軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お忍びは無理でも

「はあ、これで今日は終わりね」

建国祭で、王妃として大仕事を終えたユリアナは大きな気持ちになっていた。

「そうだな、少しだけ付き合え」

フレデリックはそう言うと、部屋に戻ろうとするユリアナの腕を掴んだ。そして、部屋とは逆の方向へと歩き始める。

「どこに行くの?」

不思議に思って尋ねたが、フレデリックはにやりと笑うだけで教えてくれない。

「まあ、着いてからのお楽しみだ」

廊下を抜け、城の奥にある王族の庭へと入っていった。夜の庭に出たことで、ユリアナはピンときた。

(なるほど、庭園デートね! デートするなら、そう言えばいいのに)

ちらりと隣を歩くフレデリックを盗み見る。いつものような険しさがほんの少しだけとれている。そのこともユリアナの気持ちを楽しくした。

++++

フレデリックが連れて行った場所は最奥にある東屋だった。時々、ゆっくりする場所。今日はそこが賑やかになっていた。

使用人たちが忙しく動きながら、「街の屋台料理」を並べている。しかも、屋台のような屋根付きの店までいくつも並んでいた。あたりにはいい香りが漂っている。

「これって、街から連れてきたの?」

呆気に取られてユリアナがつぶやいた。

「いいや。屋台から買ってきたものを並べているだけだ。人混みはダメだが、これならいいだろう」

そう言いながら、フレデリックがふいにお菓子を差し出した。それはいつも彼がユリアナに持ってくる美しい焼き菓子ではなく、大きめに割られた素朴なクロッカン。たっぷりのナッツが入っていて、とてもおいしそうだ。

「ありがとう!」

「庶民は大きく焼いたものを砕いて食べるんだそうだ」

「ふうん。今度はその大きいものを見てみたいわ」

そう言いつつ、一口齧れば、ザクッという快い音と共に、香ばしいナッツとキャラメルの甘さが口いっぱいに広がる。

「……ん、美味しい! これ、ナッツがすごく贅沢に使われているわ」

「そうだろう。なんでも、王都で一番人気の職人が焼いているものだそうだ。……まあ、わざわざ並ばせたわけではないがな」

ふいっと視線を逸らすフレデリック。だが、その耳朶がわずかに赤い。

(今日は抜け出す時間なんてなかったから、きっと事前に用意していてくれたのね)

ユリアナは彼の心遣いが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。もらったクロッカンを食べ終え、もうひとつ、手に取って彼の口元に差し出した。

「はい」

「……俺は甘いものが好きではないんだが」

「美味しいわよ。食べてみて」

にっこりと笑うと、フレデリックはため息をついた。そして渋々といった様子で、一口齧る。

「甘い」

「砂糖がたっぷり入っているみたいだから。贅沢品よね」

そう言いながら、ユリアナはフレデリックの齧った残りを口に入れた。それを見てフレデリックが固まる。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

不思議に思い彼を見れば、彼の顔が赤い。先ほどよりも明らかに動揺している。ユリアナはにんまりと笑った。

「ねえねえ、今度私がフレデリック様に料理を作ってあげたいわ」

「料理? ユリアナに作れるのか?」

不可解そうな顔をされて、胸を張る。

「任せて! 熊鍋は私の得意料理のひとつよ」

熊鍋、と聞いた瞬間、フレデリックの顔が無になった。

「――そうか、それは楽しみにしている」

「楽しみって顔じゃないわ。もしかして、前に熊を発注してお姉様に怒られたこと思い出したの?」

「お前の姉は関係ない。ただこの国では熊が生息していないんだ。どうするのかと」

「あっ!」

ユリアナはそう言えば前にも聞いたことがあるとようやく思い出した。

「熊はおいおいとして、まずは楽しもう」

そう言って、フレデリックはユリアナの手を引き、椅子に座る。すぐさま、侍女たちがテーブルに大量の屋台料理を持ってきた。並べられた料理は、どれも城の晩餐会ではお目にかかれない「庶民の味」ばかり。東屋を吹き抜ける夜風が、祭りの喧騒をわずかに届けてくれる。

ユリアナはフレデリックに少しだけ体を預ける。フレデリックは少しだけ照れくさそうに目を細めると、ユリアナの肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた

「フレデリック様、ありがとう」

「ん? おまえに勝手に抜けだされるよりはましだからな」

「そういうことにしておくわ」

ユリアナのために事前に準備してくれているはずなのに、素直にそうだとは言わない。それもまたフレデリックらしいと小さく笑った。

ユリアナが自分のお腹にそっと手を当てると、フレデリックも吸い寄せられるように大きな掌を重ねた。

「――来年は、もっと騒がしくなるな」

「ええ。この子が生まれてきたら、アレシアも目が離せなくて大変ね」

その時、夜空を震わせるような大きな音が響いた。建国祭のフィナーレを飾る打ち上げ花火だ。

大輪の光が夜空に咲き、東屋を色とりどりの光で照らし出す。ユリアナは彼の胸に背を預けたまま、眩い光景を見上げた。

「綺麗……」

「ああ。だが、来年は三人で見よう」

フレデリックが、ユリアナの耳元で低く囁いた。

「来年も、その次も、その先もずっと」

傲慢なほどに力強い、けれど世界で一番優しい約束。

ユリアナは嬉しさで、彼の腕をぎゅっと握り返した。

「約束よ?」

「ああ」

二人の頭上で、ひときわ大きな黄金の花火が弾け、幸福な夜を明るく包み込んだ。

Fin.