軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

400 翳る月 (5)

サールスタットの東岸に辿り着いたハルカたちは、すぐに町を出て街道を東へと向かった。

そしてすぐにあるのが、ネーナス子爵領とオーニック男爵領の領境。

しかし同じ国内で、特に対立しているわけでもない貴族同士、それを示すのは街道の脇に置かれた石碑のみである。

そこを越えて更に行けば、見えてくるのがキウラの町。

町の規模としてはラファンよりも小さな町だが、この町がオーニック男爵領の領都にして唯一の町である。

村レベルの集落であれば他にもいくつか点在しているが、領地の大きさ、および人口共にネーナス子爵領とは比較にならない。それがオーニック男爵領である。

そんなキウラの町に入ったハルカたちは、初めての町に少し戸惑いつつも、すぐに冒険者ギルドを見つけてそこを訪れていた。

ギルドの建物と賑わいはラファン以上、ケルグ以下だろうか。

町の大きさから考えるとかなり立派な物になっているが、それはこの町がオーニック男爵領唯一の町であることが大きく影響している。

小さな村に冒険者ギルドがないのは当然として、近隣の町であるサールスタットにあるのは冒険者ギルドとは名ばかりの口入れ屋。

この近辺でなんらかの依頼を出そうと思えば、ここに来るしか方法がないのだ。

そんなこともあり、ギルドの掲示板にはそれなりの数の依頼が貼り出されていたが、ハルカたちはそれに目もくれず、カウンターへと直行。ギルドカードを提示して受付嬢に声を掛けた。

「少し聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」

「まぁ……。はい、何でもお訊きください」

提示されたハルカのギルドカードが示すランクに、受付嬢のサーラは目を見開くと、笑顔で即答した。

それもそのはず、ランク六ともなれば、キウラのような小さな町で見かけることなどほぼあり得ず、ギルドからすれば大事な財産のようなもの。

必然的に低ランクの冒険者とは、対応がまったく異なってくる。

ハルカたちはあまり役に立たないと思っているギルドランクではあるが、このように新しい町を訪れた場合には、大きな効果を発揮するのがギルドランクなのだ。

「オッブニアの花を探しているの。北の森にあると聞いたんだけど、その泉の場所は判らないかしら?」

「しょ、少々お待ちください!」

すぐさまガサガサと書類を漁ったサーラは、短時間で一枚の地図を探し当てると、それをハルカたちに提示した。

「この近辺の泉は、概ねこんな感じになっています。ただ、これのどこにオッブニアが生えているかは……お急ぎですよね?」

「そうね。解っているとは思うけど、グレスコ熱の治療に必要だから」

「しかもこの地図だと、詳しい場所が解らないよ。もっと細かな地図はないの?」

ユキが苦情を口にするのもある意味当然。提示された地図はかなり大まかで、おおよその位置関係と泉の数ぐらいしか把握できないレベルの物であった。

そんな地図でもハルカたちのランクがあるからこそ見せてもらえた物であり、低ランクの冒険者であれば、もっと大まかな地図で『この辺りにあるそうです』と指で示すぐらいしかしてもらえないのだが。

そもそも細かな地図を作れる人材がいないのだから、この程度の地図になってしまうのも仕方ないのだが。

「すみません、ウチで提示できるのはこれが限界で……。“翡翠の羽”の皆さんがいらっしゃれば、ご案内できたんですが……」

「それは、この町の冒険者のパーティー?」

「はい! この町で一番の冒険者です! 女性だけのパーティーなんですが、凄く頑張ってくれているんですよ! しかも、凄く強くて、魔法も使えて――」

サーラ自身、“翡翠の羽”のファンなのか、嬉しそうに説明を始めるが、今のハルカたちにそれをのんびりと聞いている余裕はなく、ハルカはサーラの話の隙間に、素早く言葉を挟み込む。

「その人たちなら、泉の場所が判るの?」

「え、あ、はい。少し前に領主様が新たな溜め池を作るために調査をされまして、それを担当されたのが“翡翠の羽”の皆さんなんです」

「じゃあ、その“翡翠の羽”の人たちなら、オッブニアの花がある泉の場所も知ってるのかな?」

「それは判りませんが、少なくとも泉に案内することは可能だと思います。それに溜め池を作ることで、水質の変化があった泉もあると思いますし……」

溜め池を作るのに適した場所を探すため、そしてそれによる他への影響を少なくするため、調査を行ったオーニック男爵ではあったが、山を削り、泉の水を引き込んで池を作る以上、まったく影響なしとはいかない。

結果、周辺の泉のいくつかでは水が涸れたり、水質が悪化するなどの悪影響が発生していたが、それに関する細かな情報を冒険者ギルドは持ち合わせていなかった。

「それで、その“翡翠の羽”は?」

「泊まりがけで仕事に出ていまして……早くても明日。おそらくは数日ほどは帰還されないかと」

「それじゃ間に合わないの!」

「ミーのときは二歳に近かったですけど、それでも……」

ミーティアが焦ったように声を上げ、ハルカたちの中では唯一実体験を記憶しているメアリも不安そうに言葉を濁す。

現時点で発症から既に一日半。

“翡翠の羽”の帰還を待つとなれば、良くて丸一日。

下手をすれば数日以上も無為に過ごすことになるわけで、赤ん坊の体力を考えれば、その遅れは決して楽観視できるものではない。

だが、普通ならばあまり心配する必要がないグレスコ熱。

サーラは少し不思議そうに首を傾げる。

「幼い子が罹ったのですか?」

「えぇ、新生児ね」

「それはとても、む――珍しいですね」

サーラは思わず漏らしかけた『無理では』という言葉を慌てて飲み込む。

だが実際、グレスコ熱での死亡例の大半は一歳未満で罹患した場合であり、それが新生児ともなれば、普通はかなり絶望的な状況である。

そう、普通であれば。

「回復魔法が使える人が控えているから、なんとかなると思っているわ」

「まぁ! それはとても贅沢な――あ、いえ、高ランクの冒険者ともなればそれも可能なのでしょうね」

高ランク冒険者の収入を思い、サーラは納得したように頷く。

実際に病気になっているのは、その高ランク冒険者の知り合いの子供でしかないのだが、ハルカたちとしてはわざわざそれを訂正するつもりもなかった。

「……よしっ! 写し終わった!」

そう声を上げたのは、サーラが地図をカウンターの上に置いた時から即座に模写を始めていたユキ。

何がどうあれ地図があって損はないと、サーラの話を聞きながらもしっかりと作業は進めていたのだ。

スキルの効果もあってか、その精巧さは元の地図とまったく遜色がない。

もっとも元の地図が正確性に欠けるため、どこまで役に立つかは不明なのだが。

「行こう! お姉さん、もし見つからなかったら戻ってくるから、その時はよろしく!」

「承知しました。皆さんであれば心配は無用だと思いますが、森にはオークが多く生息していますので、お気を付けください。それから、その地図の取り扱いにはご留意をお願いします」

「もちろん。お世話になったわね」

「「「ありがとうございました(なの)」」」

ハルカたちは口々にお礼を言い、足早にギルドを後にすると、その足で町を出て森へと足を踏み入れたのだった。