパリ、なんてことがないとも言いきれず、断言は避けた。

しかしトーヤの言いたいことは師範にも伝わったのだろう。

頷きつつも、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

「儂も難しいことは解っとる。だが、挑戦は常に続けていく。それがサルスハート流だからな。どうだ? もう一、二度ぐらいなら見せてやれるが」

そう言う師範の視線は、二つに割れた岩へと向けられていた。

最初の物ほどではないものの、それなりの大きさがあるその岩であれば、実演の用にも足るだろうが、トーヤは少し考えて首を振った。

「いや、破岩に関してはもういい。次に行ってくれ」

「えっ? 折角の機会なのに……」

小さく声を漏らしたアルトリアは、そっと上目遣いでトーヤを窺う。

そんなことをされたら、トーヤがどうするかなど言うまでもない。

「あー、申し訳ないが、あと二回、見せてもらえるか?」

あっさりと前言を翻したトーヤに苦笑しつつ、師範は割れた岩の方へ歩いて行った。

「トーヤのために披露してんだがなぁ。まぁ、良いけどよ」

今度は『割る』ではなく『砕く』だからだろう。

師範は先ほどとは違い、気軽に木剣を振り上げ、ボコン、ボコンと岩を砕いてしまったのだった。