軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

394 月が満ちる (3)

「もう良いのか? 経過観察とかは……」

「ヤスエはもう治療したから。さすが魔法と言うべきか、すぐにでも立ち上がれそうだったけど、体力は消耗したままだから、そのまま寝ちゃったわ。赤ちゃんと一緒に」

「俺たちが残っていても邪魔になるか。チェスターに余裕はないだろうし」

「えぇ。ベッドの横に張り付いて、赤ちゃんをだらしない顔で見てたわよ?」

メアリも含め、四人でウンウンと頷き合うハルカたち。

まぁ、出産中のチェスターの様子からすれば、それも当然だろう。

「あれは、当分は離れないね」

「ですね。一応、挨拶はしていますので、このまま帰りましょう」

「えぇ。私たちもお腹がすいたし? ナオたちは腹ごしらえしたみたいだけど」

そう言ってハルカが視線を向けた先では、俺たちが会話している間にも手を止めることがなかったミーティアが、最後に残った串焼きを頬張るところだった。

トーヤが腹を空かせていると思って、多めに買い込んできていたので、残っていた料理は優に一人前を超えていたはずだが、ミーティアの健啖家ぶりの前には、儚い物だったらしい。

「……? まぁまぁ美味しかったの」

全員から視線を向けられ、不思議そうに首を傾げてそんな感想を口にしたミーティアに、思わず笑いが漏れる。

一応、美味そうな物を選んで買ってきてはいたが、ちょっと高めな物を選んでも、『まぁまぁ』なのが、この町の屋台メシ。

ラファンよりは少しマシなのだが、美味い物が食いたいだけなら、ハルカたちの料理を食べる方が余程良い。

それでもたまに買ってしまうのは、所謂お祭り補正、みたいなものである。

あと、たまに珍しいものが食べられることも一つの要因なのだが、大抵は外れなんだよな、そういう料理って。

「どうする? 何か食って帰るか?」

「今からチェスターを呼んで作らせるわけにもいかないものね」

この町での食事、大半をこの食堂で済ませているのは、ハルカたちの手伝いに対する報酬だからなのだが、今この状況でチェスターを呼びつけるのは、さすがに鬼畜だろう。

「新しいお店、開拓してみよっか? ナオたちはいくつか行ってるよね? お昼に帰ってこない時も多かったし」

「案内するのは構わないが……そこまで美味くはないぞ?」

「まぁまぁなの。お値段を考えると、ちょっと微妙なの」

ギルドで一日中訓練しているときは、わざわざ戻ってくるのが面倒だったので、俺たち四人はギルド傍の食事処で昼食を済ませることもままあった。

一応、ケトラさんに訊いて、美味しいというお店を選んだのだが、そんなお店でもアエラさんの料理には到底及ばなかった。

値段は同じか、少し高いぐらいなのに。

ちょっと釈然としない。

「そうなの? でも、今日のところはそこにしましょうか。もう少ししたら、作り置きばかりになるわけだし」

「……あぁ、町を出たらそうなるか」

「出産、無事に終わりましたからね」

少し長い滞在になっていたが、今日で俺たちの目的は終わり。

留まり続ける理由も、余裕もない。

「いつ頃出発することになりそうだ?」

「慣れないことだからね。一応、一週間ほど様子を見てみようとは思うけど……それで問題がなければ、出発しましょうか」

「まだ多少は余裕があると思うが、期限はあるものな」

マークスへの付け届けの効果で、ダンジョンに関する報告がギルド本部に上がるまで、数ヶ月ほどの猶予が稼げているはず。

それに加えて、ラファンから王都までの距離を考えれば、更に一、二ヶ月。

その報告書からなんらかの方針が決定して、それがこちらに届くまで数ヶ月。

それまでには、ネーナス子爵領を離れておきたい。

「それじゃ、それぐらいを目安に各々、準備をしてくれ」

そう俺が話を纏めると、皆は揃って頷いた。

◇ ◇ ◇

当日は赤ん坊の顔を見ることもなく帰った俺とトーヤが、ヤスエの子供に会うことができたのは、出産から二日後のことだった。

治癒魔法の効果で出産直後には歩いていたヤスエではあったが、『せめて一日ぐらいは安静に』というハルカたちの忠告から一応はベッドで過ごしていたため、そこに男である俺たちが訪問するのは、と遠慮したのだ。

そんなわけで、二日後、ヤスエの所を訪れたのは、俺とトーヤ、ハルカ、ナツキの四人。あまり大勢で押しかけるのも迷惑なので、他の三人は宿でお留守番である。

既に食堂を再開していることもあり、俺たちを出迎えてくれたのは、赤ん坊を抱いて立っているヤスエだけ――いや、赤ん坊も入れて二人だけだった。

「いらっしゃい。よく来てくれたわね。おかげさまで、元気な子が生まれたわ」

そう言いながら幸せそうに微笑み、普通に歩いているヤスエだが、今抱いている赤ん坊を一昨日生んだばかりだと思うと、見ているこちらの方が不安になる。

「ヤスエ、もう歩いて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。治癒魔法をかけてもらったから、全然問題ないわ。少し体力が落ちている気はするけど、これはここしばらく働いていなかったからね、たぶん」

「それにしたって……」

もうしばらく寝ていても良いんじゃないだろうか?

そう思った俺に、ハルカから予想外の情報が提示された。

「でも、元の世界でも、国によっては翌日には退院するわよ?」

「え、マジで? 子供生むんだぜ? この大きさをあそこ……」

目を見開き、途中で言葉を濁しつつそう訊いたのはトーヤだが、俺もまったく同意見である。

そういうものだと解っていても、ちょっとした生命の驚異である。

そんな驚異を成し遂げた翌日に病院を追い出されるとか、厳しすぎない?

もっと優しくしようよ!

「らしいですよ? 私も聞いたことがありますが、虫垂炎の手術でも翌日退院だとか。医療費が高いことが理由らしいですけど」

「オレ、その手術、一週間ぐらいは入院したんだが……」

虫垂炎、所謂盲腸。トーヤが『腹が痛い』と言って病院に行ったかと思うと、その翌日には切っていたことを思い出す。

「そういえば、お見舞いにも行ったな。痛そうだったよな?」

「あぁ。翌日はかなり。麻酔の影響で頭もめっちゃガンガンして痛かったし。あの状態で退院とか、ねーわ。ストレッチャーでも使わないと無理。起き上がれない」

「さすがにヤスエのこの様子は、魔法のおかげだけどね?」

「ホント感謝してる。これならすぐに働けるし。――それより二人とも、せっかくだからこの子のことを見てよ」

「おっと、そうだった。……ほ~、男の子なんだよな?」

「うん。そう」

ヤスエの腕の中を覗き込めば、とても小さく、桃色でぷくぷくとした赤ん坊が、すやすやと寝息を立てて眠っていた。

今は目を瞑っていることもあるが、見ただけでは性別がよく判らない。

いや、起きていてもたぶん無理か。

赤ん坊のときって、あんまり差がないから。

「名前は?」

「旦那と相談して、アルヴァーリに決めたわ。アルとでも呼んであげて」

「アルヴァーリ……アルか。良い名前だな。――よく解らないけど」

「トーヤ、正直すぎ。でも実際、私もよく解らないんだけどね。いくつか挙げた中で、旦那が選んだから」

身も蓋もないトーヤの言葉にちょっと苦笑した後で、ヤスエはペロッと舌を出して笑う。

しかし、名前か。ハルカなどは【異世界の常識】があるからまだしも、そんな常識がない俺たちが音だけで名前を付けてしまうのはちょっと怖い。一生に関わる問題だけに。

元の世界でも、日本だと問題ない商品名でも、外国だとおかしな響きに受け取られるので改名が必要になる物とかもあったし。

……うん、自分の子供に名付けるときは、周りの意見をよく聞くことにしよう。

神官のイシュカさんとか、相談相手としては最適かもしれない。

「せっかくだからトーヤ、抱いてみる?」

ヤスエが差し出したアルから一歩距離を取り、プルプルと首を振るトーヤ。

「い、いや、いい。首が据わってない赤ん坊を抱くなんて、怖いし」

「そう? ナオは?」

「俺もいいかな」

「ナオ、あんたもそのうち父親になるんでしょ? 赤ちゃんも抱けないのはどうかと思うけど? ミーティアだって抱いたのに」

「い、いや、まだその予定は……ないが、それならちょっとだけ」

ヤスエに少し揶揄うように言われ、俺はチラリとハルカを窺い、手を差し出した。

「手をこうやって、ここで頭を支えるように持ってね」

言われるままに腕の形を変えれば、そこにヤスエがアルを載せる。

「お、おぅ……結構重いな」

平均的な新生児の重さが三キロから四キロぐらい。

重量的には普段使っている武器よりも軽いぐらいなのだが、ずっと重く感じるのは、命の重さというものだろうか。

そんなことを思ってアルを見ていると、何かが違うことに気付いたのか、アルが目を覚ました。